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魔法

 魔法の使用によって鍛えられた魔力は睡眠によって上昇する。ダペルは目を覚ますとやはり、魔力が上昇したのを実感した。分身にして十五人分。つまり今の限界数は二十五人だ。また、ダペルが寝ている間に分身たちが本を読んで覚えた魔法が頭に浮かんだ。どうやら睡眠中の同期もしっかり適応されているらしい。


「おはよう本体」


 伝達の分身が話しかけた。


「おう、分身。異常ないか?」


「順調過ぎて怖いくらいだな。いったん全員同期しようぜ」


「それもそうだな。おーい、全員集まれー!」


 洞窟中から九人のダペルが集まると本体に次々入って行った。


 この一晩の間、なんと分身たちは本に書いてある魔法の全てを覚えたようだ。能力者は皆、魔法に対して充分な素質がある。努力を怠りさえしなければ、強力な魔法使いになれる。ダペルの能力は努力することにおいて圧倒的なアドバンテージであるためそれは当然の結果ともいえよう。


 ダペルは取り敢えず村に帰ることにした。家にいる分身と同期しておきたかったし、読み終わった本ももう必要ない。そうと決まれば直ぐに山を降りた。しばらくすると斥候に出していた分身から報告があった。


「このまままっすぐ行くとこないだの狼型魔物の群れがあるぞ、どうする?」


「俺がやる。お前たちはもしもに備えて俺に入っててくれ。やばそうなときは頼む」


「わかった」


 全ての分身が入ったのを確認すると、更に前へ進む。狼たちはダペルに気づいているようで喉を唸らせて威嚇している。


「グルルルゥ……」


 一番ダペルに近い魔物が後脚に力をいれた。同時にダペルは呪文を唱える。


「ライトニング! エアウォール!」


 ダペルの手から放たれた閃光は跳び上がった魔物を貫いた。


「ヴァァアア!!!」


 そして魔物の群れから二匹目、三匹目が跳びかかろうとしたが、風の壁によって押し返される。そのまま痺れて動けない魔物を風で押し返し、元いた群れへ突っ込ませると、再度呪文を唱えた。


「ファイアストーム!」


 炎の嵐だからファイアストーム。その名前の安直さとは裏腹に、その魔術は恐ろしい殲滅力を誇る。燃え盛る竜巻はまずその内側にある酸素を一瞬で燃やし尽くす。自由を奪われた魔物たちを業火で燃やすのは造作もないことだ。魔術が終了するとそこには焼け焦げて殆ど炭になった死骸があった。


「こんなもんかな」


 戦闘が終わるとダペルは今使った魔法を振り返る。

 雷属性最初級魔法ライトニング。威力こそ弱いもののスピードはとても早く、避けるのが難しい。喰らえば最後、電気や魔法に抵抗のないものなら自由を奪われる。

 風属性魔法エアウォール。一方向へ向かって強風を起こす魔法。体重の軽い相手ならこれだけでかなりの防御力を発揮する。技の出も遅く効果がない魔物も多いが、汎用性は高く使いどころを間違えなければとても役に立つ魔法だ。

 そして最後に火属性と風属性の混合魔法ファイアストーム。炎が渦巻く魔法だ。魔法による炎は見かけ以上の温度を誇り、一度捉えられれば逃れることは難しい。逃れられない以上待つのは死のみだ。


 魔法の習得は上出来といえた。機嫌良く村に帰ったダペルは、まず本を返すために教会へ向かった。


「おーいニーナー!」


 声をかけても返事がない。留守だろうか、と引き返そうとした頃に扉が開いた。


「おはようダペル」


「なんだよいたのか」


「ええ、それより昨日の今日でどうしたの? やっぱり本を読むのは飽きちゃったのかしら」


「ちがうよ、本は全部よんだぜ。返しに来たんだ」


「ウソつかないの、あんなに沢山の本を一日で読めるわけないでしょう……ウソよね?」


 麻袋いっぱいに本を詰めたのが昨日のこと。魔法の本は量もさる事ながら内容も難しいものが多い。普通なら笑い飛ばすような話だが昨日の魔法を見てしまったニーナはもしかしたら、と思わざるを得なかった。


「ウソじゃないって、なんなら見てみるか?」


「ええ、興味があるわ」


 すぐさま本を元の場所に戻した二人は、山のふもとに来ていた。


「ここなら魔物もでないでしょうし安心ね」


「大丈夫だって、こないだも狼みたいな魔物の群れを倒したんだ」


 ダペルはそこまで言ってまずい、と思った。普段から魔物のいるあたりには近寄らないようにいわれていた。それに次魔物に遭遇したとき、分身を出さずに、しかもニーナを守りながら戦わなくてはならないのだ。いまさらこの山にいる魔物に負けるようなことはないとは思うが、絶対ではない。


「あなたまさかそれ、黒くて大きい狼の魔物じゃないでしょうね」


 ニーナは心配するというよりも、嫌な予感でもしているような様子だった。


「あーそうだよ、知ってんの?」


「ヘルハウンドじゃない! 魔法の発動には集中が必要なのよ、あんな恐ろしい魔物を相手にするなんて、群れで出てきたらどうするつもりだったのよ!」


 ダペルはやっぱり怒られたか、と思いながらも訂正する。


「どうするっていうかまあ、実際群れで出てきたんだけどな」


「……本当?」


 ニーナはダペルへの評価を訂正しなければならなかった。群れの魔物を相手にするにはタンク、つまり前線で魔物を引き付ける役が必要だ。そして敵が引きつけられている間に術のイメージ、精神力を高めて呪文を唱えるのがセオリーだ。一般に広範囲な呪文や強力な呪文は制御が難しいため、より多くの集中を要する。つまり群れの魔物を一人で相手にしようとする場合、遠くから狙うか、よほど習熟した魔法でなければいけない。前者は、距離が離れれば離れるほど魔法の威力、精度、攻撃速度が指数関数的に落ちるため、現実的ではない。ということは残るは後者であり、ダペルはすでに熟練の魔術師に匹敵する実力を有することになる。


「ちょっと、なんでもいから魔法を使って見てくれる?」


 ダペルは、ニーナが未だに自分の実力を信じてくれていないと思っていた。少しいいところを見せたいという邪心もあり、今使える一番強そうな魔法を使うことにした。


「わかった、じゃあいくぞ。ヘルファイア」


「!!」


 ダペルの手にスイカ大の火球が発生する。それだけを聞けばファイアボールと大差ないように思われるが、その本質は初級魔法のそれとは一線を画する。まずダペルの足元の土が乾き皹が入る。続いて辺りの木々が次々と枯れて行き、最後に、ダペルが火球を地面へ叩きつけると地面は火球を音もなく飲み込みさらさらとした溶岩となった。

 火属性魔法ヘルファイア。又の名を『意志の炎』というそれは、数ある火属性魔法の中でも特殊な位置づけにある。そもそも魔法というのは魔力を現象に変える業だ。例えばファイアボールであれば魔力を火球の発生と維持、射出という現象に変換したものである。そのためファイアボールによって燃え移った炎は魔法ではない。自然の炎であるため制御の対象外だ。しかしヘルファイアは違う。この魔法は、指定した対象だけを燃やし、或いは指定した対象だけを燃やさないのだ。今回の発動においては、辺りに壊滅的な被害をもたらした凶悪な炎もダペルとニーナだけは襲わなかった。そしてその特殊性が故に、この魔法が要求する魔法制御力は尋常ではない。いわゆる『一人前の魔術師』においても、発動さえ出来ないものが多い。制御能力に応じて威力、範囲、精度の全てが変わる魔法だ。


 ニーナは戦慄した。ただでさえ難しい魔法をほとんど集中せずに、圧倒的な制御の下に放った。しかも彼に本を与えたのは昨日のことだ。末恐ろしいなんてものではない。彼はこと魔術においては生まれながらの天才だ。そんな言葉ですら生易しいとさえ思った。彼は間違いなく歴史に名を残す、偉大な魔法使いになる。勿論いずれこの村を出て行くのだろうが、ニーナはいつも弟のように可愛がっていたダペルが突然遠のいてしまったような気がした。


「ダペル、あなたはこの村を出て行ってしまうの?」


 ダペルは突然の質問に少しきょとんとした後、笑ながらいった。


「いかないよ、ニーナと一緒に居たいからさ」


「ダペル……」


 ダペルは無邪気に笑ながらほっとした様子のニーナに心の中で謝った。


(ごめんニーナ、俺は王都に行かなきゃ。王都に行って、強くならなきゃいけない)


「帰ろうぜ」


「ええ」


 それからダペルとニーナの間に心地の良い沈黙が続く。


 二人・・が村へ帰るのを見送ると、ダペルは(・・・・)洞窟へ引き返した。

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