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洞窟

 目が覚めて真っ先に気がついたのは魔力がかなり増えているということだ。昨日あれだけ魔法を使ったのだから当然といえば当然である。分身に換算して十人分だ。魔力量は五倍、つまりファイアボールだと十数発撃てることになる。先ずは十本の指を全て噛みちぎって吐き出す。こんな非常識な行動にも既に慣れてしまっているようだ。


「おお……これは……」


 壮観であった。

 十本の指は既に再生しており、分身たちは狭い部屋で居心地が悪そうにしている。


「整列!」


 命令されるや否や、軍人顔負けの挙動で綺麗にならぶ分身たち。


「楽しそうだな本体」


「うるせえ、取り敢えず全員入れよ」


 十人のダペルたちはぞろぞろと本体へ入って行き最後には本体一人だけが残った。


「よし、行くか」


 向かった先はニーナの住む教会だ。といっても木製のみすぼらしいそれは他の家とほとんど変わらず、唯一の違いはてっぺんに十字架が刺さっていることだ。


「あら、おはようダペル。こんな早くにどうしたの?」


 ニーナはもう既に起きていた。寝顔を拝んでやろうというダペルの淡い企みは崩れ去った。


「おはようニーナ、実は俺、魔法の本が読みたいんだ」


 そう、この日ダペルが教会を訪れたのはニーナに会うためではない、ということもないのだが、本来の目的は魔法を学ぶことにあったのだ。


「まあ、あのやんちゃなダペルが本を読むだなんて明日は雪が降るかもね」


「いいだろ別に、俺だって本くらい読むさ」


「ふふ、そうね。でもダペル、もし魔法が使えなくても落ち込んじゃダメよ。使える人の方がずっと少ないんだから」


「大丈夫だって、俺は世界で一番の魔法使いになるんだぜ!」


「はいはい、取り敢えず入って」


 ニーナに促されるまま家に入る。


(おお……なんかいい匂いする……)


 ダペルが感慨にふけっていると、ニーナがお茶を出した。


「はい、こんなものしか出せないけど本ならいくらでも読んでいいわよ」


 ニーナはまだ子供であるダペルにも大人と変わらないように接してくれる。家に行けばお茶を出してくれるのも彼女だけだ。ダペルは彼女のそういうところが気に入っていた。


「ありがとな。でもニーナ、できれば本を持って帰ってじっくり読みたいんだ」


「まあ、あなた本当にダペル? 家に帰ってまで本を読むだなんてどうしちゃったのかしら」


「なんだよそりゃ。俺ってそんなに不真面目だったっけ」


「さあ、どうかしらね。それよりどうして?ここで読むんならお茶も出してあげるわよ」


「うっ」


 それはダペルにとっても嬉しい提案であった。何よりニーナと一緒にいられるという点においてポイントが高い。しかしダペルは勿論のこと、読書に分身たちを使うつもりだった。それを見られるわけにはいかない。たとえニーナであったとしても、だ。


「それもいいんだけどさ、ほら、じっくり読みたいっていうか、ニーナのとこばっかり行くと母さんにもからかわれるし」


「うーん、そうかしら」


「そうだよ。あ、じゃあこうしよう、今日俺が魔法を使えたら持って帰ってもいいだろ?」


「わかったわ、やってみなさい」


 ニーナはダペルが本当に魔法を使えるとは思わなかったし、仮に才能があったとしても一日ではまともに使えるようにはならない。そう思っていた。


「オッケー、ファイアボール」


「えっ」


 ダペルは確認を取るとすぐさま呪文を唱えた。火球は静かに空中で停止している。


「えっ」


 ニーナは信じられないといった様子で火球を眺めていたが、それを見たダペルはニーナが満足していないのかと思い再度魔法を放った。


「ファイアボール、ファイアボール」


「」


 ニーナは絶句した。空中で静止する火球を中心に二つの火球がくるくると回転している。恐ろしく正確な魔法制御だ。聖職者にして村一番の魔法使いである自分ですら到底不可能な芸当だ。最初級とはいえ三つの魔術を同時に、それも寸分の狂いもなく操っている。しかもこんな子供が、だ。王都に仕える老練な魔術師なら可能かもしれないが、彼はこんな田舎の子供だ。末恐ろしい、そう思った。


「……どこでその魔法を?」


「ん? いや、倉庫に魔法の本があったから読んだらできたんだ」


 そういいながらダペルは三つの火球を消した。


「はぁ……」


「それで、本借りてもいいんだよな?」


「わかりました……しかしダペルにそんな才能があったとは」


「へへっ、いっただろ? 俺は世界で一番の魔法使いになるって」


「ええ、ダペルなら或いは、なれるかもしれないわね」


「ほんとか!?」


「ええ」


 ダペルはめぼしい本を全て麻袋に詰めると、家ではなく山へ向かった。この狭い村で、人に見られないようなところは山しかない。しかも魔法が使えるようになった今、十分に警戒すれば奥地にも行けるかもしれないのだ。


 しばらく歩くと、昨日魔物と戦った場所までたどり着いた。あれだけの怪我をしていたのにもう何処かへ行ってしまったのだから、やはり魔物の生命力は侮れない。


「そろそろか、よし、全員出ろ」


 ダペルが命令するとすぐに十人の分身が現れた。


「全員で俺の護衛だ。魔力がなくなったら俺に入って補充しろ。隙を作らないように二人組を作って片方だけが魔法を使えよ、同時に弾切れになるのはまずい」


 分身たちは本体を取り囲み周りを警戒しながら歩く。今回はより奥地へ進むため、昨日よりも強い魔物が現れる可能性が高いからだ。


「本体、今なんか聞こえた」


 しばらく歩くと分身の一人が警告した。耳を澄ますと確かに、何かの鳴き声が聞こえた。


「なんだ?」


「静かに近づくぞ」


 そのまま全員を引き連れて声のする方へ進むと、自分と同じくらいの背丈をした緑色の魔物が見えた。ゴブリンだ。数は五匹で各々が剣やら棍棒やらを持っている。


「よし、一匹だけ残して巣を探そうぜ。五人は此処で俺の護衛、残りの五人は気づかれないように囲んで不意打ちだ」


「りょーかい」


 即座に散らばって辺りの茂みに隠れる。全員が配置に着くか、というところで、分身の一人ががさりと音を立てた。


「ギッ!」


 ゴブリンたちが気づいてそちらへ向かう。


「あ、あいつヘマしやがった」


 半ばなし崩し的に作戦は決行され、分身たちは上手くゴブリンを取り囲んだ。


「「「「ファイアボール!」」」」


 火球はゴブリンたちを襲い、見事ダメージを与えた。ヘマをした分身はゴブリンに腹を刺されて消えてしまったので直ぐに指を噛みちぎって生み出す。


 なんとか火球から逃れた一匹のゴブリンは一目散に逃げ出した。


「よし、お前が追うんだ」


 ダペルは新しく生まれた分身を追わせて足元に蹲るゴブリンたちを見る。


「トドメだ」


 分身たちは再び一斉に火球を放ちゴブリンたちを屠る。四匹の死亡を確認すると先ほど追わせた分身の後を追った。


 しばらく追いかけるとゴブリンは洞窟へ入って行った。一番新しい分身もその後を追ったがしばらくして反応が消失した。やられてしまったらしい。さっそく新しい分身を作ると、洞窟まで近寄る。


「さっきのヘマでわかったと思うけど、俺たちは飽くまでお前でしかないからな。期待しすぎると死ぬぞ」


 分身の一人が声を掛ける。


「わかってる。五人ずつ送り込むからとにかく相手を倒せ。捕まるくらいならいっそ死んでくれよ。あと、状況を確認したい。ある程度まで進んだら一人だけ帰ってこい」


「おうよ」


 ダペルの指示通り五人の分身が洞窟へ入って行く。暫く辺りを警戒しながら待っていると、洞窟からゴブリンの叫び声が聞こえたり、ぽっと光るのが見えた。ファイアボールだ。


「あ、一人やられた」


 一人分身を作って洞窟へ送ると入れ違いに分身が一人帰ってきた。


「おつかれさん」


「おう」


 分身を同期すると大体の状況が掴めた。中にいたゴブリンは殆どファイアボールで蹴散らしたが、一匹だけファイアボールが効かないゴブリンがいるようだ。おそらくここの主だろう。今出撃している分身たちは素手でゴブリンと殴り合っているようだ。


「あ、また二人やられた。こんなことなら鉈でも持ってくりゃよかったか」


 新たに二人の分身を作って送り出す。それから暫くして分身が都合二十三人やられたころ、ようやくゴブリンの主を倒すことができた。主は立派なバスターソードと厚手の皮鎧を装備していたので引き剥がした。というかゴブリンたちの装備はすべて引き剥がして、死体は全て洞窟の外に積み上げた後燃やした。洞窟内は木の実やらウサギの肉やら食料がそこそこ貯めてあり、意外と人間に近い生活をしてるのに驚いた。


「大体終わったぞ、本体」


 そういった分身は全身ドロドロに汚れていた。洞窟全体を掃除させていたから当然なのだが、にしても汚すぎた。そのまま分身は何事もなかったかのようにダペルに入って行った。


「すげぇ、汚れがつかねぇ。ずっと疑問だったがどうなってんだこれ」


 ともかく、ゴブリンたちの住居だった洞窟は今、素敵な快適空間である。実はダペルはこのためにゴブリンと戦ったのだ。だいぶ前に村へと放った分身の反応は消えてないので、今頃家でごろごろしているだろう。


「完璧だ。じゃあさっき掃除が終わったところで悪いけど、命令をだすぞ。まず三人は入り口で警備だ。一人は俺の側で伝達。あとの五人は徹夜で読書だ。ファイアボールを明かりにしてな、疲れたり魔力が切れたら勝手に俺と同期してリセットしてくれ。じゃあ寝るわ。おやすみ」


 ダペルは分身たちが配置に着く音を聞きながら目を閉じた。

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