表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

火球

 あれから少年は村に帰ると、こっそり聖剣を倉庫に奉納した。そしてこっそりと本を頂戴して家に帰った。タイトルは「魔術基礎目録」だ。見るからにとっつきにくい本で、なにやら小難しいことが書いてあるが、そんなことは気にしない。なぜならこれを読むのは彼であって彼ではないからだ。


「じゃあこれ読んどいて」


「おうよ」


 少年は本を分身に手渡すと、自分は昼寝を始めた。そう、この本を読むのは彼の分身である。少年は分身を初めて取り込んだとき、能力の有用性とそれを持つ危険性を悟った。世界に一つしかない強力な力だ。それを知った大人は先ず利用しようとするだろう。あるいは殺されてしまうかもしれない。そうならないためにも魔術や能力を早急に鍛える必要がある。少年は目を閉じながら能力の再確認を始めた。


 少年が持つ能力『分身』は身体が二つ以上に分かれたときにそれらを元にして分身するものだ。分身した際、装備品や着ている服まで複製されるのはそれらを含めて一人の人間だと認識しているかららしい。分身は本体と同じ身体能力や記憶を持ち、本体の命令には絶対服従する。彼の分身が今本を読んでいるのはその為だ。


 分身を出すのには魔力を必要としない。これこそが能力者の強みであり、魔法使いとの決定的な差であるが、同時に出現することのできる分身の数は魔力の最大量に拠るようで、現在の少年の魔力では分身を二人出すのが精一杯だった。


 また山の中で分身がそうしたように、分身達は本体に入ることが出来る。そうすることで分身は経験を本体にフィードバックし、また本体と身体的に同じ状態になるようだ。彼はこの現象を便宜上『同期』と呼ぶことにした。例えば本体が怪我等した際に同期すると、次に分身が本体から離れたときには同じ怪我をしている、という具合だ。


 そこまで思い出したところで、少年は気になってしまった。もし最大まで分身した状態で自分が二つに分かれるとどうなるのか。今、本を読んでいる分身の他にもう一体の分身が彼の中に入っている。つまり限界数の分身が既に生み出されているわけだ。少年は徐に起き上がると、自分の指を噛みちぎった。能力の副作用で痛みを感じることはなかったが、自分のしていることは気持ち悪いと思った。


「ぺっ! おえっまずっ!」


 果たして指を吐き出してみると、やはりというか血は出ておらず、噛みちぎられた方の手は既に再生していた。床に落ちた方の指は見る見る小さくなってゆき、やがて消えてしまった。


「へぇ」


 これは大きな収穫だ、と少年は思った。分身能力の副作用として、痛みを感じることができない代わりに、身体を再生することが出来ることがわかった。否、痛みを感じないのも場合によっては役立つだろう。さすがに身体が分かれなかったり、ぐちゃぐちゃに粉砕されたり、首を切り落とされたりしたらどうなるかわからないが、滅多なことで怪我はしないだろう。


「ダペルー? 帰ってきてたの?」


 そこまで考えたところで扉の向こうから母の声が聞こえた。今この部屋には自分が二人(正確には三人)いる。そんな光景を見られるわけにはいかない。


「やべっ」


 分身は慌てて本を閉じると少年、ダペルへ向かって走り、なんとか扉が開くまでに本体に収まった。


「あら、本なんて読んじゃって珍しい」


(おお……)


 母の感心を他所に少年は流れ込んでくる知識に感動していた。


(俺って集中すればこんなに理解できるんだな)


「ダペル?」


「あ、ああただいま母さん」


「今からキノコ収穫するからさっさと来なさい」


「わかった、ちょっと準備するから先に行ってて」


 母が家を出るとダペルは分身を一人出して畑に向かわせた。そして誰も見ていないのを確認するとさっそく山へ向かった。早く魔法を試したくて仕方ないのだ。


 山に登ってどれくらいたっただろうか。いつもならあまり奥の方へは行かないようにいわれているしダペル自身も気をつけていた。魔物が出るからだ。この山には弱い魔物しかいないが、それでも魔法や剣術などの戦闘手段を持っていなければ大人でさえ殺されてしまう。勿論ダペルとて、いきなり魔物と戦うつもりはなかった。先ずは人目につかない場所へ行って魔法を練習したかったのだ。


「そろそろいいかな」


 辺りは木が茂っているが、ここだけは少し開けている。人目につかずある程度の広さがあるこの場所は魔法の練習に適しているといえる。


 少年は両手を前に出してイメージを広げた。想像するは燃え盛る火の球。集中が高まったところで集めた魔力を文言と共に押し出した。


「ファイアボール!」


 すると握り拳ほどの火球が飛び出し、正面の木に当たって消えた。最も簡単な魔法の一つであるが、初めてにしては上出来だろう。結果には満足したが、今ので魔力がごっそり持って行かれたのがわかった。体感ではあと二発も撃てそうにない。なんともいえない倦怠感が身体をつつんだ。


「あーだる……そうだ、分身にやってもらおう。行け俺」


 分身は促されるままにダペルを離れると、先程と同じ要領で魔法を放つ。


「ファイアボール」


「おつかれさん」


 ダペルが労いの言葉を掛けると、分身は心なしか気怠い様子でダペルへ戻った。瞬間、分身の経験が本体へ蓄積され、分身は本体と同期される。


「あれ?」


 ここに来てダペルは気がついてしまった。魔力は最初に一発目を放った時から減っていない。つまり、分身を出し入れすれば魔力は減らない。いくらでも魔法を使えるのだ。


「すげぇ!」


 魔力や魔法は、使えば使うほど強大になる。ならば魔法を使い放題の自分は、最強の魔術師になれるのではないか。思い立ったが吉日だ。さっそく分身に命令を下す。


「ファイアボール!」


「ファイアボール!」


「ファイアボール!」


「ファイアボール!」


 ……どれくらいの間そうしていただろうか、ダペルは既にこの魔法をマスターしていた。炎属性最初級魔法ファイアボールは、何も考えずに撃てるほどになっていた。


「ファイアボール」


「ファイアボール」


「ファイアボール」


 気がつけば辺りはすっかり暗くなっており、いつもなら既に家に帰っている頃だ。それでも誰も心配などしない。家にはダペルがいるからだ。彼は分身が火球を放つのを眺めながら、ふと思った。やっぱり自分の身は自分で守らないといけないな。強くなろう。そんなときだった。


「グルルル……」


 動物の鳴き声のようなものが聞こえ、ぼうっとしていた意識を覚醒させた。声のした方へ目を向けると、二つの赤い目がらんらんと光っている。自分と同じくらいの高さはあろうかという、狼型の魔物が居た。


「うわっ」


 突然のことに驚くダペル。考えてみれば当然のことだ。村に近いとはいえここは山の中。魔物たちの領域である。そして夜という時間もまた、魔物の支配する世界だ。故に魔物が姿を現すのは何もおかしなことではない。それでいい。自分の身は自分で守ると決めたんだ。こんな狼の一匹や二匹に恐れるわけにはいかない。


「行け」


「ファイアボール」


 先に動き出したのはダペルだ。突然現れた分身に不意をつかれた魔物に、火球を放つ。魔法は直進し、敵に当たるかと思われたが、やはり弱いとはいえど魔物である。凄まじい動きで火球を回避すると、一瞬で分身に食らいつく。


「うそだろっ!」


 本体が驚きの声をあげる間にも分身は喉を噛みちぎられようとしていた。


「本体! お前が死んだら元も子もねぇ! 早く逃げろ!」


 分身は最期の力と全ての魔力を振り絞って魔法を発動する。


「ファイアボール!」


 今までで一番の威力を誇った火球は、魔物の後脚を見事に焼き焦がした。


「グラアアアァァ!」


 魔物は痛みのあまり歯を食いしばり、とうとう分身は首を噛みちぎられてしまった。すると直ぐに分身の死体は消えてしまったが、もう一人だけ分身を作る余裕ができたのがダペルにはわかった。魔物は脚を怪我しているがまだ生きている。生命力の高い魔物はちょっとやそっとの怪我では弱らないのだ。しかし確実に機動力は削がれている。もう一度分身を出せば逃げ切ることは可能だ!


「行け!」


 ダペルは右手の人差し指を噛みちぎると、それを魔物へ向かって吐き出した。それが身体を形成するのを待たずに、村へ向かって走り出した。


 やっとの思いで村へ着いたダペルは窓からこっそりと家の中の様子を確かめた。分身が母となにやら話をしている。話が終わったところで分身は自分のベッドへ潜り込み眠りについた。どうやら俺は、ちゃんと俺の役を演じていたらしい。音を立てないように気をつけながら家に入り寝たふりをした分身を起こす。


「おかえり俺」


「ただいま俺。ほら、怪しまれないうちにさっさと俺ん中入れ」


 分身がぴったりと重なると、ダペルの頭に半日分の記憶が流れた。この独特な感覚が少し癖になりそうな気がした。


「なんか言ったかい?」


 ノックをすると同時に母が扉を開けてきた。ダペルはノックの意味ってなんだろうかと思った。


「いや、なんでもないよ母さん」


「そうかい……あれ? あんたさっき水浴びしたばっかりなのにもう汗臭いよ。ベッドで一人でなにして……あーなるほどね、うんうん、あんたももうお年頃だもんね、この村には年の近い女の子もいないけどニーナちゃんは美人だしね。でもあんたもうちょっと静かにした方がいいよ」


「そーだね」


 母はなにやら盛大に勘違いしている様子であったが、誤解を訂正するのも面倒だったので適当に相槌をうつことにした。因みにニーナとはこの村唯一の聖職者でぼんきゅっぼんのお姉さんである。村の男たちにとって唯一の性職者でもあるのだ。記憶によると今日の収穫にも参加していた。


 何はともあれ、疲れていたダペルは直ぐに眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ