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分身

 少年は小躍りした。彼の住む村は王都から遠く離れた田舎である。同年代の子供もおらず娯楽といえば山遊びくらいのもので、その日も例によって向かう先は山だったが、いつもと違うのは少年の手に一振りの鉈が握られていることだった。村の倉庫にあったそれは、勝手に持ち出さぬようにと前々から村長にいわれていたが、ダメといわれればやってみたくなるのが人情。こっそりと拝借してきたのだ。


「はー! えいっやー!」


 気分は御伽噺の勇者だ。少年の手にかかれば錆びついた鉈でさえ聖剣に早変わりするのだ。


 上機嫌で山を登っていると、背の高い木に大きな黄色い木の実がなっているのを見つけた。甘酸っぱくて瑞々しい木の実はおやつにうってつけだ。少年は背伸びして鉈を振り回すが、なかなか届かない。


「くっそ……っあ!」


 背伸びがダメならと跳び上がった次の瞬間、着地点にあった石につまづいて転けてしまった。


「いてて……」


 少年は汚れを払いながら取り落とした鉈を拾おうとして、それに気がついた。指が四本しかないのである。


「え……?」


 慌てて辺りを見回すと、足元には人間の人差し指が第一関節あたりから切れたものが落ちていた。見慣れた自分のものだ。転んだ勢いですっぱりと切ってしまったらしい。そしてなにやら、様子がおかしい。切れたのは自分の手だというのに全く痛くないし、よく見れば血すら出ていない。不気味に思いながらも四本指の左手をじっくり見ていると、なんと切れたはずの人差し指を形作るかのように断面が徐々にせり上がっていたのだ。やがて傷口が元の指の位置まで到達すると、指は綺麗さっぱり元通りになってしまった。


「まじかよ」


 少年は唖然としながら落ちている人差し指の方へ目をやると、こちらも少しずつ成長しており、既に腕まで出来上がっていた。半ば放心状態で見守っていると、それは見る見るうちに人間の子供になった。というか、それは少年の姿だった。顔から身体から着ていた服までそっくりそのまま少年と同じである。それは身体が出来上がると、徐に口を開いた。


「よう俺」


 少年は自分に話し掛けられるという衝撃的な経験に眩暈がしそうな思いだったが、それと同時に強い好奇心を覚えた。


「お、おまえ、なんだよ」


「俺はお前だよ。強いて言えば分身だよ」


「いや、そりゃ見たらわかるけどさ、そうじゃなくて」


「うんうん、そうビビるなって。お前が何を聞きたいかくらいわかってるって。なんせ俺はお前だからな。」


 分身は落ち着いた様子で続けた。


「簡単に言うと俺はお前の能力だ」


 能力、という言葉には少年も思い当たるものがあった。魔法使いの中にはごく稀に、魔法とは違う力を使う者がいるらしい。曰く、どんな魔法よりも強力で、どれだけ努力しても使えるようにはならないとか。数少ない魔法使いの、ほんの一握りの才ある者だけが生まれ持つものだ。また能力には同じものが二つとないことも特徴だ。


「まてよ、ってことは俺って魔法使いの才能あるのか?」


 少年が目を輝かせて尋ねると分身は自信なさげに同意した。


「そうなんじゃねーの」


「まじかよ! よっしゃ!」


「わかってると思うけどさ、能力が使えるからってすぐに魔法は使えないからな?」


「わかってるって、そうと決まりゃ明日から魔法の勉強だな!」


「おう。あ、あと能力の使い方だけどさ、教えんのめんどくさいから直接伝えるぞ」


「? 直接ってどういう ……」


 少年の疑問を他所に分身は少年へ向かって歩いた。しかし立ち止まることはなく、 ぶつかる、そう思ったところでまたしても不思議なことが起こった。分身の身体が少年を通り抜けたのだ。分身はそのまま少年の身体へと入って行き、ぴったり重なったかと思えば消えてしまった。同時に、あらゆる情報が少年の脳を襲った。分身ができてから今までの記憶と、能力の使い方。少年は頭痛に耐えながらも思考を整理する。


(なるほど……)


「これは秘密にしないとまずいな。誰に命狙われてもおかしくないわ」


 少年は何事もなかったかのように帰路についた。

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