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8.束の間の休日

朝、いつも通り目覚めてしばらくぼんやりと考えて、はたと気づいた。久しぶりの非番だ。久しぶりすぎてもうすっかり忘れてた。曜日感覚無くなってる。

枕にアゴを乗っけて携帯の電源を入れる。曜日を確認して、何だかんだでカインと暮らし始めて一週間が経っていたことに気づいた。周囲を見渡し、自分自身に呆れかえった。部屋には書類が散乱し脱ぎっぱなしの服が所々にある。いつも気になるので片付けてはいるのに珍しいな。反すうしてさらに溜め息が出た。

その後いくら読める事はないとはいえ一応現場の地図だけでも頭に入れて起きたかったのでカインを強引に引っ張って残りの3・4人目の現場も見た。カインは自分が譲歩策にと言ったことだからちゃんとついて来てくれた。


(まあいいや…)


携帯を握りしめたままぼふっとそのまま枕に顔をうずめる。とにかく此処1週間、深夜生活続きになってしまったせいか眠い。おまけに結局催眠剤も強要されて頭が痛い。兎も角そのまま今日は寝てやると思っていたのに、突然鳴り出したオギのモーニングコールでまた目が覚めてしまった。


「大丈夫そうだな、ルナ」


電話の向こうで開口一番、オギがそう言った。このヒト一体何で出来てるっておもうくらい彼は朝から声がハキハキとしている。育ちの違いか、やっぱ。エリートは違う。


「………何がです」目覚めの悪いときの声だわ、と自覚しつつ問うた。

「さっそく咬まれたか」

「かまっ…ミスターっ!」


彼の率直でさっぱりと言ってのけたその言葉に思わず動揺でガバッと目が覚めた。ホント覚めた。ブランケットをはねのけ、首に携帯を挟んでオギの笑いを耳に入れながらキッチンに赴く。冷蔵庫からオレンジジュースを取り出し、棚のグラスを指にひっかけて、注ぐ。オギは電話の向こうで何とか笑いを堪えてるみたいだった。


「彼にとって外は久々だからな。カインが言っていた。1週間に一度くらいの報告をせよといってあるから」

「…気分悪いわミスター」


アンタはカインの保護者か、とつっ込みたくなった。どうあれその通りだから、言えないわ。


「そうごねるな。君が許可したのだルナ。それにいい魔よけにもなる」

「魔よけ?」


ゴックンと1回飲んで、口を離す。魔寄せの間違いじゃないか?


「そう。もしこの件がヴァンパイアだとすれば、君はいいエサだ。寄ってくる夏の虫。咬まれておけば他のヴァンパイアは危害は加えない。見えなくとも、君に痕がついてるからな」

「あいつのモノになる予定はないわ」


ないない。心に繰り返した。


「ふふ、まあいいさ。今日は非番だ。ゆっくりしておいで。カインの街案内とかどうだろうね」


オギはのんびりとした口調で提案した。

ゴクン。結局3口で飲み干してしまった。抱えている携帯の通話口に向かって、低くうめく。


「オギ」

「何だ」

「見かけによらず策士ですよね」

「何のことだかな。良い休日を」







夕方になってカインが目を覚ました頃に、どこか行きたい? と聞いてみると彼は、


「ルナの好きな所へ」


と笑った。しばらく外に出なかったら外も懐かしいが、人間の造ったものを見るのも飽いている、と。長年生きてるとそうなるのかしら。食欲も必要ないわけだから美味しい食べ物につられる(というか彼らは血だけれども)ことはないし、そこらへんの女の子のように甘くとろけるようなスイーツの欲求もないわけだ。強いて言うなら感性だけれど、あらゆるものの超越した存在である彼らにとって人間の創作物など歯牙にもかけないものなのかもしれない。カインはその甘いマスクでひとしきり微笑んで、こちらを見つめて更にこう言った。


「ルナと一緒なら、どこへでも行こう」


と言うわけで、遊園地に決まった。特に行きたい訳じゃなかったけど、好きな場所って言うから…カインがしきりに尋ねたので思わず答えてしまったのが運の尽き。子どもっぽいわね、と自嘲して笑った。


「別に」

「へ? 」

「可愛らしいよ。恥じる事ではない」


そう笑いかける瞳は酷く穏やかで、甘い匂いがしそうなほど笑顔が柔らかかった。ドキッと、した。今思い出しただけで顔が自然と赤くなっていく。あんな風に、笑うんだ。ちら、と頭上のカインの方を見上げる。相変わらず漂々と掴む所がないその顔は視線に気がついて、こちらを見下ろした。

黒の無地VネックロンTにベロアファー付きのWジップパーカーと濃紺のスキニージーンズ、足元は黒のロングドレープブーツというスタイルの今日は、なんだか少し雰囲気が違って見える。


(なんで…こんな事気にしてんだろ…)


デートみたい、と言う声が知らず聞こえてきそうだ。イヤイヤこれはデートじゃない。これは観光…でもないか。でも違う違うと自分自身に首を振って、考えた。そうよ。これは異種族間交流。ちょっと肌寒くなったからカーディガンを持って、そばのコンビニでちょっとお菓子を買った。カインは『コンビニ』がいたくお気に召したらしく、自分が喰わないくせにやたらと食糧を買いたがるので止めさせた。太らせる気か、もう。チケットを買って、中に入った。夜はライトアップされたアトラクションがまた格別にキレイだ。カラフルなLEDが点滅したり波のようになったり。大人だって童心に返るって分かる気がする。


「カイン、……」


振り返れば、彼は乗り物に目をやりつつも痛そうに目を細めていた。いくら夜だから大丈夫ってサングラス持ってこなかったけれど、やっぱりこれだけピッカピカだとキツイかな。…ちょっと、悪かったかも。そう思って悶々としていると、ふわりと頭に重力が落ちる。


「ルナ」


気がつけばカインが隣でこちらの頭を撫でながら大丈夫だ、と言って笑ってくれていた。俺はそんな柔じゃない、付け加えたので心をやはり読んだらしい。


「いいよ、ルナが乗りたいものに乗ってやろう。最初はどれだ?」

「あ…じゃあ…メリーゴーランド」


適当な物を思いつけず思わずあれ、と馬の乗り物を指し示す。男性ってあんまり乗りたがらないよね、でも。言ってみてちょっと後悔した。自分でも…ちょっと恥ずかしいかも。


「行こう」

「えっ」


カインがグイ、と手を引いてその方向へ歩き始めた。


「乗りたいのだろう?」


カインが振り向いてきょとんとした顔で言った。


「…う、うん」

「…俺になど遠慮するな」


そう言って返してくるその瞳は穏やかで優しかった。何でそんな目で微笑んでくれるのかってくらい穏やかに。そしてそんな些細な事に安堵している自分がいる。心がゆるゆると溶けていく。カインはこちらの手を引きながらもう一方の手を顎に当ててなにやら考えている。その顔はいつになく楽しそうだ。


「やっぱり二人乗りかな」

「え、ちょっとそれタンマ恥ずかしい!」

「今更だな。もう遅い」

「ええええええっ!」


やっぱり取り消したい…かも。



◇ ◇ ◇



その後これは得意分野だと嬉しそうにジェットコースターに乗っているカインは本当に余裕しゃくしゃくに風を感じていて、オバケ屋敷はよく出来ていると逆に笑っていて、コーヒーカップはぐるぐる回されて…なんか色々回った気がするけど、あっという間だった。ちなみに私はどれも絶叫しっぱなしだった。閉園1時間位前になって、最後の締めは何にしようと思い巡らせていた時、カインがルナ、と呼んでちょんちょんと肩をつついてこちらを振り向かせた。振り向いた私にカインはニッコリと笑って、あるアトラクションをまっすぐに指差す。


「あれにしよう」


目の前にそびえ立つ観覧車を。


「あ、れ…?」

「テレビで見た。ここの遊園地とやらの観覧車は景色が良いので有名らしい。それに」


こちらを見下ろして、アメシストの瞳が涼やかに笑う。


「夜は恋人達に人気のスポットなんだそうだ」


恋人なんかじゃないのにのひとつでも返せれば良かったのに、そのとき何故かどう返したらいいか分からなかった。心臓の音がやけにうるさい。そのまま連行されるようにカインに引っ張られて、押し込まれるように観覧車に乗り込んだ。中に入ってもやっぱり肌寒くて、羽織っていたカーディガンの裾をたぐり寄せてガラスに顔を寄せた。カインが向かいで、同じような格好で景色を眺めている。夜の暗さに彼の青白い肌がぼんやりと浮かんでいるようだった。夜景を見ながらうん、とカインが少し目を細めてしみじみと言った。


「美しいな、夜景は。遠くから眺める分には、人間の造ったものにしてはなかなか良い」

「うん…」


ここからの眺めはちょっといいなと、そう思った。眠らない街がネオンを輝かせて競っているのがよく分かる。それにしても観覧車なんて乗ったのは本当に久しぶり。


「こっちの方がよく見える。おいで」

「えっ…」


突然ぐいっと手を引かれ、そのままカインの隣に座らされる。ホラ、と促されて見れば、ホントに綺麗だ。光の度合いが違う。何でこんなに違うんだろうってくらい。


「ルナ」


しばらく景色に見惚れていると、不意にカインがこちらを向いて口を開く。視線が絡むと、カインは穏やかに微笑んで、引いたままの手をぎゅっと握りなおして言った。


「これが終わるまで手を繋いだままでいてくれないか」

「え…」

「寒くてな」

「嘘ね」

「まあ嘘だ」

「カイン…」

「減るものでなしに。いいだろう?」


切なげに訴えかける視線に押され、おずおずと頷く他にない。二人で夜景を見ながらしばらく沈黙が続いた。ネオンは目の前でキラキラと視界を焦がしていく。時間がまるでストップモーションのように感じた。カインに繋がれた自分の手をそっと見る。普通の人間に触ると色んな感情が流れ込んできて気持ち悪いけれど、カインは違った。何も無い所にピンと1本の線を張ったように、心のビジョンがいつも一直線で揺らぎがない。それが心地良かった。


――きっと今の顔は、すごく赤い。


それを隠したくて、思わず俯いてしまう。ぎゅっと握られた手はやっぱり冷たくて背筋が震えた。でも嫌じゃない。握られるのは嫌じゃないのは、きっと嫌いじゃないからだ。その顔をちらりと盗み見れば、景色を見つめているカインがぽつりと呟いた。


「ルナの温もりを、感じたかった」


そして視線がまた合わさって、彼は甘く微笑んだ。


「やはりヒトは、温いな」


トクン。

心臓が、跳ねた。


「カイ…」

「……もう少し、このままでいてくれ」


再び強く握られた手に、分かった、と頷いてから握り返した。







それから一回りして乗り終えた観覧車を降り、徐々に消えていく明かりを背中にして2人で遊園地を後にした。


「なかなか楽しめたな」

「うん…」


先ほどから自分の方が頷いてばかりの言葉少ない会話が続いている。何とかしたいがどうすればいいんだろう。しばらくして、観覧車から握り締めていた手を見て、カインが気がついたように声を上げた。


「降りるまで、だったからな。すまなかった。我がままを聞いてもらって」


絡まった糸をゆっくりと解くように、離れていく手の平。


「あ……」


見上げた、その瞳が穏やかに笑う。夜空を背にしたそれは、闇を含んで一層の神秘さを増しているように思えた。カインがその瞳を細くしてこちらを見下ろす。


「行こう」


そう言って歩き出した背中を見つめる。

(あ……)

行っちゃう。

何故かそんな事を思ってしまって。

ドコヘ?

頭とセイハンタイな心が、止まっていた足を動かした。


「ま…待ってっ」


触れた先は、解かれた指先。


「…ルナ?」


予想外の出来事に丸くなる、その瞳。アメシストみたいに、綺麗な瞳が大きく動揺している。何て美しいのだろう。不意に緩んだその瞬間に魅せられて、思わずそれを食い入るように見つめた。ルナ?と訝しげに問いかけるカインの声に気づいてようやくはっとする。


「あ…」

「ルナ…?」

「……のね…」


かあ、と顔が熱くなるのが分かっても、今はそれを抑える訳にもいかない。俯いて何とかカインから表情を逸らす。


「……?」

「…………帰るまで…いい」

「え?」

「帰るまで…繋いでて…いい」


うわ。

顔から火が出そう、だ。何でこんな事言ってんのかな。

熱いのが止まらなくてしばらくうつむいていたら、不意に右手の指先が皮膚の感触に包まれた。

びっくりして、顔を上げる。カインがこれ以上ないくらいの穏やかさで、眉も表情もくしゃくしゃに歪めて笑っている。


「……ありがとう」


その声に、笑顔に、心が、心臓が震えた。ああ、言って良かったんだ、そう思った。触れられた指先と指先が絡み合ってまた、手の平が触れた。繋いだ手がこんなに熱いのは何でなんだろう。自分にそう問いかけて、口をつぐんだ。




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