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6.コーヒーショップの思惑

昼間、次といっても捜査はほぼ夜の手前からだ。ぐるぐると肩を回すと、ポキポキと音が鳴った。昨日の疲れも残っているようだ。結局2.3時間仮眠とってまた署に戻って資料を見直したりしていたので疲れは取れようがないか。自販機を前に少し考えて応援食クッキーとコーヒーのボタンを押した。さて戻るか。

まだ事件について知らないことだらけなので、せめて全体的な把握だけはしておこうと思った。事件の概要、関係者への取調べの録音画像。被害者が9人となれば数は結構な物で、全部見終わるまでに夜が明けてしまった。自宅で仮眠を取ってはいるが、さっきトイレで鏡を見たら目の下はうっすら隈が出来ていた。カインには昼間のこの時間は寝て午後に署まで来てもらうことにしている。(勿論事情を知った者に)カインの事はくれぐれも内密に、とオギは伏せていたらしく、あれこれ聞いてくる人もいなかった。

署内の廊下は人がまばらに歩いている。窓から差し込む日差しはまどろみを誘う程に温かい。外を見て、思わずその眩しさに目を細めた。


―カインはこの日差しを浴びる事はない。


ふとそう思って、胸にツン、と針が刺さったような痛みが残った。

思わず胸に握った拳をあてた。

何で?どうして瞬間に彼の事を考えたんだろう? よく知りもしない、ましてカインは警察に乗り込んで多くの人間を殺した凶悪殺人犯だというのに。

ふと沸いた感情にただ戸惑うばかりだ。気がつけばその場に立ち尽くしていたことに気がついて、ルナは慌てて足を進めた。



◇ ◇ ◇




その後一心不乱に仕事をして、夕方近くカインを呼んだ後車で現場まで向かう事にした。数時間ぶりに会ったカインに目が合った途端ニッコリ笑って、


「会いたかった」


と言われ、少しどぎまぎしてしまった。気取られない様にそのまま何で不機嫌なの、と聞き返す。それまでの心の荒れようと言ったらこちらでも容易に読めたくらいだったから。まあそれを聞いた途端シャットアウトされてしまったけど。迎えに言った者が言う事には、寝起きが相当悪かったらしく殺されるかと思いました、できればよほどでない限り迎えに来て下さいお願いします…と半ば泣きが入った状態ですがりつかれて困った。自分とて今死ぬ訳にも行かないのだけど。それがまかり間違ってこんな状態だ。ホント能力者で得した事なんかあっただろうか? カインはそのままこちらに歩み寄って、目の下にそっと人差し指を這わせた。


「隈が」


そしてそのままこちらを見つめてきた。何カラットのアメシストが集まればこの美しさは生まれるのだろうか。生き物のそれと思えない、その瞳。見つめられて、心臓がいつも持って行かれそうになる。それを何とか堪えて、彼の手をそっと自らの顔から外した。


「平気よ。いつものこと。カフェインも死ぬくらい取ったわ。運転の方は大丈夫」

「………無理は、するな」


何か言いたげなカインを敢えて無視して彼と車へ向かう。車を走らせる事数十分、現場にほど近い場所まで来ると、ルナは通り道の駐車場に車を止め、後は現場まで歩いていくことにした。それなりに車通りが多い道路の上に綺麗な歩道橋が掛かっている。現場は階段下だったはずだ。再び携帯に入れて来ていた資料に目を移す。


―7人目、エリ=サイフェル27才。夜遅くに飲み屋帰りの酔っ払いが歩道橋で崩れ落ちている彼女を発見、すでに息絶えた後だった。それ以前の消息は9:00に会社を出て以降が不明。現場には荷物が散乱し血が点々と飛び散っていた。牙痕から事件性を警察は考慮した。


「さて……」


ひとしきり目を通した後に現場に目を向けようと顔を上げる。


(っ……やばい!!)


資料から目を離した瞬間、読む前から現場の状況が意志を持っているかのように無理矢理自分の頭に入り込んできた。


(こんな…ことって…)


そんな不意打ちにショックを受けながらも必死に耐えて粘着質なその情報を受け入れる。まぶたの裏に映るヴィジョンが嫌に生々しい。それほどココにはその人の思いが残っているということ?  被害者? 加害者? 考えては見るものの集中する方が精一杯だった。やがてヴィジョンは録画テレビを再生したかのように止まり、何とかそれを振りほどいて意識を現実に戻す事ができた。


「これ…最悪」


分かってはいたが、それでも思わず呻いてしまった。その声を聞き取ったカインが何がだ、と言ってこちらを振り向く。今はすっかりキレイになったその歩道橋の足元には、そう古くないお供えもある。最近人々の通行手段として出来たばっかりのココは、一夜にして赤の惨劇場に変化したのだった。右手で口を押さえて、吐き気をこらえる。だめだ。呻くように、口を開く。


「…ほぼ衝動的。後に誰かいて突き飛ばした。それでわざわざ荷物を散乱させて、手首切って、牙痕まで」

「情熱的な殺人者と、冷静な殺人ほう助、ってところか…」

「2人…?」

「可能性は高くなったな。それより平気かルナ。少し休もう」


見かねたカインが手を差し伸べて、体を支えた。正直な所気持ち悪くて仕方なかったので助かった。嫌だ、込み上げてくる。何だこれ。視界がぐらぐらと揺れ動いている。カインがこちらを覗きこんで口元を押さえる自分を見つめてくる。


「直ぐ近くに店がある。そこで休む。行けるか」


必死にコクコクと頷いて歩き出した。おぼつかない足取りで何とかカインについて行っている状態だ。途中ふと、カインはペースに合わせて歩いてくれていると、歩きながら気がついた。

それにしても。


(ち…近い…)


気持ち悪くて気持ちに余裕がなくて気がつかなかったけど、様は身体を支えられているわけだし、当たり前の事なのだが。それでも意識しだしたら止まらないのが人間で、どんどん顔が赤くなっていくのが分かる。


(やば…)


なんで、こんな。引き寄せられて、二の腕に触れている腕はひんやりと冷たくて、それでもしっかりとした骨格がはっきりと分かる。香水をつけている、何て聞いた事ないけれど、何故だかムスクのような、エキゾチックな香りがした。恥ずかしくて気負いしていて、何とか気を紛らわせたくてルナはふいと道路の向こう側を仰いだ。


(うん?)


誰か見てる? 道路の向こう側からこちらに目を向ける人影がいる。


(誰だろう…)


「ルナ? 平気か」

「ん…何でもない」


次にそこを見た時には、その人影はすっかり姿を消してしまっていた。



◇ ◇ ◇



カインが連れてきてくれたのはどこにでもある全国チェーンのコーヒーショップだった。ここはどうも夜もやっているものらしい。夜でもやっている店があるのは非常にありがたいことだ。こんな職業が平然と腰を落ち着ける事ができる。いつもならば。しかし今はそれどころじゃない。気分悪いし、さっきから店の店員がひっきりなしにカインにコーヒーを勧めてくる。カインは勤めてにこやかにそれを断ってはいるものの、ほとばしる殺気がものすごい。気分悪い上にそんな殺気を浴びせられるこっちの身にもなってくれと、うんざり心に浮かべてみた。やがてその波も潰えると、カインは呆れたようなため息をついてこちらに向き直った。


「すまなかった。平気か」


どうやら心の声は聞き取ってもらえたものらしい。一応謝ってはくれたみたいだけど、平気ではない。ぼうとする頭をふり、カプチーノに口をつけ、一口飲み込んでみてからあからさまな嫌味を言った。


「どうせならあの女の子1人くらい咬みついてきたらよかったんじゃない」

「気に入った女の血以外は不味いだけだ。何を怒っている?」

「別に」


それっきり間には沈黙が流れた。気に入った女の血?じゃあ衝動的に咬みつかれた私は何だと言うのだろう。まだそんな感情も沸きもしない時間でだってヴァンパイアは咬みつけるのに。そもそも別に気に入って欲しい訳じゃないのにどうして怒っているんだろう。気分の悪さは怒りのムカムカに代わって己の中でひしめき合っている。


「嫉妬してる、か?」


カインが眉間にシワを寄せて黙り込むこちらの顔を覗きこんでニヤリ、と笑う。


「ばっ!? …何言ってんの!?」

「そうなんだな」

「違うわよっ」


声を荒げてることは出来たがかああ、と赤くなる顔を止められずにいる。嫉妬? 冗談きつい。そんな自分をニヤニヤと見つめながらカインはまっすぐこちらを見据えて言った。


「気に入った女は、ルナだけだ」


そうして右手に顔を乗せて頬杖をついて、甘く笑った。


「ルナ以外は、吸わない」

「…無理しなくていいわよ」

「吸えない、な」


その言葉に何で?と返しそうになると同時に心臓が軽く跳ねた。こんな事思ったりしてもきっと彼は聞き取るに決まっているのに。カインは妖艶に笑って、瞳の奥の奥まで覗きこんでやろうかという位にこちらを見つめてきた。


「まだ言わない」

「読むのずるいわ…」

「読めるのだから仕方がない」

「止めてよ………」

「そういわれると余計煽られるんだがな」

「サイテ―……」


つっぷして見上げたカインがやっぱりいつも通りの余裕の笑みで、何で自分ばっかこんな心乱されてるんだ、と叫びだしたくなった。カインは頬杖で見下ろしながら頭をそっと撫で始めた。


「さてどうするか。これから」

「……車に戻る」

「動けるか」

「うん」


カインの手は頭から毛先に移って、一房すくい上げてその長い指に絡めながらゆるゆると流す。それをただ机につっぷしたまま見上げている。指先が酷く艶かしい。玩ばれているのは自分の髪なのに、身体がぞわぞわしている。


「2.3.4人目はどうする」

「……一応現場の把握だけはしておく。読めることは…期待してないわ」

「決まりだな。気分が良ければこのまま行こう。どうもまたコーヒーとやらのお代わりがきそうだ」


そう言って立ち上がった先で、こちらの方を見つめていた女性店員たちが残念そうな目を向けていた。


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