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23.再び教誨へ

「あのステンドグラス、ですか?」


すっとんきょうな声をあげて、その教誨の神父は眼を丸くして驚いていた。

ルナは社交辞令の笑みを顔に張り付け、お願いします、と神父に頼み込んだ。

嗚呼、気持ち悪い。

横でカインが呆れたように心でつぶやくのが聞こえた。横でちらっと見やってむっとしたのは何とか顔に出さないように努めて、ルナは神父の後についていくことにした。

コツ―ン…コツ―ン…

水面にさざ波を立てるかのように、足音が吹き抜けの天井に吸い込まれていく。それを追いかけるように天井を一緒に見上げてしまう。天井にはさまざまな宗教画が描かれ、そこに描かれた天使たちが皆一様にこちらを見下ろしていた。

顔。顔。顔。

なぜ、人は神まで人型にしたのかと、今も思う。今まで普通の人間も見た事がないものを人が描き、人が神として崇め、しまいには芸術品になった。それもはたして神が示したもうた事なのだろうか。


「少なからず、それで救われた人間もいるだろう。それが宗教だ」


同じように天井を見上げながら歩くカインが静かにそう言った。わずかに眼を細め、零れる色彩を受け止めようとしているみたいだった。


「ファザー…あのステンドグラスについて教えていただけますか」


歩きながら、そっと前の神父の小さな背中に声をかける。神父は一度こちらを振り返って弱弱しく微笑んだ後、再び視線を前に戻してから語りだした。


「この教誨が建てられたのは新世紀…そう古くはありません。周辺の教誨の方が古いくらいですから」

「ああ…6つの」


旧世紀に建てられた、この周囲の6つの教誨。まるでそれはこの教誨を囲むように建っている事を頭の中で思いだして呟く。その呟きを視界に納めるかのように神父はこちらをちらりと一度見ると、疲れ果てたような苦笑を浮かべた。


「ちょうどここがその中心になる…いわば楔のようなものですね。文献では、あのステンドグラスが発見されてから半年の速さで立てられたそうです。ダンス・マカブル…死の教訓。対しての人々の恐れ、とまどい。その時代は新世紀に入ってから急速に拡大したウイルスによって死が蔓延していましたので、一刻も早い魂の救済をと、当時の教誨関係者は切に祈っておりました。故に告解室にはめ込んだわけで」

「ステンドグラスはどこで発見されたのです?」

「…古びた、もう使われていない廃墟の教誨でした。さびれた教誨の中でも美しく色彩を放つそれを、どうしてもそこに残してはおけなかったのです。教誨自体も貴重なものでしたが、何分人が使えるようなものではありませんでしたので」

「まだ残っているのか?」


後方からカインが不意に口を開いた。神父は瞬間びくっと身体を震わせたが、そのまま消え入りそうな声でええ、と返した。


「…そのまま。ガラスは取り外したので今は廃屋ですが。何分時代が古いので、いろいろ煩いのですよ…結局壊せないまま廃屋と化しています」

「ここから近いのですか」

「近いですよ比較的。何せ今じゃ貴重建築の一部ですから、近年移築したんです」

「……場所を、教えてくれますか」

「え?ええ、いいですよ後で地図をお持ちしましょう」


着きましたよ、と神父は縦長のほっそりとした扉を、2,3人を呼んでいたのか、彼らに任せて押し開けさせた。

ギィィィィ…

何とも重苦しい音を立てて、あの扉が開く。扉が開いた途端、サァ…と細々とした冷たい風が途端にふき込んでくる。それをゆっくりと身体に受けて、勢いよく入って行った。


「告解室は…こっちよね」


そう口に出して告解室の方に足を向ける。再びまみえたそのステンドグラスを見上げて、ルナは息をのんだ。


「ダンス、マカブル…」


天井を貫かんばかりにそびえたつそのステンドグラスは相変わらず室内光を含んで柔らかく光を放つ。さすがに血は拭きとられていたが、あれ以来この美しさを見に来る人は減ったという。あの瞳をみつめる。ステンドグラスに彫られたエメラルドの瞳の女性。死神に迫られ、苦悶の表情を浮かべたその顔は月日がたっていても美しい。その瞳を見つめていると、吸い込まれてしまいそうになる。


「ルナ…!」


突如ステンドグラスに見とれていたこちらに、カインの突き刺すような低い声がたたきつけられた。祭壇の方の、死体がのっていたその場所。


「っ…! あれは!」


視界をずらせば、何かが教誨の天井から差し込む陽光をはじいて光った。ルナ自身が駆けだすより早く、カインが音もなくその場にたどり着いている。カインは彼女を一度だけ見ると、そのまま視線でその場所を指し示した。


「…懐中、時計?」


祭壇に置かれていたのは、金色に輝く精巧な作りの懐中時計だった。真新しくはないものの、よく手入れされていて、綺麗なものだった。証拠品には違いない、コートのポケットにつっ込んでいた手袋を取り出してはめ、そっと手にとってみる。チャリ…と静かに鎖が音をたてた。よく手入れされた、しかしながら古い物には違いなかった。ようやく聴きとれる針の啼く音、きらりと光る装飾。


「特に…何もないかな…」


くるりと前、後ろとひっくり返してみるが特に変わったところはない。カインがじっとこの懐中時計を見ているので、次にみせてやろうと手袋をはずしかけて。


『ル…な…』

「っ!!」

『欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい君きみキミの血血血血が…「ああ…ルナ」…ノイズ…じジジジジジジジジジッ…「ぁぁ…もうすぐだね…ルナ…」…祭壇の傍…懐中時計…「ねえ…まだ血が足りない…君の血…待ってるね…あの場所で…」君の血を欲して…』


意識がぼんやりとそれを捉えはじめている。


『きょう…かい…』


海のような、意識に墜ちていく…


(ルナッ!!!)


寸でで誰かに腕を引かれた感覚に、意識が急覚醒した。意識がこちらに戻ってくると、カインが自分の腕をつかんで、めずらしく焦燥の表情を浮かべていた。そっと指を外すように離していくと、ようやく安堵の息をつく。冷や汗が止まらない。呼吸が少しだけ乱れているのに今気がついた。呼吸していたのは自分なのに…カインが自分の腕に残る指の痕を見つめながら、そっと摩る様に2本の指で行き来させながら、息をついた。


「…いつもより意識が取り込まれていたから…悪い事をした…すまない」

「…取り込まれていた…自分でも気がつかなかった…最近こんな事なかったのに」


いつの間にかこちらから奪っていた懐中時計の細い鎖を、カインは何の躊躇いもなく握りつぶした。本当ならは本体を潰したかったのだろうが。ルナは震える声でカインを見上げた。


「…向こうは私を知っている。何故?」


彼を見上げると、カインはその瞳を深い紫で色濃く染めている。紫色の神秘の炎は今、怒りの色を滲ませ、こちらを見下ろして押し殺したように声を絞り出した。


「何故もくそもあるか。俺が居るからだ。おれがルナ、お前のその神聖な赤を啜ったからだ。そして何よりもこの事件にお前が関わったからだ。まるで計算ずくだったかのような」

「計算づく…? どういう…」

「神父!」


ルナが次の言葉を発する前に、彼は切り裂くような急いた声で、傍らの神父を呼んだ。はい! とびくりと震えた声がし、彼の影がルナの後ろに揺れる。震えているようだった。当たり前のように思う。


「場所を…例の教誨の場所を教えろ! 早く!」

「ちょ…カイン!」

「ひぃ!は…は…い」

「それから」

「は…?」


カインは神父に聞いた事に、ルナは今度こそ首をかしげる事となった。




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