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18.Danse Macabre(ダンス・マカブル)

近代化したこの時代にも、宗教心を持つものは多い。現にこの近辺だけでも6つほどの教誨きょうかいがある。今はその教誨も数台のパトカーが止まり野次馬がざわめいているが、それでも。


―いつの時代にもすくわれたい人間は多いのだな。


見上げてカインはそう思った。そうこうしている間にルナの方はさっさとKEEPOUTのロープをくぐり、教誨(きょうかい)のドアを1人で開けているところだった。慌てて後を追い、何とか身体を押し込ませようとする彼女の傍にたどり着き、ドアを開いてやる。


「入れたのに」

「そんな喧々(ケンケン)するなよ」


苦笑いして自分も中に入り込んだ。


「ほぉう…」


精巧で繊細な創りの施されたゴシック様式。とはいっても、見た目自体がそんなに古くはないのでおそらくは新代に入り建てられたものだろう。そんな長い回廊を2人並んで歩く。柱の一つ一つに施された装飾に、美しい天使の絵画が無表情にこちらを見下ろしてくる。

コツ―ン…コツーン…

吹き抜けの通路に長く響く足音の反響に耳を澄ませながら不意にルナがこちらを仰ぎ見た。


「教敵の処に、貴方は迷い込んでしまった訳ね」


皮肉も含んだそのもの言いに、自身もその意を汲み取って返してやる。


「人間の頃は世話になったかもしれないだろう?」

「遠い話ね」

「あっても忘れている。それこそ罰当たりだ。さて」


コツーン…

やがて突き当たった礼拝堂の大扉の前で、2人は立ち止まった。


「問おう、ルナ。神はこの呪われた肉が聖なる場所に立ち入る事を許すか否か」


ルナは自嘲するように笑った。


「否(YES)ね。まあその見返り、罰を受けるのは私も、なのでしょう」

「そうか」


カインがニヤリと笑い、そして最初の一歩をふみだした。


「ならば、共に呪われようか」



◇ ◇ ◇


                   ・

「まさかこのような場所で、このような事が起こるとは夢にも思っていませんでした」


黒の教誨きょうかい服を纏った老人は静かにそう言った。心なしか顔がやつれている気がする。祈っていたのだろうか。

(何に? 何を?)

そう思ってルナは首を振った。そんな事を知るために着た訳じゃない。知らなくていいし知る必要も無い。まして神を冒涜しているようなこの身。


「場所が場所ですから、警察の方には…その、お早い御遺体のお引取りをお願いしたいのです、ミス」

「コンジョウで結構です。早急な解決のために、ぜひとも貴方のお話もお伺いしたいのファザー」

「ええ、ええ、構いませんよそれは。ただ…私もご覧の通りの老体でね…夜は特に寝入ってしまって…大した話は出来ないですよ」


申し訳なさそうな老人に対し、ルナは勤めて微笑を絶やさぬように顔を向けた。


「結構です、ファザー。貴方の出来得る限りをお話下さい」

「分かりました…」

「現場を拝見します」


そう言うと老人はこちらに、と言って手を指し示し、道を作った。歩くたびに吹き抜けの高い天井にまで音が飛んでいっているようだった。靴音の後には必ず静けさが続いた。

―生きる物はいないみたいな。

こういうのを神の領域とでもいうのだろうか。やがて祭壇の前で神父はその足を止めると、くるりと方向を変えてこちらを見た。


「……私には、私には耐えられませんミス・コンジョウ。こんな惨酷な。早くこのご遺体の御霊をあるべき場所へ御返ししてさし上げて下さい」


そう言い切って、彼は2人に道を譲った。思い切って、一歩を踏み出すと、その光景に2人そろって思わず言葉を失った。


「…血の犠牲、呪われた肉ってか」


ごくりとつばを飲んで、カインがそう呟いたのが分かった。頭が、白みそうになる。

―血に染まった祭壇。

心臓のある場所に穴を空け、ワンピースを血で真っ赤に染め上げた身体。

肩まである黒髪が顔にまとわりつき、それはまるで蛇のようだった。

壮絶な光景に息をのみながらおそるおそる近づいていく。同時に近づいたカインが遺体に手を差し伸べようとして慌てて止めた。


「鑑識を」

「許可はもらってある」


そのまま血に濡れた遺体に平気で触っていく。自然な溜め息が唇から零れたのが分かった。

しばらくして、目の前の彼がポツポツと言葉を零していく。


「時間は夜中の2~3:00。白い手が見えるな。歯? 牙? …血を半分吸って半分祭壇に吸わせたか。いずれにせよ大量なものだが」

「ヴァンパイアにしてはもったいない事するのね。彼らの…貴方にとっても命の糧なら、全部飲み干したいところでしょ」

「俺はそうする。だがコイツは違う」


真っ赤になった手を見つめてカインが言う。「信仰心が多少おありの様だ」

「だとしたらたちの悪い信者ね。こんなに汚して」


この事件で手袋は布から耐水性のビニールに変えた甲斐があった。ルナは肌にぴっちりと吸い付くそれをはめてから死体に触れた。


『―――教誨の中を歩く音、祭壇に眠る被害者。やがて影が彼女の前に止まる。顔は見えない。……「捧げる血が…何故…ジジッ…乙女か…」…ジジジッ……白い手…歯か牙?…血の匂い…「あなたに…アゲルナラ綺麗な方がいい」……ビシャアア!!!---- 』


ハッ……

戻ってきた現実にまず深呼吸をして、ゆっくりと浸った。よし、戻っている。次に現場を見た。もうアレ、はいない。ぐるり、辺りを見渡して、自分の足元を見れば、流れ落ちた汗の後が散乱している。

―久々の胸くその悪さ。

言うなれば、そんな感じだ。狂気、血、残虐、宗教心、愛。そして最後のものは狂気に満ちて以上だ。


「大事無いか」


やがてカインが声をかけてくる。大丈夫、と言って微笑んだ。無駄なあがきだろうが。現場周辺を見ていたカインに問う。


「今回の収穫は?」


カインはああ、と言って遺体の衣服のひだをつまんでめくり上げた。


「ココだ」


白い肌に現れた鮮やかな赤が視界を奪った。


『色の意味をしってる?

赤はもっとも鮮やかで美しくて、あなたに相応しい』


「…あっくしゅみっ…」


文字を追ってから思わず毒づいて吐き捨てた。カインはめくっていた服を元に戻してから上を仰ぎ見た。


「ここの教誨の様式は中世…旧世紀の…ゴシック様式を真似たものだ」

「?」


首をかしげるルナをよそに、カインは祭壇から長椅子までゆっくりと歩き出す。


「12世紀、中世は聖堂はロマネスク様式からゴシックに展開し、一方美しい色彩を伴った写本が創作された。……東方からの学問の流入、古代の学問への関心から、色彩の知識は広まっていった。つまり」

「色がひろがっていく時代、だった」


カインの言葉を引き継いだこちらを彼は満足そうに見つめて笑った。ツバを飲み込み、おそるおそる口を開く。


「……それを知ってて、この教誨を選んだ?」


カインは口元に笑みを浮かべたまま、さぁ、それはどうか解らぬ、と言った。


「問題はそれだけでは…ない気もするな。ゴシック様式モドキはこの周辺にも一つ二つあるだろう」


そう言ってカインが携帯の地図を開き、周辺の地図をすぐさま映し出して見せた。確かに近隣にもいくつか年代も似たような教誨が建っている。


「ホントだ…じゃあ」


なんで?と言葉にする前にカインは携帯を弄りながら祭壇の横に逸れた通路を歩き出した。慌てて後に続いていくと、どうやら告解室のようだ。カインは部屋の前に立つと、木製のそれをゆっくりと押し開ける。


「Danse Macabreダンス・マカブルだ…」


目の前に広がるのは一面のステンドグラスだ。美しく色鮮やかで人々の目を思わず奪ってしまうそれには、骸骨が描かれている。その骸骨がさまざまな人々の手を引いている場面。一番上が最高位の教皇から、下は最下層の人間まで、それぞれがケタケタわらう骸骨に手を取られ、時に抱きしめられている。骸骨のおどろおどろしさとステンドグラスの美しさが相反して、それでも尚引きつけてやまないのは気のせいではないだろう。カインがその窓辺に静かに近づいていった。


「旧世紀の…本物ではないな…新世紀に入ってから作られたようだ。古い事は古いが、そんな極端な古さじゃないな。おそらくヤツはこれを意識したか…」


そっと、彼が触れる。キィン…と耳鳴りのような小さな音がし、バチンと弾ける音が続いた。それにびっくりしたのかカインはハハッ、とこともなげに軽く笑う。


「すごいぞルナ。此処の教誨は新しいにしても結界…対異人種のシールドが張られている」

「でもカイン入ったじゃない」

「そうか? 何か引っかかったとは思ったが」


ハハハッ、と楽しそうに笑って窓を小突くカインを見て、思わずため息を零してしまった。

-結界には気づいていた、訳ね。

自分もステンドグラスの壁に近づいてみる。


「気がついたか」

「え?」


カインの唇が音を出さずに動く。

-血が、ついている。

見上げる。目をこらしてみても、肉眼で確認は出来ない。眉をひそめて再びカインを見返した。


under(アンダー)、下だ」


冷静に返されて今度は下を見る。あった。まぁこれはこれは。


『色に目をこらしてご覧。

その意味が分かったら、ささげものは次で終わっても良いね』


「色…色…何なの?」


読み終わってから苦虫をつぶしたような顔でルナが呟くと、カインが苦笑いしながら彼女をを見やった。


「若造が言いたい事は、多分」


カインがステンドグラスから離れ、地面に膝をついて血を調べ始める。字を削らずに周囲に散った血痕を爪で削り取って舐めて、顔をしかめた。「完全にパッサパサだ」


「中世の色の考え方、と俺は見ている」

「色の、考え方」

「そう。十五世紀に発刊された「色彩の紋章」という書物がある。先ほど、色が語られるようになったのは十二世紀からと言ったが、はっきりと文章化されたものが出たのはこの書物だといわれている。これが中世の色に関する本としては1番はっきりと残っているものなのだ」

「…うん」

「その中では、まず色という枠があるとする」


カインが両手で幅を取り、強調するようにその手を振る。


「ここの両端に、まず『白』と『黒』がある。そして、その中間に『赤』がある。赤と白の間に『黄緑色』『黄色』、赤と黒の間に『パープル』『緑』がある。この他の色はまたココから派生する、とされている。その中間を決めるのは熱さと冷たさ、湿り気と乾きだ。湿り気を帯びれば黒に近づき、冷たくなるほどに白となる、という考え方だ。この法則…白と黒、そして中間の赤を知る、と言うのは、俗に「バーリンとケイの法則」とも言われるようになったのは極最近…だな。それを中世の人間が扱っていたというのも」

「御託はいいわ。それでこの若造さんの大好きな「赤」の意味は何?」


薄ら笑いを浮かべるカインに眉を寄せ、荒っぽく問い詰める。カインはクスリ、と笑いを1つ零すと、ゆっくりと立ち上がった。


「そう急がずとも…まあいい。その時代…中世赤はもっとも高貴で美しい色とされていた。美しい色。気高い色。よく紋章に使われたりしたのは、騎士達の名誉の血を流す意味も含めていたから。色の美しさは受け継がれ、高位の権力者達がこれを身にまとうようになった。彼らは国王の葬儀でもそれを脱ぐ事はなかった…何故か分かるか?」


にこりとした顔のまま問いかけるカインにただ黙って首を振る。それを見ても何の表情も変えず、彼は話を続けた。


「国王が亡き者になったとしても、国は永久に栄えるように…という願いを込めていたから、だ。護符なのだ、様は。赤は権威の象徴であると共に、お守りの意味も持っていた。また、赤は止血・魔よけにもきくとされていた。例えば宝石の効能ってあるだろう。ルビーは出血をとめ、戦勝に導き、権力の座に着かせる、とか。同じ色で同じものを打ち消そうといういわば「同色療法」ともいう。何にしても、赤は名誉のために流さねばならぬものであると同時に、止めなければならなかったもの、ということ」

「……だから、血を流して殺人を見せびらかせたの? ますますわからない」


しかめっ面の自分をなだめるようにカインが微笑みかけた。


「赤の意味合いは少なくとも…そのままではないかと思う。最も高貴で、美しい。同時に名誉にも犠牲にも成り得る、血の色。問題は」


区切って、上を見上げる。つられるようにして同じ姿勢を取ってはみたものの、そのさきにあるのはステンドグラスの鮮やかさと骸骨=「死」。その死に連れ去られるのを恐れる人々の顔だった。じっくりとステンドグラスを見ていると、ふとある事に気がついた。


「このダンス・マカブルで、唯一女性は2人なのね」

「ああ。色々な芸術家が描いたものを今まで見てきたが、女性はあまり描かれない。差別的だった時代を受け継いでいるんだろう。修道女とか、后とか。何かしらの位に就いたものだっ…」


途中で言葉が途切れてしまったカインにどうかした? と問いかけてみる。カインはまだそれを瞳を大きく見開いたまま見つめている。そこに驚愕が含まれているのを悟って、ルナは首をかしげた。


「カイン?」

「女性の服は…服の色は」

「…緑、ね。カイン?」

「…ここの被害者の瞳もエメラルドだ。…ルナ」


先程より真剣味を帯びた瞳に、流石のルナも何かあると気づく。視線を下ろしたカインとそのまま見つめ合う形になる。


「緑が、どういう意味を持つの?」


自分が唾を飲み込む音が響き、そしてカインが口を開く。


「緑は…春に蘇る自然の美しさを表す、色だ。しかし、自然もやがて枯れる。緑は二面性を持つのだ。緑は美しさと同時に…混乱と破壊を表す悪魔の色にもなる」



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