プロローグ
赤。
生まれたときから、その魅力に取り付かれていた。
赤。
自分の体を傷つけて流れた、その赤から目が離せなくなった。
赤。
どんな種の赤を探そうとも、結局その赤に勝るものはなかった。
赤。
血の赤。
命の赤。
万物を支配する赤。
赤。
赤。
捜し求めても、まだ足りない。
満たされない。
赤。
赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤。
私を満たす赤を、神は目の前に降らせたまうだろうか。
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風がさあさあと建物や木々を凪いで、肌に心地いい夜だった。少し冷たいそれは、室内とアルコールによって火照った肌をじんわりと冷ましてくれる。それにしてもすっかり遅くなってしまった。
先程まで彼女は街でたまたま久しぶりの友人と会い、夕食を共に食べながらしばらく懐かしい話題に花を咲かせていた。それでいつもあまり飲まない酒も今日は楽しく進んで、結局すっかり話し込んでしまった。
でもまあいいか。久しぶりに沢山人と話が出来たし、飲んで食べて、今日はなんだか楽しかった。
その余韻に浸りながら帰り道の途中にある小さな公園に差し掛かる。
ちょっと木があってベンチがあるおしゃれな公園も、夜になるとまた違った雰囲気になる。視線を向けると公園の真ん中にある噴水が夜の電灯にあたって水が反射してキラキラしていた。
―キレイ。
しばらくそれに見惚れてから、帰ろう、と歩き出した。
背後にある気配にも気がつかずに。
ドガッ!!
後頭部に鋭い衝撃が走りぬけて、彼女はそのまま意識を失った。
◇ ◇ ◇
人の気配を残さない廊下を彼は1人歩いていた。中年の、昔は端正であったろうその顔に相応しいしわが最近は少しずつ増えつつある。白髪もそうだ。ストレスのせいもあるだろう。この仕事は格差が大きい。下はその分胃腸炎に巡り会う危険性をはらんでいる。夜に負けたよりなげな蛍光灯がそれでもチカチカして目が痛い。
堪えて、廊下と同じように続く窓にそっと視線を移す。眠りの夜の中、窓の外の夜景が純粋にキラキラと無垢な輝きを放っている。夜の闇は押し負けている様な気さえしてくる。
何も知らないとは良いことだ。彼は静かにため息をついた。
その原因はつい先ほど下ったある宣告だった。その結果に彼はすっかり打ちのめされていた。
『この事件…まだ糸口は見えてこないと?』
『いい加減マスコミがうるさい…いいネタだよ』
『手っ取り早く能力者を使え』
『いや……』
彼はきっと、喜ぶだろう。そうに違いない。なにせ久々の外の世界だろうから。
最近はめぼしい外の情報もなく酷く退屈しているとこの間の面会で言っていた。
もう一方はどうだろうか。
最近増えつつある新人類、ニューカテゴリ。能力者もその1つだ。この刑事組織の中でも稀な、希少種のその子は自身もまだ会ったことがない。しかし怒るのは確実だ。自分だったらこの老体に鞭打ってでも全力で逃げ出す。
パラパラパラ…
立ち止まって脇に抱えていた資料をめくり、1点のそれを取り出した。
人事部から拝借してきた履歴書だ。四角で囲われた中には整然とタイプされた字が並び、その横にその写真が貼ってあった。ゆるいウェーブの入った肩までの茶髪に、眉あたりで切りそろえられた前髪。真っ直ぐにこちらを見つめてくる闇の様な黒の瞳。パーツは均等に顔に配置されている。彼なら気に入りそうだ。向こうは気に入るかはわからないが。
―何にしても、厄介な事になりそうだ。
知らず零れ出たため息を残して、彼は再び廊下を歩き出した。
―レンゾクサツジンジケン。
ヒガイシャハ9ニン、ミナワカイジョセイ。
イズレモカラダニ、2ツノアナノカミアトヲハッケンスー
豆腐メンタルチキンハートなのでお手柔らかにお願いします…