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『タオル』『文庫本』『虹』

作者: 桧月彩花

   『タオル』『文庫本』『虹』


 私には、好きな文庫本がある。

 もう七年になるか。看護学生時代に、その本の言葉巧みな七色に魅せられ、心に根付き、今でも患者さんに対する看護の心得の一部になっている。

 私の癖として、人と話す時には、半ば必然的に話題に織り込む事柄なので、同級の多く、女性看護師らはしかめっ面を浮かべる者も少なくない。

「変わんないね」「九官鳥さんですか」「昨日も聞きましたよ」「耳タコっすよ」「飽きた呆れた居眠りしてた」「本の虫野郎!」

 と、色々持て囃されてはいるが、特に治そうとも思わない。

 患者さんの中には、老若男女、軽症で安定している者、重症で安静を余儀無くされている者、手術前で不安定な者等々あるということは、想像に難くないだろうと思う。

 入院が長引き、見舞いのいない患者さんから、友達がたくさん寄る患者さんへ、苛々と嫌味を当て付けることも珍しくない。

 それらの、蟠った、昂ぶった心のケアも看護のうちである。

 よく学生さんから、笑顔を絶やさない看護師を目指す、なんて下りを聞くが、実際はそう上手くなんていきはしない。

 重要ではあるのだが、自身が頭痛や悪心等に苛まれている時も笑っていられるのか、という話になる。

 それに、患者さんが落ち込んでいる時にも笑っている訳にはいかない。文庫本より倣った受け売りで難だが、状況やニーズに合わせた喜怒哀楽の表現が大切だと、私は心に留めて接している。

 私はまだまだ若僧ではあるが、それなりの患者さんを担当し、それなりの退院者を見送ってきたつもりだ。研修の頃は、患者さんに気に入られず、担当を外されたこともあった。相手もやはり人間である。

 当然、力及ばず、『別れ』の見送りもあった。

 嫌というほど〝真っ白〟なタオルを手に、役目が終わり、横たわったずぅんと重い身体を清拭していく。魂が抜けて軽くなる、などということはなく。

 ぼろぼろ泣き崩れるご家族に、患者さんを届け渡す度、私は思う。

 涙の数は、その人の人生の善し悪しに、比例するのだな、と。

 見送った後、日なたに出、青空を見上げれば、虹が掛かっている。涙達の道しるべ。

 雨の日は、天が泣いて道を作り、川に乗って行くのだろうかね。

 さて、私は愛用の文庫本を閉じる。

 短めの休憩を終え、院内の洗濯済みのシーツを干しに、カゴを抱え屋上まで上がれば、虹の橋が目に映る。今日もまた、誰かが天へと昇った。


                                   了

 最後までのご精読ありがとうございました。

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