世界はうそつきです
初めまして。
これが初めての小説となります。
気長に楽しんで読んでくれたら幸いです。
子供のよく夢を見ていた。
雲の上に乗って清々しい青空を眺める夢を
だけれどもいつからだろうか
そんな夢を見なくなったのは。
雲は触ることのできない存在だと知ったのは。
*
昔の人は言った。
空は青い
雲は白い
太陽は赤い
なぜわかった?
太陽が赤いって。
誰も眩しくて見つめられない太陽を
そんなことを神田 政治は青い青空を見ながら思った。
「え~ここは重要だからなぁ」
教師が濃い緑色の黒板を叩きながら言った。
まだ暑さの残る九月。
蝉が最後の踏ん張りを見せるこの時期に俺はのんびりと授業を受けている。
ここはとある埼玉の田舎に位置する所沼市。
そしてどこにでもあるような高校。所沼第二高等学校。
そんな普通の高校で俺は二学年の学生をやっていた。
「ここ!次のテスト出るからなぁ~」
また黒板が叩かれ
その度に風に乗って一番後ろの俺の机へ白い粉が飛ぶ。
こんな授業、意味のないことを
そう俺は思った。
学校なんて本当に必要なことは何も教えてはくれない。
突然だが、幽霊を信じますか?と問われたら10人中5人はyesと答えて残りはnoだ。
一個人として俺は
幽霊はいない。
ましては妖怪や魔物も存在しない。
そう思っている。
いや、正確にはそう思いたい。である。
困ったことに俺にはその手の者が見える‘力‘がある。
困ったことに俺にはその手の者が見える‘力‘がある。
重要なので二度言ってみた。
簡単に言うとみんなに見えないものが見えてしまう。
それが十七の青春真っ盛り、今のコンプレックスである。
それが初めて見えたのは俺が子供のころだ。
最初は何か明るいのもが視界に靄付く程度だったがいつのころからか、かなり鮮明に見えるようになっていた。
それを人魂だと知ったのは少し後になってからだ。
そんな人魂が・・・
4ッつ。
この無彩クラスに色を付けている。
前のドア付近と教卓の横、二つ右隣りの机の上。
そして俺の真後ろに。
濁った灰色の中に微かな赤の雑じる人魂が。
色はそれによって異なるがお化け屋敷などでよく出るああいう緑のは見たことがない。
そもそも人魂とは人の魂と書くが魂ではない。
感情の塊。人の思いだ。
喜び、悲しみ、嬉しさ、悲しさ、悔しさ、怒りなど・・・・
そんな感情が一時的に高まってしまい
人の魂を超える感情は霊体を離れて外に出てしまう。
それが具現化したものが人魂だといわれるものだそうだ。
突然現れては突然消える。
人には見えないのもは困ったことにこの人魂だけじゃない。
幽霊、妖怪。
こいつもまた見えてしまうから困り者だ。
見えるといっても人魂のようにはっきりとは見えない。
ただそこに何かがいるぐらいのことはわかる。
しかもこいつは人魂とは違って動く。
そして俺のように見える者や力が強い奴に群がるらしいのだ。
関わってはいけない存在。
俺のせいで他の見えないやつにも危害が加わりかねない。
「ここを・・・神田。解いてみろ」
不意に教師が教科書を片手に俺を指名する。
暑いな・・・
「おい?神田政治どうした」
「すいません。体調が悪いので早退します」
早く帰って涼みたい。
そんなことを思い
俺は机の横に掛る白のバックを掴み一人、席を立つ。
「おい!神田」
教師が俺を呼ぶのも無視してドアへと急ぐ。
そんな俺をクラスのみんなは気にも留めずに今まで通りに自分のことをする。
この学校では日常茶飯事だ。
このまま高2の夏を二回迎えるのも悪くはないと思っている。
校舎一階、昇降口。
校舎から出ると眩しいほどの昼過ぎ太陽が俺の真上から差す。
今年の太陽は粘るな・・・
グランドでは土ぼこりを立てながら忙しくサッカーボールが飛び交う。
俺もああして思いっきり外で遊んでみたいものだ。
見えるのと関係があるかどうかはわからないが俺の身体能力と自然治癒能力は市の平均体力基準をはるかに超えている。
誰かと本気で喧嘩になれば相手を殴り殺してしまうほどに
もしサッカーをやったら誰かの足を折りかねない。
はぁと小さなため息をつき家路へと急ぐ。
なんでこんな力があるのかどうかはわからない。
が、知識なら少しながらある。
この力は霊力に関係している。
霊力とは人の生命エネルギーってやつで魂だ。
霊力が強くなるとそれを求めて幽霊や妖怪といわれるものが集まってくる。
それは食事みたいなものでこの世にいてはいけないものは霊力に群がりそれを食べて存在自体を維持する。
それをしないとこの世ではない何処かへ連れて行かれてしまうから
そう教わった。
これらの知識は俺の師から教わったものだ。
師匠は理の外れたものに感情を委ねるなと言っていたが・・・
もしそいつらに感情に似たものがあったのなら怖いと思うのだろうか。
人間が肉体を失い先の見えない世界に恐れるように
そいつらだって怖いのかもしれない。
ふと、そんなことを考えてしまった。
そんなことを考えながら歩いているといつの間にか大きな古びた寺に着いていた。
ここがさっきの師匠の住む寺だ。
小高い峠の上に位置し、辺りを古木や林が囲み昼間だっていうのに暗い。
それでも石段の隙間からは腰に届くほどの雑草が生い茂る。
寺もまた大きく左に傾き屋根瓦は下
あいつ・・・
ここにまで来てるのか。
「浅比のヤツなんか言ってましたか?」の地面と変わらないほどに草木が伸びる。
まさに古寺だ。
俺は人っ子一人寄り付かなそうな古寺の戸に手をかけた。
がらがらと戸は音を立てて開く
「師匠―。こんにちはー」
声は薄暗い室内に響くが返事はない。
靴を脱ぎ勝手に上がる。
板張りの廊下はみしみしと音を立て少しでも体重をかければ抜けそうだ。
客間の襖に手をかけ
「師匠~留守ですか?」
「政治か・・・わしゃここじゃよ」
客間にいたのか小柄の老人が杖を突きながら出てくる。
年は60過ぎで立派な顎鬚を白く染めている。
「ここにいたんですか。返事ぐらいしてください!」
この人が俺の師匠だ。
名前も知らないここの神主である。
「少しうとうとしていたのじゃよ・・・・」
師匠は少しあくびをしてからのんびりと洗面台へと向かった。
俺はいつものように客間の三つしかない座布団の一つに座る。
すぐ後ろにある吹き抜けの縁側からの風が気持ちい。
「お。そうじゃ。ちょっと前に浅比のやつが来ていたぞ」
そんな声がここまで届く。
浅比は俺の中学時代の悪友ってやつだ。
「茶飲んで帰ってたぞ」
昔はこの力のせいでガラの悪い連中に絡まれたものだ。
「調子こいてんじゃねぇよコノヤロー!」って先輩が襲って来たり・・・
まぁ皮肉なことにこの力のおかげで今まで喧嘩に負けたことがない。
基本は逃走だがな。
そんな俺は周りから浮きっぱなし。
友達ってやつはいとこぐらいの寂しい奴だった。
そんな俺に絡んできた不思議な奴。
それが当時、14歳の浅比だった。
今は高校も違って喧嘩中だ。
もちろん俺から折れるつもりはない。
ってこんなことじゃなくて
「師匠。去年より幽霊なんかのぼやけが取れてきたんですけど・・・。」
ここ数日は特にだ。
それになにか・・・なにか肌に伝わる寒気の様なものがある。
師匠がゆっくりと襖を開けて客間の座布団へ座る。
二人の間には壊れかけのちゃぶ台が一台。
「・・・はぁ。もうそんなに経ったのか・・」
「師匠?」
「お前の力は強まり始めている。このままいくと本当に喰われるぞ」
師匠は静かにそういってお茶をすする。
喰われ・・・
「喰われる!?」
冗談じゃない!
「そうじゃ。おぬしはまだ霊視が完全にはできん。つまりおぬしはその程度の力。だがもしこのまま霊体を見ることができたならば・・・」
「できたならば?」
「やつらは貴様を喰いやすい獲物として見るだろう」
さて困った。
また俺の青春苦悩集に一ページが加わりそうだ。
「なんか・・・こう!やっつける術とかないんですか?魔法とか?」
師匠は笑って
「西洋魔術か。おぬしにはいいかもな。だがここは言霊辺りを教えなきゃならんようだな・・・」
そう師匠はどこか寂しそうに言った。
「言霊・・・ですか?」
なんかすこしかっこいいと思った。
今までは精神修行ってやつしかやらされていなかった。
あの心を無にして何事にも動じなくするってやつだ。
「精神修行はもうクリアですか!」
「まさか。おぬしは両方やってもらうぞ!」
師匠は杖を使って立ち上がる。
「言霊とはもともと言霊学からなるもので声に出した言葉に霊力を加え現実の事象に対して何らかの影響を与える術じゃ。」
そういうと師匠は目を瞑った。
すると、風が変わった。
いや、風ではなく何か師匠の周りのものがかわったのか。
ゆっくりと目を開けた。
「今のが言霊じゃよ」
今のって・・・
なに?
「いや、いや。わかりませんよ?何が起こったんですか?そういうのって何か喋ったりするのでは?」
「見えなかったのか?・・・ならよいか。それにさっきも心の中で言葉をつぶやいておった。素人には声に出さなければ具現化しないがのう」
「俺にはできそうにもありませんね・・・」
このままだとどうなってしまうのだろうか?
力もなく。他人に迷惑をかけ、自分の身すらろくに守れない。
「お前ならできるぞ。政治よ・・・。」
そういった師匠は俺の頭に大きな手を置きぐちゃぐちゃに撫でる。
でも・・・
師匠は俺の胸に手を置いた。
「師匠?」
熱い。
師匠の手はゆっくりと右に回し始め
最後に一回、強く押された。
「少しぐらいはな・・・。今後、必要になろうて」
師匠はまた寂しそうに俺の顔を見ずに言った。
「師匠?何をしたのですか?」
ふと気になって聞いてみたが返事はなく。
その代わりにゆっくりと師匠は人差し指を自分の口元に添えた。
「・・・静かに。客じゃのう」
そういった師匠の顔はどこか険しくなっていた。
今までこの古寺で師匠の連れは見たがない。
ここに来るのは俺か俺の数少ない友達しかいないはず・・・
この時は少しさえていたのかもしれない。
もう一つの可能性が頭に浮かんだ。
俺と師匠の様な・・・力のある存在。
しかし、玄関はともかく俺には人の気配など感じることもなく、
いつもと同じあたりの木々がざわめく音しか聞こえなかった。
「師匠?」
俺の声は師匠に届いている様子はなかった。
突然、師匠が動く。
だが、客間を出てすぐの縁側で止まった。
縁側からは鬱蒼と生い茂る林と今ではただの沼となった池が見える。
そんな縁側で師匠は静かに立つ。
「政治よ・・・下がっておれ」
そう静かに師匠は俺に言った。
何か・・・
何かが居る。
この縁側の向こうに。
俺の肌に伝わる寒気がそう教えたような気がした。
「お久しぶりです。時先生」
風の音に混じり不意に男の声が聞こえた。
きっとその時、俺はぇ?と小さな言葉が口からこぼれただろう。
気が付く間のなくその声の主は師匠の数メートル先に立っていた。
その男の身なりはとてもこの90年代の現代には奇抜としか言いようのない物だった。
腰には二口の刀を差し、黒と灰色の袴姿。
時代をざっと100年ほど間違えてもそうはならないだろう。
「お久しぶりです。時先生。白奈と申します」
そういって男は長い髪を垂らしながら頭を下げた。
頭は結わないのか?
心の中でこっそりとツッコむ。
「白奈・・・そのような者は存じないが。会の者か?」
どうやら師匠の友人ではかったようだ。
でも。
こいつからちくちくと皮膚を突かれるこの感覚はなんだろう?
一歩でも動くと、あの腰に差す刀が俺に向けられるような、そんな感覚に襲われる。
男はしゃべらない。
しかし、今まで師匠に向けられた目線がこちらへと移った。
「主様より、例の件はすべて我ら屋刺目の一族が引き受けると・・・貴様の任は解かれたのだぞ隠居爺」
隠居爺・・・師匠の事なのか?
例の件?何のことだ?
あの男は何者なんだ?
頭の中がごちゃごちゃだ。
「任・・・?何のことだ若造。わしは貴様らの言いなりにはならんと伝えろ。・・・行くぞ政治」
師匠は男を無視し俺の背中を押す。
それでもまだ俺はあの男から目が離せない。
いや、離してはいけない気がしたんだ。
「どうした?政治よ」
師匠の顔で一瞬、あの男が視界から離れた。
笑った
次の瞬間。
男の右手が微かに刀の柄にそっと置かれた。
「やはり・・・・」
それに気付いたのか師匠も懐に手を忍ばす。
この男は敵だ。
馬鹿な俺でもそれぐらいのことはわかるのだ。
二人の間に夏の終わりの風が行く。
辺りではまだ日暮れ前だというのに蝉たちは妙に静まり返る。
師匠と男の距離は10m弱。
男の足元の草が微かに揺れ
男が動いた。
鞘から白光する刃が素早く現れ刃先は師匠を向き
重心を前へと掛けそのまま倒れるようにこちらに走る。
師匠も庭へと飛び、懐から何かを出して男の方へと素早く走る。
二人はお互いに止まることなく庭の真ん中で交差する。
男はそのままの速度で身をひるがえして刀を持ち替え素早く振るった。
刀は風を切り裂き草木を断つ
一瞬、青白く光った刃は師匠の背中を狙うが微かに軌道は外れ、師匠の頬の数センチ横を行く
師匠はその隙に男の右足を杖で軽くついて距離を取る。
俺には何もわからない。
だが、お互いのは本気で殺そうとしているのか・・・?
師匠もあの男も・・・
なんでだ?
「おぬし・・・どこの出の者かしらんが腕は確かなようじゃな」
あれ?おかしい。
師匠の頬に一筋の赤い線。
顔に傷を負っていた。
さっき俺の見える範囲であの刀は師匠を避けていたはずなのに
「隠居爺のくせに。さっきのはお前の首を落としに行ったが・・・その動き、流石は無神流か」
「なめるな小童。今すぐ立ち去れ、さすれば命までは取らんぞ」
師匠は杖の先を男に向ける。
そんな師匠の顔は無表情でまるで何も見ていないかのようなものだった。
やっぱり師匠はこの男を殺す気だ。
「何言ってやがる。殺されるのは爺・・・貴様だ!」
男は刀を構え奇声を発しながら素早く走る。
再び二人は互いに刃を交えた。
今回は師匠も何かで応戦したようだ。
早すぎて刃物は見えないが金属と金属のこすれある音が寺内に響く
その重量感のある金属音は何回か響いて突然として消えた。
男の動きが突然、止まる。
それは時が止まったのかと思うほど不自然に男は止まった。
「な、何をした・・・貴様」
男は刀を振り落した状態のまま動かなくなっている。
「悪いがここでお前を殺すぞ」
師匠は片手に持つ小刀を動かない男の右足へ深々と突き刺した。
男の顔はゆがむが決して声を洩らさない。
流れる血が今はただ沼となった池に流れて薄く紅色へと変化する。
「師匠!」
気が付くと自分の口から震える声がこぼれていた。
「政治よ・・・すまぬがこの男は生かせぬ」
師匠・・・
師匠・・・
どうかやめてください。
俺は膝彼崩れた。
自分がここまで臆病な奴だと知らなかった。
異界の者が見え、多少のことは何とも思わない。
例えそれがどんなに悪だとしても。
でも・・・
あれ?
師匠がこの男を殺すことは・・・
そう思った時には男の上半身はなくなっていた。
何か、何かわからないが黒くて大きなものが居る。
師匠の背丈よりも大きくそして何より大きな牙大きな口のある何かは男の上半身を喰らいやがった。
流れる血。
地面に転がった男の下半身からは赤黒い血が流れ出し辺りを地獄と染める。
男を喰らった黒い何かは大きな口を磨り合せながら男の肉を引き裂き骨を砕く。
これが妖怪というやつなのか。
こんなものが妖怪なのか・・・
鈍い音と共に何かの口から男の片腕と一振りの日本刀が血だらけの地面に落ちる。
それはもうこの世の者とは思えないほどに、黒く赤く、ただの肉塊となっていた。
俺はそんな風景をただ、ただ何もできずに見つめていた。
「黒亡下がれ」
そう師匠は静かに言うと黒い何かは口の動きを止め師匠の陰へと沈むように消えて行った。
男の残骸に刺さる小刀を抜き、血油を振り飛ばして懐の鞘へとしまう。
「火連業火の名ノ下に邪鬼を払いて灰と散れ」
言霊だ。
男の残骸は突然、赤く、黒味掛かった炎に包まれる。
男の骨が肉が血が
燃えてゆく。
俺はその時、初めて人の焼ける臭いを嗅いだ。
「師匠・・・?これは」
辺りは暗くなり、師匠の足元だけが微かな炎で照らされる。
「せめてもの償いじゃよ。今日は帰れ」
「師匠・・・」
そのまま俺の横を素通りし奥の部屋へと行ってしまった。
その時に感じた寒気は師匠のものだったのかもしれない。
庭ではもう灰となって消え掛ける男の骨が風で舞う。
次章は気長に待っていてください。