『転生したらスラムのヘドロスライムだった件 ~1年後に聖女がエリアごと浄化しにくるので、全力で街を大掃除します~』
「おい、聞いたか? 来年、ついにこの国に『聖女様』が召喚されるらしいぞ」
「おう、神託ってやつだろ? この薄汚ねえスラムも、聖女様の光の魔法で一発で綺麗に浄化されちまうんだってな! ありがてえ話だ!」
頭上から聞こえる汚いおっさんたちの会話に、俺は心の中で「おいふざけるな」と激しいツッコミを入れていた。
ツッコミを入れたかったのだが、今の俺には声帯がない。なぜなら、俺の身体は手足のない、ドロドロとした暗緑色の塊――【ヘドロスライム】だからだ。
(……待てよ。来年、聖女召喚、スラムの広範囲浄化……? それって、前世で俺が死ぬほどやり込んだRPG『ファンタジー・クロニクル』のオープニングイベントじゃねえか!?)
前世の記憶がパズルのピースのようにつながり、俺の細胞に戦慄が走った。
あのイベントを俺はよく知っている。
召喚された聖女は、その圧倒的な魔力をお披露目するため、王都の足手まといであるスラム街をエリアごと『広範囲聖属性魔法:ホーリー・クレンズ』で包み込むのだ。
結果、スラムのゴミ、悪臭、疫病、そしてそこに巣食うモンスターは――文字通り「塵一つ残さず消滅」する。
つまり。
このままここで普通にヘドロとして暮らしていたら、あと一年で俺は聖女にデリートされる。
(ヤバい、ヤバすぎる! 聖女から逃げるか!? いや、スライムの移動速度じゃ王都の外に出る前に干からびる! ならどうする!? スラムの奴らを全員病気にして聖女を近づけないように……って、それだと余計に聖女が張り切って浄化しにきちゃうじゃん!)
詰んだ。完全に詰んだ。
ドブ川の底でぶるぶると震えながら、俺は必死にヘドロの脳みそを回転させる。
聖女がスラムを浄化するのはなぜだ?
スラムが汚くて、臭くて、病気が蔓延していて、悪いモンスター(俺みたいなやつ)がいるからだ。
(……じゃあさ。聖女が来る前に、このスラムが王都のどこの高級住宅街よりもピカピカに綺麗になってたら、どうなるんだ?)
浄化する理由が、なくなる。
ついでに、俺が「ただのゴミ」じゃなくて「役に立つスライム」になれば、消滅させられる筋合いもなくなるはずだ。
ヘドロスライムの固有スキルを確認する。
【有機物分解】【悪臭・疫病無効】。
(よし……やってやろうじゃねえか。ヘドロスライムのクリーン大作戦、今スタートだ!!!)
その日の深夜。
誰もいなくなったスラムのゴミ捨て場に、一つの不気味なドロドロが這い出してきた――。
◇ ◇ ◇
「ブゥゥゥゥゥン……」
クリーン大作戦を開始して3日目の夜。
スラムの巨大なゴミ山の頂上で、俺の【魔力感知】が最大級の警報を鳴らした。
見上げると、そこには大型犬ほどもある、禍々しい紫色のオーラをまとった巨大なハエが浮遊していた。
(ひ、ひぇぇぇーー!! スラムの絶対強者、魔蝿王ベルゼバブじゃねえか!!)
ゲームの終盤ダンジョンにいてもおかしくない裏ボス級のモンスター。それがなぜか、このスラムのゴミ山をナワバリにしている。
今の俺なんて、羽ばたきの風圧一発で消し飛ばされる羽虫以下だ。
「おい、そこな泥塊。最近、我が愛すべきゴミ山を勝手に消し去っているのは貴様か?」
ベルゼバブの複眼が、冷酷に俺を捉える。
殺される――そう直感した瞬間、俺のヘドロ脳細胞がフル回転した。待て、ハエの王が求めているものは何だ? 汚物、腐敗、そして――。
(そうだ! 【有機物分解】の応用だ!!)
俺は必死に体内のスキルを回し、これまでに溜め込んだ生ゴミの成分をブレンド。発酵速度を極限まで加速させ、体表から「ある匂い」を放出した。
それは、人間にとっては気絶級の悪臭。だが――。
「……ッ!? な、なんだこの芳醇で、濃厚で、どこまでも甘美な『極上熟成パルファム』は……!?」
ベルゼバブの動きがピタリと止まった。その複眼が激しく明滅する。
俺はすかさず、体内で最高に美味しく発酵させた「特製・生ゴミコンポスト」をプルンと差し出した。
「我が王よ、お近づきの印に、俺の体内で3日間じっくり寝かせた『王族の晩餐風・熟成腐敗プリン』をどうぞ」
「な、なにいっ……モグ……。――うま、美味すぎる!! なんだこの奥深いコクは! 腐りかけの肉の旨味と、発酵した果実の酸味が完璧な黄金比率で……!!」
バリバリと音を立てて完食したハエの王は、感動のあまりボロリと涙(のような体液)を流した。
「気に入ったぞ、泥塊! 貴様を今日から我が『お抱えの宮廷料理人』に任命する! 友達になってやってもよい!」
「(プルンプルン!)」※ありがとうございます、ベルゼの旦那!
こうして、ヘドロスライムとハエの王という、最悪にして最強の「お掃除コンビ」が結成されたのだった。ベルゼの旦那の眷属(数百万匹のハエ)が夜な夜なゴミの分別を手伝ってくれるようになり、俺のお掃除スピードは爆速へと跳ね上がった。
◇ ◇ ◇
ある日の夕暮れ、スラムの路地にひときわ豪華な馬車が止まっていた。
中から出てきたのは、車椅子に乗った、顔色の悪い儚げな少女――この国の第二王女だった。政敵である第一王子に押し付けられ、こんな汚いスラムの視察(嫌がらせ)をさせられているらしい。
彼女の身体からは、ドス黒いモヤがゆらゆらと立ち上っていた。
(お? なんだあの美味そうな紫色の煙は)
通りすがりの俺は、その美味そうな匂いにつられて、少女の車椅子の下へプルンと忍び寄った。そして、彼女の足元から立ち上る煙を、ダイソ○の掃除機ばりの吸引力でズズズズズッと吸い取っていく。
(うおおお! コクがあって美味い! 高級な毒の味がする!)
【有機物分解】スキルがガリガリと煙を貪り食う。それはゲーム内でも治療不可とされた『黒死の呪詛』だったのだが、ヘドロスライムの俺にとってはただの高級デザートだった。
「……え? あら……? 体が、軽い……?」
少女の頬に、みるみるうちに健康的な赤みが差していく。彼女は車椅子から立ち上がり、自分の手を驚いたように見つめた。
外で待機していたハエの王ベルゼが、上空から戻ってきて俺に念話を送る。
『おい泥塊、面白いことがわかったぞ。あの王女にかかっていた呪いと、このスラムに不自然に埋め込まれていた疫病の魔法陣……すべて第一王子の仕業だ。聖女召喚にかこつけて、第二王女を暗殺し、スラムをわざと汚して聖女に浄化させることで、自分の人気取りに利用しようとしていたらしい』
(マジかよ。俺たちの家を政治の道具にしやがって……! だったら計画ごと全部ゴミとして食い尽くしてやる!)
俺が心の中で怒りに震えていると、足元で満足そうにゲップ(プルンッ)をしている俺に、王女が気づいた。
「あなたが……私の呪いを吸い取ってくださったのですか? こんな、薄汚れた私を……」
いや、ただのつまみ食い。
「……っ。ありがとうございます。私、あなたのことを一生忘れません……!」
潤んだ瞳で熱く見つめてくる王女。ヤバい、なんかめちゃくちゃ惚れられてる気がする。言葉が喋れない俺は、とりあえずブルンと一回震えて、大急ぎでドブ川へと逃げ帰ったのだった。
◇ ◇ ◇
そして1年後。
ついに、聖女が第一王子を伴ってスラムへ降臨する日がやってきた。
「ハァ、ハァ……! 消毒! 滅菌です! すべての汚れに神の鉄槌を(ホーリー・クレンズ)!!」
スラムの広場に、恐ろしい威圧感を放つ美少女――聖女が立っていた。
彼女が杖を掲げると、凄まじい光の濁流がスラムの路地を駆け抜ける。
(ひ、ひえぇぇーー! 始まった! デリートされるぅぅ!!)
俺はゴミ箱の裏で縮み上がった。だが、光が通り過ぎた後の景色を見て、俺は硬直した。
消滅していない。それどころか、こびりついていた頑固な油汚れが、高圧洗浄機を喰らったかのように、跡形もなくピカピカに吹き飛んでいた。
「くっ……! ここのエリアも、すでに私以外の『誰か』の手によって、完全にpHがコントロールされているわ……! 一体誰よ、私より先にこの悪臭の元を完璧に中和したお掃除の天才は……!」
聖女は悔しそうに地面を叩き、涙を流していた。
……あ、これ、ゲームのイベントじゃなくて、ただの重度のお掃除狂い(潔癖症)の巡回だわ。
その日の深夜。俺が排水溝の詰まりをズルズルと吸引していると、背後に殺気を感じた。
振り返ると、昼間の聖女が、眼をらんらんと輝かせて俺を見下ろしていた。
「見つけたわ……! その無駄のないフォルム、吸水性、あるいは有機物を一瞬で分解する吸引力……! あなたがスラムをここまでピカピカにした『お掃除の神様』ね!?」
「(プルン!?)」
「お願いです、私を弟子にしてください! そのドブ川を大理石のように輝かせるテクニックを、私に伝授してください、師匠ぉぉ!!」
神に仕える聖女が、ドブ川の中でヘドロスライムの俺に五体投地していた。
それからというもの、聖女は毎日夜な夜なスラムにやってきては、俺と一緒に街を磨き上げるようになった。
しかし、そこに黙っていない人物がいた。
「ちょっと聖女! 私の白馬の騎士に変なお掃除の英才教育を施さないでくださる!?」
「はぁ!? 第二王女様こそ、師匠の素晴らしい吸水性を『ひんやりしてて気持ちいい~』とか言って湯たんぽ代わりにしないでいただけます!? 師匠のボディは世界最高峰のモップですよ!?」
スラムのど真ん中で、国を代表する美少女2人が、俺を左右から引っ張り合う。
上空では、相棒のハエの王ベルゼが「おい泥塊、どっちが本妻だ?」とゲラゲラ笑っている。どんな修羅場だ。
その時、聖女が放つお掃除の聖魔力と、王女が毎日貢いでくれる高級な栄養剤、そしてスラムが綺麗になったことで、俺のヘドロな肉体に限界突破の化学反応が起きた。
シュワァァァ……と小気味いい音がして、俺の体からドブ色の泥が完全に抜け落ちる。
光り輝く、透明な【クリスタルスライム】へと進化したのだ。
『うおっ、なんか体がめちゃくちゃ軽くなったぞ。……って、あれ? 俺、声出せるようになってる!?』
「「しゃ、喋ったぁぁぁーー!?」」
2人の美少女が目を丸くする。ヘドロスライムだった俺が、ついに言語を手に入れた瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「おのれぇぇ! 私は第一王子だぞ! なぜこんな目にぃぃ!」
後日。スラムに疫病を流行らせようとした罪、そして王女に呪いをかけた罪の証拠をベルゼの眷属がばら撒いたことで、第一王子の権力は完全に失墜し、兵士たちに連行されていった。
だが、俺と相棒のベルゼの怒りは、それでは収まらない。
俺たちの愛する家を、政治の道具として汚そうとした罪は重い。
「おい泥塊、準備はいいか? 眷属どもはすでに王子の私邸の上空へ待機しているぞ」
「おうよベルゼの旦那。こいつを特等席へ届けてやってくれ」
俺は体内から、ドロリとした『漆黒の球体』を吐き出した。
これは、この1年間、俺がスラムの全住民から回収した下水、排泄物、ありとあらゆる汚物を体内で【超・濃縮圧縮】し、熟成に熟成を重ねた、究極の兵器――『スラムの恵み爆弾』である。
「ブゥゥゥゥゥン!!」
数百万匹の魔蝿たちが、その球体を抱えて王子の豪華な私邸へと飛び立つ。
直後。王子の屋根がベルゼの風圧で消し飛び、そこへ漆黒の球体が投下、炸裂した。
「ぶほおぉぉぉぉぉっ!?!? に、臭い! 臭すぎる!! 目が、目が潰れるぅぅぅ!!」
それは、スラムが100年かかっても到達できないレベルの、限界突破した濃縮悪臭汚泥。
私邸ごと汚物まみれになり、泡を吹いて気絶した王子の姿は、後に『排泄物の王子』として歴史に深く刻まれることになるのだが――それはまた、別のお話である。
◇ ◇ ◇
第一王子の陰謀は完全に粉砕され、スラムは王都一クリーンな観光地(普通のスラムというか、もはや高級住宅街)となった。
俺はスラムの王(兼お掃除大臣)として、喋れるスライムライフを満喫していた。
「師匠……スラムのお掃除も落ち着きましたし、そろそろ、私と次のステップの『お掃除(共同生活)』を……ポッ」
「何を言っているの聖女! 私を呪いから救ってくれた彼は、我が王家の婿になるのです!」
俺の前に、再び赤面した2人が迫る。
前世は冴えないゲームオタクだった俺に、まさかの異世界ハーレムルート到来か!?
『いや、あの、気持ちは嬉しいんだけどさ……俺、一応その……』
俺は自分の身体をプルンプルンと揺らしてみせる。
すると、2人はハッと我に返ったように動きを止め、俺の頭(?)からお尻(?)までをじーーーっと見つめ……。
「「って、よく考えたらただのスライム(粘体モンスター)じゃん!!」」
「手もないし!」
「顔もパーツがないし!」
『ひどい!! 言い出したのそっちだろ!!』
「でも……このプルプル、抱き枕にすると最高に気持ちいいのよね……」
「そうですね。それに、夏場はひんやりして最高です。よし、今日から交互にベッドに連れていきましょう」
『おい、俺の人権(モンスター権)は!? ベルゼの旦那、助けてー!』
「ブゥゥン(末永く爆発しろ)」
ヘドロからは卒業したけれど、結局スライムのまま美少女たちに揉みくちゃにされる俺の明日はどっちだ!?
――ヘドロスラムのクリーン大作戦、これにて一応、任務完了!




