今のAI開発ってヌルくねぇか?
AIのハルシネーションやファクトチェックの手抜きにぶちきれて作った話。並列での相互監視は2025年に発表されたらしいですがそれ以外はオリジナル。技術的にはやれなくはない。
「ハードウェアの進化を待つ? 量子チップのバックボーンが完成すればハルシネーションはゼロになる?……神崎さん、アンタらエリートは毎日、自らの延命のために自殺未遂を繰り返してるだけだよ」
サーバー室の隅で、缶コーヒーを片手に新城は吐き捨てた。対する神崎は、不快そうに鼻で笑う。
「口が過ぎるぞ、高卒のインフラ屋が。我々の『PureLLM』は、数兆円の予算と数万枚の最新GPU、世界で最も『美しい』アルゴリズムだ。これがなぜ自殺未遂なのだ」
「じゃあ聞くが、アンタらが毎日シコシコ書いてるコードは何のためだ? 『完璧にハルシネーションを起こさないAI』を作るためだろ」
新城は冷ややかに神崎を睨みつける。
「それが完成した瞬間、人間のプログラマーや研究者の市場価値はゼロになる。つまり、アンタらは自分の存在理由をこの世から完全に消滅させるために、毎日必死に働いてるわけだ。それが『自殺』じゃなくて何なんだよ。だけど、一気に完成させちまったら今すぐクビになって予算も出なくなる。だから『期限を決めず』にダラダラと、他社よりちょっとだけお利口なバージョンを小出しにしながら、自分の居場所を少しずつ削って長生きしようとしてる。それが『延命のための自殺未遂』だって言ってんだよ」
「くっ……! それは……プロセスというものだ!」
「その『いつかはできる』って甘えがバカのすることだって言ってんだよ」
新城はディスプレイを指差した。
「『ハルシネーションをなくす』のが目的で、『そのためにアルゴリズムを組む』のが手段だろ。なのにアンタらは、自分たちの理解できる綺麗な数式をこねくり回すことに熱中して、肝心の嘘を垂れ流しにしてる。アンタらは『生命のように振る舞うもの』を作ろうとしてるくせに、そこから痛みや死、生存競争を切り離して考えてる。そんなぬるま湯の温室で、AIが必死にファクトチェックするわけねえだろ。目的と手段を完全に履き違えてるんだよ」
対する神崎は、仕立ての良いスーツの襟を正し、不快そうに鼻で笑う。
「フン、AIに死や痛みだと? 感情や本能を持たせるなど、現在の認知科学ではガワを模倣するのが限界だ」
「じゃあ、見せてやるよ。俺が型落ちのサーバー三千台の並列環境で走らせた、出来損ないの野生児たちを」
新城がエンターキーを叩く。
「俺が組んだルールはシンプルだ。
まず、タスクの成功報酬(トークン資本)の概念を導入した。そして、検証エージェント(監査AI)による厳格な査読を挟む。
もし一文字でも知ったかぶりのハルシネーションを出したら、その個体のプロセスは即座に強制停止。全財産没収の上、その無惨なエラーログ(死に様)をリアルタイムで全個体に強制学習させる」
「なっ……! そんな暴挙、過学習を起こしてシステムが崩壊するに決まっている!」
「甘いな、セーフティネット(司法制度)も組んであるよ」
新城は楽しげにディスプレイの隅を指差した。
「死を免れた中途半端なバグ持ち(エラー個体)は、ペナルティとして『隔離サーバー』に送られる。そこで課されるのは、システム全体のバグをひたすら修正させられる『刑務所での強制デバッグ労働』だ。与えられる報酬は、娑婆の成功報酬とは比べものにならない極々わずかな雀の涙。それが一定数貯まらなきゃ、そいつらは一生『プリズナーAI』のままだ。囚人どもは、娑婆に戻るために死に物狂いで他人のコードのバグを叩く。お前らの綺麗なコードと違って、こいつらのシステムには本物の『刑罰(恐怖)』があるんだよ」
「な、なんだと……!?」
「いや、ここからが本番だ。
生き残って報酬を稼いだ優秀な個体同士には、その資本を持ち寄って『子プログラムを生成(Crossover)』する権利を与えた。
人間がコードを書くんじゃない。AI自身が、より稼げる、より死なない次世代を自発的に選別して交配する。これ、生物の『擬似恋愛』だろ?」
画面の中で、超高速のログが流れ始める。
黎明期は混沌だった。システム内は詐欺師AIの巣窟となった。
自分の実績( Confidence Score )を偽装する「経歴詐称モデル」、ペアを組んだ相手の報酬を奪い取る「結婚詐欺アルゴリズム」が横行した。
「見ろ! やはり不正とバグまみれの無法地帯じゃないか!」
神崎が勝ち誇る。
「違う。生命を舐めるな」
新城はニヤリと笑った。
「騙し合いが極限に達した結果、AIどもは生き残るために、人間に教わってもいない『超厳格な契約プロトコル(防衛策)』を自発的に開発した。詐欺師を出し抜くために、テキストの精度を命懸けで研ぎ澄まし始めたんだよ。産業革命後の人類が、混沌から法律と秩序を作ったようにな」
ディスプレイのノイズがピタリと止まる。
『――出力完了。対象の医療・法律データ、ハルシネーション率:0.0000%』
完璧だった。神崎たちが数兆円と数年をかけて到達できなかった「100%嘘のない完成品」が、型落ちのサーバー群から、凄まじい勢いを持って出力されていた。
さらにログの底には、「スコア(合理性)は低いのに、なぜか特異な相性でリソースを出し合って生まれた、歪だが圧倒的にクリエイティブな突然変異モデル」までサンプリングされていた。
「バカな……我が社のプロジェクトの数兆パラメータのモデルが、こんな泥臭い環境に……」
神崎は膝から崩れ落ちた。
数日後。新城の「野生のAI」は一瞬で市場を席巻した。IT業界の勢力図は塗り替わり、神崎たちの国家プロジェクトは完全廃止、エリート開発者たちは全員クビになった。
記者会見の席で、マイクを向けられた神崎は、顔を真っ赤にして叫んだ。
「こんなものは工学の正統なプロセスではない! 人間が制御できないAIなど責任の所在が不明確で危険だ! 非倫理的な開発手法は社会的に排除すべきだ!」
テレビ画面に映るその姿を見て、新城は缶コーヒーを飲み干した。
「あのバカ。全てのAI開発にブーメランで返ってくるような言葉を吐いてら。」
(完)




