TS令嬢は三日で離縁し幸せを掴む
「お前を愛することはない」
それを聞いた瞬間、目の前がチカっと光っていきなり大量の情報が流れ込み、気分が悪くなったわたくしを見て新婚の夫は嘲笑った。
「愛されるとでも思ったか?」
「いいえ」
むしろ愛されたら虫唾が走る。
結婚する前から庶民を愛人に囲っている浮気野郎なんてこちらからごめんだね。
わたくし、もとい俺の前世は男だった。
社畜で始業前から終電ギリギリまで毎日働かされ、休日も仕事を持ち帰り、上司に叱られ部下のフォローをして神経を擦り減らして死ぬか退職かを考えていた、そんな俺の癒しが乙女ゲームだった。
なんでだよって思われるかもしれないが、自分とはまったく別の世界を求めていたのかもしれない。
そして断言出来る。
この男は生前、プレイした乙女ゲームのひとつの隠しキャラで既婚者であるが故に正規ルートでは攻略出来なかったが、とあるキャラからこの男の結婚は政略絡みの白い結婚だと聞かされた主人公はこの男に近付きやがて恋に落ちる。
不倫じゃねーかってプレイした時も思ったが、今でも思う。
不倫じゃねーか。
そんな男はこっちから願い下げだ。
「離縁致しましょう」
「はっ、愛されなければ家の利害は考えずに離縁を申し出す。随分と感情的で頭の軽い女だ」
どっちがだよ。
お前が主人公と結ばれる時、俺が無一文で家の利害も関係なく追い出されてるのは知ってるんだぞ。
「ええ。家の利害より貴方の顔が見たくないので。わたくし、醜悪なものには耐えられませんの」
精一杯微笑んだら叩かれた。
不倫だけじゃなくてDVかよ。同じ男として思う。最低だ。
今の俺はか弱い夫人になっているから叩かれた衝撃で床に倒れ込む。
見下している男の目は冷たい。
叩かれた頬を触ると熱い。
よし、医者を読んで診断書を書かせよう。
家庭内暴力の実績を作って教会に逃げ込んで離縁に持ち込もう。
そうと決まったら倒れてられねぇ!
ふらふらとした足取りでメイドに医師を呼ぶように指示をした。
翌日には教会に駆け込んだ。
神父様やシスターにも同情され、すぐに役所に訴えられた。
速攻でそこまでするとは思っていた男はたじろぎ、医師の診断書と教会の方々の力を借りて離縁に成功した。
ここまで僅か三日である。
世の女性達、もしくは男性達に言いたい。
伴侶のDVに困ったらとりあえず周囲を頼ろう!一人で抱え込むな!証拠は出来るだけ残せよ!
そんなこんなで結婚式から三日で出戻った俺を両親はどうしたものかと頭を抱えたが、精神が俺になった今は見知らぬ夫婦だ。
少しの記憶はあるけれど、両親とは感じられない。
でも、ここまで育てた娘を亡くしてしまって申し訳ありません。
あなた方の娘さんの精神がどこへいったかは分かりませんが、社畜の俺の元ではありませんように。
俺は喋ろうか、黙ろうか悩んだ。
けれど、中身が別人な上に男だっていうのは受け入れられないだろう。
考え抜いた末に俺は黙っておくことにした。
三日で出戻った令嬢として周囲は腫れ物に触るかのように振る舞う。
俺はボロが出ないようにその間に頑張った。
そうして一年が経ち、カーテシーも先生から褒められる程度には綺麗に出来るようになった頃、新たな縁談が持ち上がった。
相手は格上の美男子だった。
「なんでこんな男性が、傷物令嬢相手に?」
素朴な疑問だったが、パーティーで一目惚れされていたらしい。
迷っている間に他の男性に嫁ぎ暴力で三日で離縁したことを後悔して時間を置いて婚約を申し込んできたとのことだ。
「……会うだけなら」
暇だし、男友達ほしいし。
軽い気持ちで承諾したら、両親も一度目の自分達の見る目のなさに慎重になって身辺を調べるのはもちろんのこと、相手のことをありとあらゆること調べ上げた。
結果。
とんでもない女たらしだった。
おい!一目惚れの件から純情そうに見えてなんだこの自称女友達の数!!
この乙女ゲームってこんな男ばっかりだったか!?
そして俺は自分に言い寄る男の悪さに嘆いた。
しかし一度は見合いを了承してしまったので会うのは会う。
「初めまして、ごきげんよう」
「ごきげんよう。お会い出来て光栄です」
ああ。確かに顔はいいな。
これならどんな女の子でも入れ食いだろう。
俺は当たり障りない話をして、相手にも合わせて場を凌いだ。
そんな時、相手からじっと見つめられる。
「なにかしら?」
「失礼。あなたは前世を信じますか?」
「……信じますわ」
実際今こうしているんだしな。
「私もです。それで、あなた前世持ちですね」
男の言葉にドキリとした。
「なんのことかしら」
扇子で口元を隠す。
引き攣った口元を見られたくなかったからだ。
「大丈夫です。私も前世持ちです」
「えっ!?」
俺は驚いた。
男は平然と紅茶を飲んで告げる。
「実は、あなたの離縁裁判を見にいった時にあなたがDVと仰って言い直していたのが印象的でして。……前世、ありますよね?」
この世界にDVなんて言葉はない。多分。
中世ヨーロッパ風な世界だし。
俺は観念して白状した。
「あるぜ、前世。しかも男だった」
「やっぱり!ちなみに私は前世女でした」
まじか!
それからは意気投合して今度はお忍びで街のカフェに行く約束をした。
女友達は本当に女友達で、恋愛対象は男性とのことだった。
だけれど、体が男性だから一方的にときめいていた程度らしい。
なるほど、そうか。
合点がいった俺達は急速に親しくなった。
男の方には新しい女が出来たと噂され、俺の方にはまたろくでもない男が近付いたと噂された。
そんなの、好きに噂してくれ。
そう思っていたら噂好きの夫人のお茶会に招かれた。
これは探りを入れられるな、と思ったら案の定。
「あの方と、とても仲がよろしいんですわね」
夫人に言われて即答した。
「はい!わたくし、(こんなにも趣味が合う友人に出会えて)とても幸せですわ!」
にこりと微笑めば、夫人はやはり…と呟いてわたくしの彼への話を色々と聞いてくれる。
噂は早いもので、その日のうちには社交界に広まった。
「ご存知ですか?私たちの噂」
「存じ上げていますわ」
いつものように男……彼女の家の中庭でアフタヌーンティーを楽しむ。
俺がスコーンを一口で食べているのを目を細めて眺められる。
さすがに行儀が悪かったか。
そう思って次は二口で食べた。
「あのですね」
「ああ」
「もしよろしければ私と結婚していただけないでしょうか?」
「……は?」
「実はあなたを愛してしまって」
俺は驚き目を瞬かせた。
「……まじで?」
「まじです」
このうえなく真っ赤になった彼女に、俺まで赤くなる。
俺だって、なんとなく好意があったんだ。
だからこんなに何度も会っていた。
「ええっと、不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
お互い頭を下げて、顔を上げたら笑い合っていた。
これからどんな困難があっても、こいつとなら上手くやれる。
そんな予感がしていた。




