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神獣召喚

 前皇帝の協力を得て、解任式の準備は急ピッチで進められた。

 ラシリネが隣国にやってきた一週間後には儀式を執り行えるようになっていたのだから、最優先で対応に当たったのは明らかだ。


(私のせいで、たくさんの人に迷惑をかけてしまったわ……)


 その光景を見ていることしかできない自分が、歯痒くて仕方がない。


(落ち込んでいる場合では、ないわよね……)


 ラシリネはすぐさま頭を振って、嫌な感情をかき消す。

 自分のために尽力してくれた人達にできる恩返しは、無事に儀式を成功させることくらいしかないとよく理解していたからだ。


(頑張りましょう)


 聖女は心の中で気合を入れると、陛下のエスコートを受けて解任式の会場となる神殿にやってきた。


「ラシリネ」


 己の名を呼んだダリウスは、どこか不安げだ。

 神々が自国と縁を切りたいと願った自分に激怒すれば、危機が迫る可能性が高い。

 もしかすると、心配で仕方がないのかもしれない。


(陛下は本当に、お優しい方ね……)


 想い人がいるにもかかわらず、昔馴染みというだけでこちらにも心を砕いてくれた。


(これ以上、彼に迷惑をかけるわけにはいかないわ……)


 ラシリネは金色の瞳に確かな決心を宿らせると、口元を綻ばさせてダリウスから身体を離した。


「行ってまいります!」


 暗い顔をしていたら、神に気分を害されてしまう。

 こういう時こそ明るく元気でいるのが一番だと考え直すと、ひらひらと手を振って神聖なる儀式の場に一歩足を踏み入れた。


 そこは部外者が侵入すればすぐにわかるよう、水で満たされている。

 中央に向かって歩みを進める度にピチャン、ピチャンと一定のリズムで水音が響く。


 ラシリネは就任式で一度、神々と対面した際にこの手順を経験していた。

 二度目ともなれば、慣れたものだ。


「天に住まう我らが神よ。どうか、聖女ラシリネの呼びかけにお答えください……」


 目的地に到着してすぐにその場で立ち止まり、跪く。

 胸元で両手を組んで祝詞を紡げば、あとは神々の到着を待つだけだ。

 聖女としての資格を失っていれば、どれほど呼びかけたところで、超常なる神々しき存在は現れない。


 しかし――。


 陛下の推察通り、今もまだ自国の聖女として扱われているのであれば――彼は姿を見せるだろう。


(神様……。どうか、私の祈りを聞き届けください……)


 ラシリネはひたすら、その時が来るまで祈りを捧げた。


『誰かと思えば、ラシリネじゃねぇか!』


 聞き覚えのある軽快な声とともに1匹の神獣が姿を見せたのは、それからすぐのことだった。


「なんと……!」

「聖女様が、神の使いを呼び出した!」

「儀式が、成功したぞ!」

「では、やはり彼女はまだ……っ」


 己がまだ自国の聖女だという事実は、帝国にとっては自国を弱体化させるまたとない機会だった。

 防壁を生み出す存在は、敵国を攻め落とすのに邪魔でしかないからだ。


 彼らはすぐさまラシリネの命を奪うべく、行動に移そうと暗躍する。

 しかし、それを一喝して止めるものが現れた。


「静まれ」


 成り行きを静かに見守っていたはずの陛下が、敵国の聖女を庇うような素振りを見せたのだ。

 帝国民達は困惑の色を隠せぬ様子で、戸惑う。

 だが、彼はけして意見を変えるつもりはないようだ。


「ラシリネに手を出すな」

「し、しかし……!」

「貴様らが彼女の命を奪わずとも、この儀式を通じて彼の国は弱体化する」


 ダリウスが恐れ慄く人々を黙らせる姿を横目したラシリネは、ほっと胸を撫で下ろす。


(一時期は、どうなることかと思ったけれど……)


 この様子なら、己の身に危機が訪れる様子はなさそうだ。

 聖女は安心した様子で、目の前に出現した獣へ視線を戻した。


「ご無沙汰しております」

『任命式では、私と同じくらいのサイズだったのになぁ。何年経ったんだっけか?』

「10年になります」

『それって、人間でいうとすげー長いんだろ? ご苦労なこって』


 妙にフレンドリーな口調で話す神は、まるで雪のように白く神々しい毛並みを持つ大型犬の姿を借り、念話で意思疎通を測っていた。

 聖なる力を持たぬ人間は、ただ動物が鳴いているようにしか聞こえないはずだ。


『そいで? 今日は、どうして私を呼んだんだい?』

「国王の命により、聖女の任を解かれました」

『なんだって?』


 天上に住まう我らが神々は超常なる者達だが、人間達の生活をつねに監視しているわけではない。

 そのため、ラシリネが経験したことは寝耳に水だったのだろう。

 慌てた様子でこれまでの経緯を悟った神は、自身が呼び出された理由を知って明るい声を上げた。


『あんたの置かれている状況は、よくわかった。これからは、エヴァイシュ帝国の聖女になるってことだな!』

「いいえ。今のところ、その予定はございません」

『なんだって!?』


 神はラシリネの置かれている現状を憂い、自国の聖女を辞める件に関する異論はないようだ。

 しかし、このままどこの国も守護せずに普通の女の子に戻るのだけは、許せないらしい。


『この帝国は、ちょうど聖女不在だ。何度も呼び出されたくねぇし、このまま就任式を執り行わねぇか?』


 ラシリネは左右に首を振り、「それはできない」と意思表示する。

 その姿を目にした神はこちらに向かって甘い言葉を囁き、どうにか思い通りにできないだろうかと行動をし始めた。


『なぁ~。頼むよ~! 女性の幸せは子どもを産むことなんて理念が流行っているせいで、聖女になりたがる人がいねぇんだよ!』

「私は聖女ではなくなりますが、自国の後任は妹になるようです。あなた様が引き続き、あの子を担当されればいいだけでは……?」

『あいつは駄目だ! 私は、君がいい!』

「私の一存で、決められることではありませんし……」


 ラシリネはちらりと、後方で腕組をして成り行きを見守るダリウスに視線を移した。

 自分では、判断できなかったからだ。

 神獣も同じように彼をじっと見つめたあと、嬉しそうな声を響かせる。


『わかった! 私が、一肌脱ごうじゃないか!』


 獣は何かを閃いたようで、祝詞を口ずさむ。

 その直後、頭の中で張り詰めた糸がパチンと勢いよく切断されるような感覚をいだいて面食らう。


(母国との繋がりが、断たれた……)


 聖女に任命されてから10年間、国中を覆うように結界を張り巡らせていたのだ。

 今まで当たり前だったものと切り離されたせいか、このうえない消失感に苛まれる。


(こんなふうに悲しんでほしくないから、神様も帝国の聖女になればいいと勧めてくださったのかもしれない……)


 不可思議な神の提案が実は筋の通ったものだと知り、なんとも言えない気持ちでいっぱいに包まれた直後のことだった。


『あんたは今から、聖女見習いだ!』

「そ、それは一体……。どう言う……?」

『この器はお目つけ役として、あんたのそばに置いておく。エヴァイシュ帝国の聖女になれる日が来るまで、頑張ってくれよな!』

「あ、あの! 神様! もう少し、詳しい説明を――」

『あばよ!』


 明るい声で別れを告げた神は、天に帰ってしまったようだ。

 その場には、不思議そうにこちらを見つめる獣だけが残る。


「わふ?」


 もう、念力を通じた意思疎通は叶わない。

 目の前にいる神獣は、器を貸していただけの動物。

 人間とは、種族が異なるからだ。


(この子は、神下ろしの器として利用されていた……。きっと、彼と相性がいいのね……)


 ラシリネは優しく口元を綻ばせ、戸惑う獣に問いかけた。


「私のそばで、神様の代わりに見守ってくださらない……?」

「わふーん!」


 白い毛並みを持つ犬は「もちろん」と元気よく返事をするように鳴き声を響かせると、こちらが差し出した手に頬擦りをしてくる。

 ラシリネは触り心地のいい毛並みを優しく擦りながら、成り行きを見守る皇帝に向かって静かに報告した。


「解任式は無事に、終了いたしました」

「それはよかった」


 彼と微笑み合って喜んだまではいい。

 問題は、そのあとだ。

 大型犬と戯れるこちらの姿を不愉快そうに眺めたダリウスが、どこか言いづらそうに問いかけてきた。


「先程、随分と慌てているようだったが……。不測の事態でも、起きたのか?」

「そ、それが……」


 陛下に説明を求められ、困惑の色を隠せぬまま己の身に起きた変化を説明する。

 皇帝も神の言い分には呆れているのか、険しい表情で黙り込んでいたのが印象深かった。


「申し訳ございません……。せっかく皆さんが私のために、ご尽力してくださったのに……」

「謝らないでくれ。当初の役目は達成された。この国の聖女になるかどうかについては、これからゆっくりと考えていけばいい」

「ありがとう、ございます……」

「どういたしまして」


 自分は彼に、迷惑をかけてばかりだ。

 何度お礼を言っても伝えたりないほどに足を引っ張っているというのに、ダリウスはなんてことのないように優しく口元を綻ばせてくれた。

 その姿がラシリネには、眩しくて仕方がなかった。


(本当に陛下は、素晴らしい人格者だわ……)


 彼に愛されている、まだ見ぬ想い人が羨ましい。

 聖女が大好きな昔馴染みに対する恋心を強めていると、再び皇帝に問いかけられた。


「この神獣は、これからも君のそばに?」

「その予定です」

「いつまでも、獣呼ばわりは失礼にあたる。名前をつけてやったらどうだ」


 ラシリネは、「どんな名前をつけてくれるの?」と待ち切れない様子でこちらをじっと見つめる大型犬と視線を交わらせる。

 獣の毛並みは白く可憐で、とても触り心地がよかった。

 雪を連想させる名前がいいが、それだけでは味気ない。


「スノーエル」

「わふ!」


 ふと頭に浮かんだ名前を口ずさんだところ、神獣は「それがいい!」と力強く鳴く。


「私は、ラシリネと申します。これから、よろしくお願いいたしますね」

「わふーん!」


 ラシリネはブルンブルンと嬉しそうに尻尾を振り回す犬を優しく撫でつけながら、スノーエルと親睦を深めた。

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