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あなたと繋いだ手のぬくもり

「聖女の任を解かれたラシリネが、いまだに聖なる力を使える件については疑問が残る」

「あら? ラシリネちゃんは、隣国から追放されてしまっただけでしょう?」

「うむ。聖なる力は、生まれ持った異能だ。自国の聖女を辞め、失われるものではない」

「いや。遥か昔に、前例がある。神の意思に背いて聖女を解任した場合、天罰としてただの小娘になると」


 エヴァイシュ王家の面々は、再び聖女を蚊帳の外に置いて話を始めてしまった。

 その話題の雲行きは、どうにも芳しくない。


「まぁ……」

「隣国との契約は、まだ有効なのかもしれんな」

「ああ。調べてみるべきだ」


 横で彼らの話を黙って聞いていた自分は、慌てて挙手をする。

 このタイミングで意思表示をしなければ、いつまで経っても話題に入れないのではないかと危惧した結果だ。


「あ、あの……! 1つ、よろしいでしょうか!」

「どうした?」


 陛下は当然のように、発言許可をくれた。

 それにほっと胸を撫で下ろしつつ、呼吸を整えてから声を発する。


「私は襲名式を執り行い、聖女になりました。本来であれば、解任式のようなものが執り行われるのが一般的なのでしょうか……?」

「ああ。そのような記述が、古書にある」


 こちらの疑問にも、ダリウスは神妙な顔で丁寧に答えてくれた。


(やっぱり……)


 ラシリネは「やはり己の考えが正しいのだ」と確信し、恐る恐る辿り着いた答えを口にした。


「もしかするとまだ、私は自国の聖女なのかもしれません……」

「なんだと?」


 ラシリネは紫色の瞳に剣呑な色を灯した皇帝に怯えつつも、一生懸命説明を試みる。

 ここで恐れて口を閉ざしては、いつまで経っても前に進めないからだ。


「国王はアオリを新たな聖女にすると言いました。しかし、私の解任式が執り行われぬまま、追放されてしまいました……」

「正式な手順を踏まずに、妹さんを新たな聖女にしようとしているってことよね。そんなの、認められるのかしら?」

「神の怒りを買う可能性は、高いだろうな」

「その場合、追い出されたラシリネちゃんはどうなるの?」

「うむ……。神があの国で聖女を続けよと命令を下せば、自国へ戻らざる終えぬ展開になるやもしれぬ……」

「あり得ない!」


 神妙な顔をして思い悩む夫妻の会話に割って入ったのは、陛下だった。

 彼は苛立ちを隠せない様子で、吐き捨てる。

 そんな息子の姿を前にした前皇帝は、慌てた様子で彼を宥めにかかる。

 しかし、ダリウスにとっては焼け石に水であったようだ。


「落ち着くのだ。まだ、そうなると決まったわけでは……」

「そうよ。あなたが冷静さを失って、どうするの? ダリウスちゃんが、不安に思うでしょう?」

「くそ……っ」


 彼は悪態をつくと、開いている丸椅子にどっかりと腰を下ろした。

 恐らく、暫く頭を冷やすという態度の現れなのだろう。


(私がまだ、アデラプス王国の聖女なら……。どうして、防御壁の外に出られたのかしら……?)


 本来聖女は、一度守護すると決めた国からは出られない決まりだ。

 あまりにもわからないことが多すぎて困惑している間に、嫌な沈黙が室内に充満していくのを感じる。


(気まずい雰囲気にさせてしまったのは、私のせいだわ……)


 ラシリネはこの状況をどうにかするべく、再び挙手をして己の意思をはっきりと伝えた。


「私、解任式をやりたいです」

「ラシリネちゃん?」

「国王から直々に追放を言い渡された身ですから……。直談判をすれば、神様もわかってくださるような気がします」


 陛下は無言で首を振り、前皇帝は難しい表情で黙り込む。

 赤紫色の瞳にさまざまな感情を浮かべていた皇太后だけが、ぱっと花が綻ぶかのような表情で両手を叩いた。


「そう、ね。あちらも妹さんを新たな聖女にすると決めた以上、就任式は盛大に執り行うでしょう。それまでにラシリネちゃんがあの国と縁を切っておけば、とばっちりを受けることはなくなるはずだわ!」

「うむ。そうと決まれば、さっそく行動に移すとしよう」


 前皇帝夫妻は息をぴったりと合わせてこちらの提案に同意すると、壁際に控えていた使用人達へ指示を出す。

 どうやら儀式を執り行うに当たって、神官の手配や場所の確保などを調整しているらしい。


「前皇帝のお手を、煩わせるなど……」

「気にしなくていいのよ? わたくし達は、好きでやっているんですもの。ねぇ?」

「うむ。かしこまる必要はない。それと……」


 その様子を目にして恐縮していると、2人が視線を交わらせて何かを目線で訴えかける場面に遭遇した。


(何かしら……?)


 こちらの疑問は、前皇帝から発された言葉によってすぐに解消される。


「前皇帝など、他人行儀な呼び方は謹んでもらえると助かる」

「では、なんとお呼びすれば……?」

「そうねぇ。やっぱり、お義父さん、お義母さんと……」

「ラシリネはまだ、帝国にやってきたばかりだ。あまりにも、気が早すぎる!」

「あらぁ。そんなに怒らなくたって、いいじゃない。ねぇ? あなた?」

「うむ。本性は、早めに見せておいたほうがよいぞ」

「大きなお世話だ!」


 陛下は両親に声を荒らげると、用は済んだとばかりにこちらの腕を引っ張る。


「準備ができたら、顔を出す」

「今度は、2人だけでお茶会をしましょうね!」


 ラシリネは半場引きずられるようにして優しく微笑む2人に見送られ、その場から立ち去った。


「まったく、あの2人と来たら……」


 ダリウスは憤慨の色を隠せない様子で、自分と腕を絡めたまま廊下を歩く。

 ラシリネはこの状況が、気が気ではない。


(陛下の想い人にこの状況を見られたら、大変なことになるわ……!)


 早く「密着するのは止めてほしい」と自ら声を上げるべき状況なのに、大好きな人から腕を絡めてもらった喜びを少しでも長く噛み締めたくて、尻込みしてしまう。


(私はなんて、卑しい存在なのかしら……)


 心の中ではまだ見ぬ彼の想い人との仲を祝福する気でいたくせに、その姿が確認できない間は昔馴染み以上の関係を目指してアプローチを続けたいと行動するなど、矛盾している。


 ラシリネは自己嫌悪に陥りつつ、名残惜しさを感じながら彼と絡めた腕を離そうと試みた。


「俺とこうして密着するのは、嫌なのか?」


 しかし――。

 切なげに細められた紫色の瞳にじっと見つめられたら、嘘などつけるはずもない。


「い、いえ……」

「なら、このままでいいだろう」


 思わず「そんなことはない」と言わんばかりの言葉を口にすれば、腕を絡め合う力が強まった。

 さすがにこの状態で陛下の目を盗み行動に移せば、「俺はラシリネに嫌われている」と勘違いをされかねない。


「もう少しだけ、ですよ」

「ああ」

「目的地に到着するまで、ですからね」

「わかっている」


 何度も念を押しているうちに、不機嫌そうに細められていた紫色の瞳が嬉しそうに和らぐ。


(このやり取りすら、楽しんでくださっているみたい……)


 こうして愛する人と軽口を叩き合うことすら、自国の聖女で居続ければ叶わない。

 夢のようなひとときを再び経験できたのは、ハズレ聖女などと人々から心ない言葉をぶつけられていたお陰だ。


(陛下と一緒なら、きっと前を向いて歩いていける。そんな気がするわ……)


 彼と少しでも長く一緒にいるために己ができることがあるなら、なんでもしてあげたかった。


(ダリウス様。私の最愛。こんなふうに笑い合う平和なひとときが、いつまでも続きますように……)


 ラシリネはささやかな願いを胸に抱き、この帝国で暮らす決心を固めた。

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