2年後の2人
結婚式から、2年の時が経つ。
22歳になったラシリネは、有名な画家に頼んで作成してもらったウエディングドレス姿の肖像画によく似た小さな画板を手に、手紙を認めていた。
「いつ見ても、君の着飾った姿は美しいな」
「かなり美化されすぎているような気がするので、これをお祝いに送るのはどうか思うのですが……」
「相手の希望なのだろう? 固辞するほうが、悲しませてしまうぞ」
「はい……」
世界各国に認めた大帝国の聖女による「恋愛解禁のお知らせ」は、2年経ってようやく浸透してきた。
それは、己の言葉を真に受けた他国の聖女が想い人と心を通じ合わせても、神から天罰が下らなかったことが大きい。
初めて自分以外の聖女が結婚したと聞かされたラシリネが「自国を離れられない代わりに、郵送でお祝いをさせてくれ」と文を認めたところ、返ってきた返信がこれだ。
『我々の結婚を祝福してくださるのでしたら、あなた様のお姿をいつでも見れる肖像画を頂きたいのです!』
さすがは有名な画家だ。
彼が大帝国の守護聖を描いた肖像画が王城に展示されているという噂はあっとう間に世界各国へ回っていたらしい。
ラシリネは義母を経由して男性と連絡を取り、弟子に複製画を描いてもらうことになった。
それが、今手にしている小さな画板だ。
『結婚すれば、大帝国の守護聖女様のお姿が映し出された絵画を御本人から頂ける!』
その話はいつの間にか聖女達の間で騒ぎとなり、結婚適齢期の女性達はこぞって想い人と気持ちを通じ合わせるべく試行錯誤を繰り返し始めたという。
「なんだか、不思議な気持ちです」
「こうなることを、望んでいたのではないのか?」
「そうですけど……。思っていた以上に、話が大きくなってしまったといいますか……」
ラシリネは己の行動を、後悔していない。
むしろ、誇らしいとさえ思う。
しかし、他国の聖女からも大帝国の守護聖女として崇め奉られるなど、考えもしなかったのだ。
(私よりも、尊敬されるべき聖女様がいるはずなのに……)
どうして自分だけが賞賛を受けるのか。
それが不思議で堪らず、どうにも納得できない。
暗い顔で俯く妻の姿を目にした夫は、こちらを安心させるように寄り添った。
「諦めなければ、夢は叶う。君の願いが届かない状況よりは、ずっといい」
「はい……。これもきっと、ないものねだりの一種ですね」
ラシリネは人々から誉れ高い称号で呼ばれるような、価値のある聖女ではなかった。
偶然妹が魔具を手にして偽聖女として名乗りを上げていなければ、そんなふうに崇め奉られることはなかっただろう。
ましてや、歴史になお刻む伝説の聖女になるなど、もってのほかだ。
「本当の私がどういう人間であるかは、ダリウス様が一番よく知ってくださっていますもの」
「ああ」
ラシリネが何を愛し、不条理を嘆き、心を痛めるのか。
それを知る人間は、夫だけでいい。
(私はこれからも、人々を欺くことになるでしょう……)
自分は有能でもなんでもない。
その自覚があるのに、周りの人間から必要以上に祭り上げられたら、いつかはきっと無理が祟る。
たとえ、そうだとしても――。
民に心配をかけるわけにはいかないと気丈に振る舞い、自分はいつまでもこの国の聖女であり続けるのだろう。
「聖女が恋をするのは、罰を受けるべき行いでなく、祝福されるべき行動です」
「そうだな……」
「私はそれを、己の身を使って実現する生き証人となりましょう」
「ああ」
金色の瞳に確かな決意を宿して告げる己の姿を目にしたダリウスが、「君は1人ではない」と言うかのように指先を絡める。
(ダリウス様はいつだって、私の決意を受け入れてくださる……。それがどれほど、ありがたいことか……)
最初のうちは難色を示していたとしても、話し合いを続けるうちに己のやる気となす事を尊重してくれる。
それは、相手を信頼していなければできないはずだ。
(彼が私に隠している秘密がなんなのか。それはまだ、わからないけれど……)
ラシリネは彼と繋いだ指先に力を込め、人知れず思考を繰り返す。
(その答えを知るまでは、死ねないわね……)
自分が聖女として成すべきことは、山積みだ。
(闇のオーラによって再びどこかの国が恐怖に陥れられぬ限り、私はこの帝国から出られない。全国各地に散らばった聖女達にできることは、そう多くないけれど……)
ラシリネは1人でも多くの同胞が幸福を掴むべく、遠く離れた地でこれからもサポートを続けていくだろう。
「俺は君のやり方を尊重する。今まで通り、好きに生きてくれ」
「はい!」
この世で初めて闇のオーラを退け、想い人と心を通じ合わせた。
大帝国の守護聖女として伝説になったラシリネは――。
「ダリウス様。大好きです」
「ああ。俺も、愛している。これからも大帝国の守護聖女として、この国を守り続けてくれ」
「もちろんです!」
最愛のダリウスが生きている限り、この地を守護し続けると誓った……。




