恋愛解禁のお知らせ
(なんだかよくわからないけれど、凄いことが起きたような気がするわ……)
生涯神に操を立て続けるべき聖女が、皇帝に肌を許した。
これは由々しき事態だ。
本来であれば罪人として罰を受けるべき存在だが、神に許可を得ているため、どうにかラシリネは今まで通りの五体満足な生活ができている。
(神様の許可を得れば、大好きな人と想いを通じ合わせられる……。それをもっと多くの聖女が知れば、みんなも幸せになれるんじゃないかしら……?)
国を守ると決めたせいで、愛する人を諦めなければならない。
そう思い込まされていた、今までがおかしかったのだ。
(私だけが特別になるなんて、そんなのずるいわ……)
どうせなら、この世界で生きとしいける聖女全員に、伝えたい。
恋を諦める必要はないのだと。
これ以上ひとり寂しく民を守り続け、生涯を終える聖女達を増やしたくなどなかった。
(そうと決まれば、さっそく行動に移しましょう!)
ラシリネは壁際に控えていた使用人を呼んで身支度を整えると、勢いよく執務知室に繋がる隣の部屋を開け放つ。
「陛下!」
礼儀正しいラシリネが、朝の挨拶すらも省略して呼びかけてくるなど思いもしなかったのだろう。
彼は目を丸くしながら、口元を綻ばせて告げる。
「ああ、おはよう。体調は、どうだ?」
「少し腰が痛いくらいです。問題ありません!」
「なら、よかった。昨日は相当、無理をさせたからな。もう少し、休んでいてもいいんだぞ?」
「いえ! この世界を守護する聖女の皆さんに、文を認めたいので! 寝ている暇など、ありません!」
「聖女に……?」
「はい! 恋愛解禁のお知らせを、したいんです!」
己の提案は、ダリウスにとっては思いもよらないものだったのだろう。
目を見開き驚いているあたり、実現が不可能なのかもしれない。
「国同士のいざこざもありますし……。む、難しいでしょうか……?」
「いや……。聖女は、神の声を聞けるんだろう?」
「はい。神様が、器を借りて降りてきてくださった場合のみではありますが……」
「わざわざラシリネが、手を動かす必要はない。神に、任せるべきだ」
「でも……。神様にも、派閥があるようですし……」
ラシリネは口こそ悪いが面倒見のいい男性の姿を思い浮かべた。
彼がよく、ぼやいていた話を思い出すためだ。
『ラシリネが中途半端な障壁を生み出し続けた挙げ句、今度は偽聖女問題と来た。肩身が狭いの、なんのって……』
天界に住まう神々は、どうやらたくさんいるらしい。
彼はその中の1人であり、下っ端のような扱いを受けていた。
そんな男性が仲間達に声をかけたところで、聖女達にうまく伝わるかどうかは未知数だ。
「伝言ゲームは、避けたいんです」
「君が直接聖女に手紙を認めたとしても、不審物扱いされて本人の目に届かない可能性だってある」
「て、定期的に、送ります!」
「全員は無理だと思うがな……」
ダリウスは「なぜ妻だけがこんな苦労をしなければならないのか」と難色を示しているが、ラシリネは諦める気などなかった。
「最初は、うまくいかないかも知れません。それでも! 手紙を受け取ってくれた聖女が己の内に秘めていた想いを伝え、結ばれたのなら! きっと、噂が巡るはずです……!」
己の目的は、手紙で事実を伝えることではなかった。
『聖女が生涯独身でいる必要はない』
その話を全世界へ発信するためなら、ラシリネはどんな手段でも講じるつもりだった。
「私1人では、無力かもしれません。ですが……。みんなで力を合わせればきっと、いつかは願いが叶うと思うので……」
せっかく、民達から「大帝国の守護聖女」と誉れ高き名で呼ばれるようになったのだ。
その名に恥じぬ聖女になりたいと、ラシリネはやる気に満ち溢れていた。
「仕方ないな……」
そんな妻の姿を見かねた夫は、思うことがあったらしい。
半場呆れつつも、先程まで反対していたのが嘘のように了承をしてくれた。
「分かった。俺も協力しよう」
「いいんですか!?」
「ああ。王家の紋章入りの手紙であれば、無下にはされないだろう」
「ありがとうございます……! やっぱりダリウス様はとっても頼りがいのある、素敵な旦那様ですね……!」
「もっと褒めてくれると、やる気が出るんだがな」
「はい!」
ダリウスはどこか困ったように紫色の瞳を細めたあと、再び仕事へ集中する。
ラシリネは開いている椅子に座り、急いで手紙を認め始めた。
(この世界を守護する聖女は、両手では数え切れないほどにいるはず……。片っ端から、手紙を認めるしかないわね!)
世界地図とにらめっこをしながら、普段は交流のない小国から自分でもよく知る大国の名前を紙に書き記していく。
ダリウスは封筒に入った便箋が山となった頃を見計らい、仕事を中断して蝋印を押してくれた。
(打ち合わせもせずに、当然のように息をぴったり合わせて作業をする……)
ラシリネは暇つぶしに呼んだ本の一節を思い浮かべ、ポツリと声に出す。
「まるで、愛の共同作業ですね!」
「ぶ……っ」
どうやらその言葉は冷静沈着な皇帝を驚かせるのに充分だったようだ。
蝋燭の炎で熱し、液体状になった蝋をテーブルの上に誤って垂らしてしまい、狼狽えているのが印象的だった。
「へ、陛下!? 大丈夫ですか?」
「わふ?」
聖女が大きな声を出して夫を心配したため、部屋の隅で目を瞑って大人しくしていたスノーエルまで不思議そうに寄ってきた。
彼は神獣へ恨めしそうな視線を向けたあと、「なんでもない」と言うように頭を振る。
その後、息を吹きかけて蝋燭の火を消すと、ダリウスは俯きがちに低い声で呟いた。
「今のは、反則すぎるだろう……」
顔を覆っているせいで表情は見えなかったが、夫の様子をじっと観察していたラシリネにはわかる。
――彼の耳が真っ赤になっているあたり、先程の発言を真に受けて照れているのだと。
「私の発言1つで茹でタコになってしまうダリウス様も、大好きです!」
ラシリネは喜びを分かち合うべく、手を止めて夫に抱きついた。
てっきり「早く手紙を認めてしまえ」と苦言を呈されるとばかり思っていたが、己に腕を回して来たあたり、まんざらでもないようだ。
「ストレートに気持ちをぶつけてくるのは、君の利点だな」
「駄目、でした……?」
「いや。大変好ましい」
「わふ!」
2人はどちらともなく口元を綻ばせ、笑い合う。
そんな夫婦の姿を嬉しそうな鳴き声を上げてスノーエルが見守る。
(この作業を1日で終わらせるのは、もったいないかもしれないわね……)
ラシリネは急いで一気に手紙を認めるよりも、夫と休憩を取りながら進めるほうが作業効率は上がると判断し、ペンを握る速度を緩めたのだった。




