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1つになった2人

「止める時も、健やかなる時も。妻を愛すると誓いますか?」

「誓う」

「新婦……」

「誓います!」

「では、神の前で口づけを」

「わふん!」


 神父に促されたスノーエルは、「私が見てるからな!」と言わんばかりの堂々とした鳴き声をあげる。


(緊張するわ……)


 そんなこちらの反応を目にした彼は、身を屈めて唇を触れ合わせる。


(大好きな人と、こんなふうに口づけを交わし合えるなんて……。私は、幸せ者ね……)


 ラシリネが「いつまでもこのままでいられたらいいのに」と願いたくなるのは、無理もなかった。

 抱き合うことはするが、彼はあまり身体的な接触を好まないからだ。


(ダリウス様はいつだって、私を乱暴扱ったら壊れてしまう陶器だと思っているもの……)


 自分はそんなに、軟なつもりなどなかった。

 風が吹いても飛ばされたり、雨が降ろうがボロボロになどならない。

 彼はあまりにも、過保護すぎる。


(愛されているからこそ、そうした態度を取るのでしょうけれど……)


 ラシリネは、それが物足りなくて仕方がない。

 ダリウスと恋人になってから、随分と欲張りになってしまったようだ。


(ようやく、夫婦としての契を交わせたんですもの。これからゆっくりと、関係を深めていけるといいわね……)


 金色の瞳を潤ませると、彼の唇がゆっくりと離れる。

 こうして再び隣に並び立った夫婦は腕を組み、赤い絨毯の引かれたヴァージンロードを歩く。


「ラシリネちゃん! とっても綺麗よ!」

「よかったな……」


 前皇帝夫妻が見守る中、身体を揺らす度に胸元のシラネアオイの花弁がひらりひらりと落ちていく。

 このままでは、民衆の前に姿を見せる頃にはただの真っ白なドレスを着ているだけの女になってしまいそうだ。


(無理やり生花を飾りつけたのは、失敗だったかしら……?)


 ラシリネは頭を悩ませ、すぐにその思いをかき消す。

 自分の判断は間違っていないと、確信したからだ。


(お義母様の喜ぶ姿と、ひらひらと風に舞う綺麗なシラネアオイの姿を見られた。それだけで、よしとしましょう……)


 帝国で暮らす民達は、とても優しい。

 己がどれほどみすぼらしい姿をしていたところで、強固な障壁が張り巡らされ続けている限り、彼らはラシリネを「守護聖女」と崇め続けるだろう。


(恐れることなんて、何もないわ。だって、私の隣には……大好きな人がいるもの……)


 ちょっとくらいのヘマなら、問題ない。

 愛する人は自分をよく見ているから、「本調子ではないなら休んだほうがいい」とこちらを労る言葉をかけてくれるはずだ。


「緊張しているか」

「はい。とても……。皆さんから陛下にふさわしくないと言われたら、どうしようかと……」

「ラシリネは、俺が初めて喉から手が出るほどに欲した存在だ。誰であろうと、そんなことを言うのは許さん」

「ダリウス様……」


 2人は見つめ合い、どちらともなく口元を綻ばせる。

 その後、開け放たれたバルコニーへ躍り出た。


「陛下! ご結婚、おめでとうございます!」

「聖女様! 末永く、お幸せに!」


 婚儀を終えた皇帝と聖女の姿を一目見ようと、たくさんの人々が集まって

 いる。

 ダリウスは彼らへ謝辞を送るように深々と頭を下げた。

 ラシリネもそれに倣って数秒遅れて同じ動きをすると、皇帝から苦言を呈された。


「君まで一緒に、頭を下げなくてもよかったんだぞ」

「そ、そうなんですか……? でも……」

「女性達に向かって笑顔で手を振っていれば、それで構わない」

「な、なるほど……!」


 老若男女問わずに笑顔を振り撒けと指示しないあたりが、彼らしい。

 皇帝と同時に頭を上げたあと、ラシリネはさっそく行動に移す。


(本当に、男性を除いていいのかしら……?)


 ダリウスの言う通りに1人ずつ目を合わせて手を振っていたが、やはり女性ばかりというのはあまり気分がいいものではないだろう。


(やっぱり、よくないわよね……)


 聖女様は男性を異様に嫌っているようだ、なんて噂が経っては困る。

 ラシリネは独断で、会えて小さな子どもや年老いた夫婦にも手を振った。


「ラシリネ」


 しかし、それは数十秒にも満たない短い時間だけだ。

 こちらの立ち振舞いを目敏く確認した彼は、「これ以上民衆の前に立たせるのは危険だ」と判断したらしい。

 ラシリネと再び腕を絡めて室内へ戻ってしまった。


「ダリウス様? まだ、5分も外にいませんよ。もっと……」

「1人でも多くの民と目を合わせたい。その気持ちはわからないでもないが、異性には止めてくれといったはずだ」

「ですが……。後々のことを考えたら、そういうのはよくないかと思いまして……」


 最低でもあと半分は民の前にいるべきだと主張する自分に対し、ダリウスは苛立たしげにも呆れたようにも聞こえる口調でこちらに諭す。


(黙って、頷けばいいのに……。反論するから、よくないのよね……)


 こういう時は妻として夫を立てるのが正解だとわかっているからこそ、どんどんと声が小さくなる。

 自信なさげなこちらの反応を目にした彼は、「用は済んだ」とばかりに式典会場をあとにしながら、己に諭す。


「この間追い払った騎士団員のように、しつこく君に言い寄って来たらどうする」

「あ、あれは……。私と陛下の関係をご存知なかったから、起きたことです。これからはきっと、ありえません!」

「ラシリネはもっと、他者を疑うべきだな」

「自分では、疑り深く生活しているつもりなのですが……」

「俺からしてみれば、君の他者に対する警戒心は、2割程度しか機能していないように見える」

「そ、そんなに少ないですか……?」


 夫から指摘を受け、ラシリネはショックを受けた様子で絶句する。

 だが、それも数分の間だけだ。

 彼の警戒心を10として比べた際、そのくらいの割合になるのは当然だと納得できたからだった。


「ああ。だから余計に、ラシリネを自分だけしか触れ合えない場所に閉じ込め、行動を制限したいと思うのだろう……」

「ダリウス様……」

「君は、危なっかしくて仕方がない。俺やスノーエルと出会っていなかったらと思うと、ゾッとする」


 ――彼が不安に思うのも、無理はなかった。

 実際ラシリネは、何度も誤った選択をしたせいで、たくさんの人々に迷惑をかけた挙げ句、母国を追放された。

 そして、魔獣に食い殺されかけたのだから……。


「ダリウス様が私の命を救ってくださらなければ、あなたの妻になれませんでした。この帝国も魔獣の恐怖に怯え、母国も人が住めぬ荒れ地へと変わり果てていたかもしれません……」

「そうだ」

「これからは、気をつけますね」

「ああ。そうしてくれると、助かる」


 彼の表情が、ようやく和らいだ。

 どうやら、納得してくれたらしい。


(結婚初日に離婚の危機にならなくて、本当によかったわ……)


 ラシリネはほっとした様子で、ウエディングドレスを脱ぐために彼と別れ、控室へ戻ろうとする。

 だが、どれほど絡めた腕を離そうとしても、ダリウスはなぜか強い力で前に進み続ける。


(これは一体、どういう事かしら……?)


 こちらが困惑している間にすっかり自分の部屋と化した休憩室へ到着した彼は、寝台の前でようやく腕を離した。


「陛下……?」

「綺麗だ……」


 彼は感極まった様子でそう呟いたっきり、黙り込んでしまった。

 大好きな人に褒められて、悪い気はしない。

 ラシリネはどこか恥ずかしそうにはにかみ、何気なくお礼を告げる。


「ありがとう、ございます! ダリウス様も……」


 陛下の正装姿も素敵だと褒めるべく発した声は、すべて言葉にならなかった。

 彼がラシリネを抱きしめて来たからだ。


「きゃ……っ」


 ラシリネはその勢いを殺しきれず、背中を寝台に打ちつける。

 ドレスの裾に飾りつけられていたシラネアオイの花弁がひらりひらりと宙に舞う幻想的な光景をぼんやりと見つめていると、紫色の瞳に己に対する執着心を滲ませたダリウスが目に入った。


「ダリウス、様……?」

「この日を、どれほど待ち望んでいたことか……」


 小さな身体に覆い被さる彼は、戸惑う自分を安心させるためだろう。

 額から始まり、首筋から肩越しに至るまで、さまざまな場所に唇を触れ合わせる。


「く、くすぐったいです……!」


 ただならぬ雰囲気を感じて、少しでもその空気を霧散させるべく身を捩る。

 しかし、夫はまったく動じない。


(なんだかダリウス様が、知らない男の人に見えるわ……)


 白髪を一房取って口づけた紫色の瞳には、普段であれば絶対に宿るはずのない欲望の感情が浮かんでいる。


(これが陛下の……私に隠していた、秘密……?)


 恐ろしいはずなのに、なぜか目が離せない。

 まるで魔獣に睨みつけられた小動物のように身体を硬直させていると、こちらの反応を見かねた彼が耳元で囁いた。


「そう、怯えるな。俺に任せてくれ。君に酷いことはしない」

「神に誓って……?」


 普段の夫であれば、「神など信じるに値しない」とぶっきらぼうに吐き捨てていただろう。

 しかし、今日はそんな余裕もないらしい。


「ああ。それでラシリネが安心するのなら。喜んで、誓おうじゃないか」

「ダリウス様……」


 不敵な笑みを浮かべた皇帝が、はっきりと神に誓いを立てると宣言したのだ。

 彼の言葉を、疑う余地もない。


(きっと、大丈夫だわ……)


 ラシリネは唇を噛みしめることで不安を押し殺すと、金色の瞳を潤ませながら夫の首筋に両腕を回す。

 その後、「彼のすべてを受け入れる」と言わんばかりに、ダリウスの身体を引き寄せたのだった――。

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