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絵画と嫉妬

「ラシリネちゃん……! とっても、素敵よ!」


 ウエディングドレスに身を包んだラシリネの姿を目にした元皇后は、赤紫色の瞳に涙を滲ませた。

 彼女にとって息子とその恋人の結婚式は、夢にまで見た光景であったからだろう。

 感動はひとしおだ。

 もしかすると、本人以上に喜んでいるかもしれない。


「やっぱり、シラネアオイをふんだんにあしらったのは正解だったわ! 家族みんなのイメージカラーがあしらわれていて、ラシリネちゃんの可憐さを引き立たせているわ……!」

「お、大袈裟ですよ……」

「これはしっかり、絵描きに頼んで永久保存しておかなくちゃ! 大帝国の守護聖女として、永遠に語り継いでもらいましょう!」


 義母はまるでラシリネが自分の娘にでもなったかのような反応を見せると、鼻息荒くああでもないこうでもないと、画家に指示を送っている。


(お義母様は、嬉しくて仕方がないのね……)


 そんな彼女のテンションを急降下させるのだけは避けたいが、ラシリネにはある悩みがあった。


(ダリウス様と合流するまでには、時間があるわ……)


 自分が腹を割って悩みを相談できる同性は、義母しかいない。

 画家との話を中断させるのは気が引けたが、ラシリネは男性がキャンバスに向かったタイミングを見計らって彼女に話しかける。


「お義母様。少し、よろしいでしょうか」

「ええ。いつでもどうぞ!」

「ありがとうございます。もしもお義父様に秘密があると気づき、打ち明けてもらえないと知ったら……。どうしますか……?」

「旦那に?」


 義母は想像もしていなかった疑問を受けて、不思議で仕方がないようだ。

 暫く悩む素振りを見せていたが、すぐに答えを打ち明けてくれた。


「うーん。そうねぇ。それが女性関係でなければ、黙認するかしら」

「やっぱり、そうですよね!?」


 ラシリネはついつい喜びのあまり、身を乗り出して「自分の考えは正しかったのだ」とでも言わんばかりに同意を示してしまった。

 その勢いは、「自分が今同じ悩みを持っています」と打ち明けているようなものだ。


(は、恥ずかしい……!)


 ラシリネは先程までの興奮状態はどこへやら。

 顔を真っ赤にして落ち着きを取り戻すと、顔を覆った。


「あら、大変。ラシリネちゃんは、ダリウスの秘密を知ってしまったの?」

「わ、忘れてください……」

「駄目よ。大事なことですもの。一体、どんな恐ろしい話なのかしら……?」


 義母は己から悩みを引き出そうと必死になるが、具体的な内容までを口にするつもりはなかった。

 誰かに話してしまえば、それは公然の秘密となるからだ。


「はっきりと、断言できることは何も無いないんです。ただ、陛下が時折、苦しそうに唇を窄めるのが気になって……」

「ダリウスは、ラシリネちゃんにいいところだけを見せたがっているから……。よくない部分を隠すあまり、それを秘密だと思い違いをしているのかも……」

「もしかして、私はまた……」


 一度目は存在しない彼の想い人のために身を引こうとし、二度目は妹と恋仲だと疑った。今回で三度目とも来たら、「どれだけ学習能力がないんだ」と失望されかねない。


(ダリウス様に打ち明けてくれと無理強いしなくて、本当によかったわ……)


 ラシリネはほっと胸を撫で下ろし、彼女に感謝した。


「ありがとうございます。お義母様。それを聞いて、安心いたしました」

「話半分に聞いて頂戴ね? 私の話は、あくまで予測。本当かどうかは、ダリウスに聞かなければわからないわ」

「はい……」


 義母からは遠回しに「白黒はっきりつけたほうがいいのではなくて?」と言われたが、こちらにもそれができない事情がある。


(事を荒立てるのは、よくないわね……)


 やはり、ダリウスが話してくれる日がくるのを待つべきだ。

 ラシリネが彼女に深々と頭を下げると、一心不乱に絵を書いていた画家から注意されてしまう。


「動かないでください!」

「も……!」


 こちらが慌てて再び謝罪をするため、声を発した時だった。


「――夫よりも先に、異性へ花嫁姿を見せるとは……。君は本当に、俺を嫉妬させるのがうまいな……」

「へ、陛下……!?」


 外側から扉が開き、紫色の瞳を苛立たしげに細めた彼の姿が視界に入る。

 ダリウスは胸元で両腕を組み、明らかに激怒していた。


(この日のため、正装に身を包んでくださったのに……。これでは、台無しだわ……)


 ラシリネはどうすれば皇帝の機嫌を治せるのかがわからぬまま、おろおろと視線をさまよわせるしかない。


「あらあら。予想よりも準備ができるの、早かったみたいね?」

「なぜ俺に無断で、画家を呼んだ」

「殿方だと知ったら、許可など得られないでしょう?」

「当然だ」

「彼、早筆で有名なのよ。粗方下書きが終われば、あとは画廊に籠もって作業してもらう約束なの」

「母上……」

「これは大帝国の守護聖女として名を後世に残すため、必要なことなのよ! わかって頂戴!」


 義母から説明を受けても、ダリウスは納得できない様子を見せた。

 しかし、下書きを確認した直後、彼の顔色が驚きの表情へと変化する。


「完成したら、手にできるんだろうな」

「もちろんよ! 報酬は、完成品と引き換えという契約ですもの」

「なら、いい」


 どうやら、画家の描くラシリネの絵は、あれほど難色を示していた皇帝が即座に態度を軟化させるほどに素晴らしい出来であったらしい。

 聖女は苦笑いを浮かべながら、危機を察して帰り支度を始めた画家へ話しかける。


「完成するのが、楽しみです」

「ご期待に添えるよう、精進いたします。では、私はこれで……」


 男性はダリウスに睨みつけられながら、大切そうに描きかけの絵を布に包んで背負い、去って行った。


「世界で一番幸せを感じるべき新郎新婦が、そんな顔をしていてどうするの?」

「誰のせいだと、思っているんだ……」

「民に心配をかけたくないのであれば、式が始まるまでにきちんと幸せいっぱいな姿を見せること! それじゃあ、わたくしは席を外すわね」

「お、お義母様……!?」

「おいで、スノーエル。こっちよ!」

「わふん!」


 彼女は怒りを隠しきれない様子の息子とこのまま一緒にいたら、さらに彼の機嫌を損ねてしまうと考えたのだろう。

 神獣に合図を送ると、こちらにウインクをしてから出て行ってしまった。


(ふ、2人きりになってしまったわ……!)


 聖女のそばには、いつだって神獣がいる。

 2人きりで話す機会は、これまでほとんどなかった。

 そのため、ラシリネは緊張を隠せない様子で椅子に座ったまま硬直する。


「ラシリネ……」


 こちらまで歩み寄ったダリウスは、何か言いたげに真正面で立ち止まる。

 このまま抱きしめたかったようだが、恐らくウエディングドレスに飾りつけられた胸元の花々が散るのを恐れたのだろう。

 わざわざ後ろに回って抱き寄せてくるあたり、どうにか普段の冷静さを取り戻せているようだった。


「不安にさせてしまいましたか?」

「当たり前だ。今でも、腸が煮えくり返っている……」

「そんなふうには、見えませんけど……」

「君の前では、いつだって冷静沈着な皇帝でありたいんだ。わかるだろう?」


 ラシリネにとって理想の聖女像があるように、彼にも目標とする皇帝像がある。


(きっと、そういう事なのね……)


 ラシリネは無理やり納得すると、小さく頷いて彼の言葉に同意した。


「ああいう時は、母上の言葉に従わなくていいんだ。俺の元へ、逃げてきてほしい」

「はい。今度は、そうしますね」


 ラシリネだって、理由がなければ大人しくなどしていない。

 今回自分が黙って絵画のモデルになったのは、「彼の準備が終わるまで」と言う条件があり、「2人きり」ではなかったからだ。


(陛下の心を乱すくらいなら、お義母様の提案を呑まなければよかったかしら……)


 肩越しに伝わるダリウスのぬくもりを感じながら、ラシリネはどこか困ったように金色の瞳を伏せる。

 だが、それも一瞬だけだ。


(彼女の提案を受けたおかげで、式が始まる前にダリウス様が私を深く愛してくださっていると実感できたんですもの。これほど、喜ばしいことはないわ)


 今は悲しむよりも絶えず笑顔を浮かべ、この状況を楽しむべきだ。

 ラシリネはそう開き直ると、己の首元に回った逞しき腕へ手を伸ばした。


「私は今回の選択を、後悔していません」

「ラシリネ……」

「数分にも満たない短い時間だけかも知れませんが、ダリウス様と2人きりになれましたから」

「な……っ」


 彼は己が口にした何気ない言葉が、よほど嬉しくて仕方がなかったようだ。

 絶句したあと、小刻みに全身を震わせる。


「普段の冷静沈着な姿も、とても素敵ですが……。かわいいところが見られるのは私だけだと思ったら、なんだかとっても誇らしい気持ちでいっぱいです!」


 もっと彼の狼狽える姿が見てみたいと言わんばかりに明るい声を発すれば、自身を抱きしめる腕の力が強まった。

 それに驚いている間に、感情を押し殺した言葉が囁かれる。


「このまま君を攫って、俺しか触れ合えない場所に閉じ込めてしまいたい……」

「そんなことをしなくたって、私はどこにも逃げませんよ?」

「ラシリネ……」

「ずっと、そばにいます。私はダリウス様が、大好きですから!」


 ――外側から、扉を叩くノックの音が聞こえる。

 そろそろ、結婚式が始まる時間のようだ。

 ラシリネは最愛の皇帝と指先を絡め合い、席を立つ。


「参りましょう!」

「ああ……」


 2人は手を繋いで、控室を出た。

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