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その後の2人

 アデラプス王国が陛下のものとなり、ラシリネが障壁を展開してから数カ月の時が経つ。

 話し合いの末、王位を剥奪された元国王は、人里離れた田舎町で静かに余生を過ごすことになったそうだ。

 そして、偽聖女を騙り禁忌とされる魔具を使って闇のオーラが含まれた障壁を展開し、人々を恐怖に陥れた妹は――。


『ラシリネの受けた苦しみを、味わえ』


 ダリウスの強い要望により、追放処分が言い渡された。

 当然「着の身着のままで放り出されるなんて冗談ではない」とアオリは抵抗したが、彼女は罪人だ。

 聞き入れられるはずもなく、妹は自分と同じように魔獣が生息する森の近くへ追放された。


 それから彼女がどうなったか、ラシリネに知る術はない。


(陛下のことだもの……。きっとあの子の行く末は、きちんと把握しているんでしょうけれど……)


 己のように魔獣に襲われるか、親切な村人が偶然通りかかって助かるか、持ち前の明るさと大胆な性格により、獣達を味方につけるか――。

 とにかく、ラシリネにできるのは1つだけだ。


(アオリは確かに、賞賛を受けるために人々を危険に晒したわ。けれど、罪の意識はなかった……)


 妹に複雑な感情をいだきながら、胸元で両手を組んで祈りを捧げる。


(彼女の行く末に、幸多からんことを……)


 白、紫、ピンク。

 色とりどりのシラネアオイが美しく咲き乱れる中庭でアオリのことで頭がいっぱいになっていた聖女は、偶然通りかかった陛下に声をかけた。


「俺と、結婚してくれないか」


 その後、合流した彼からプロポーズを受けた瞬間、思考が停止した。


(こんなに早く、陛下のほうから夫婦になりたいと言ってくれるなんて、思わなかったわ……)


 自国の聖女としてつねに人の顔色ばかりを窺ってきたからこそ、他者の些細な表情の変化に敏感だ。

 だから、どれほど感情の起伏が乏しい彼が表に出さないように気をつけていたとしても、すぐに分かった。


(陛下は、何かを隠している。あの時から、ずっと……)


 10年前のあの日。

 彼の手を突っぱねて聖女として名乗り上げたのは、「何を犠牲にしても、ラシリネをそばに置いておきたい」と言う想いを感じ取ったからだ。


(直接、言ってくれたらよかったのに……)


 ダリウスはなぜか、己に対する想いを頑なに秘める方へ舵を切った。

 神が間に入って取り持ってくれなければ、2人は今もすれ違っていただろう。


(それだけ、私には伝えづらいことなんでしょうけれど……)


 こちらに隠し事を打ち明ける勇気が出るまで、陛下がプロポーズをしてくるわけがないと思っていたからこそ、彼の決断には驚きを隠せない。


(ダリウス様はきっと、決心したのよね。今まで通り秘密を抱え、この先も歩んで行くと……)


 ラシリネはプロポーズを素直に喜べず、内心落胆していた。


(私はそんなに、頼りないのかしら……?)


 秘密を打ち明けられるほど、信頼していないと言われているようにしか思えなかったのだ。

 先程「準備ができたらでいい」と言ってしまった手前、「夫婦になるのを了承する代わりに隠していることを話してほしい」と交換条件を持ちかけるのすら叶わない。


(こんな状況で、なんでも話し合える夫婦になんてなれるのかしら……?)


 ラシリネはここで「嫌です」と断りたい気持ちをどうにかぐっと堪え、考え直す。


(プロポーズを断ったら、信頼関係が損なわれてしまうわ。最悪の場合、二度と話しかけてもらえない……)


 2人の関係が悪化すれば、恋人ではなくなる。

 再び聖女と皇帝に戻ったら、きっとこうして触れ合う権利すらも奪われ、言葉を交わす機会も得られない。


(そんなの、耐えられないわ……!)


 10年もの長い時をかけて、ようやく最愛の人と結ばれたのだ。

 たとえ彼が自分には吐露できない秘密を抱えていたとしても、彼のそばにいる権利を手放す理由になどならない。


「私でよければ、ぜひ! よろしくお願いいたします……!」


 ラシリネは彼の首筋に両手を絡め、満面の笑みを浮かべて告げた。

 ダリウスはまさかいい返事が得られるなど思っていなかったようで、随分と戸惑っている。


「本当に、俺の妻になってくれるんだな……?」

「お断りしたほうが、よかったのでしょうか……?」

「あり得ない!」


 彼はラシリネをいだく力を強めると、今にも泣き出しそうな声音で囁いた。


「一生、大切にする」

「はい。いつまでも、ずっと一緒ですよ!」


 2人は想いを通じ合わせた喜びを分かち合うべく、どちらともなく唇を触れ合わせようとして――。


「わふん!」


 いつの間にかそばにやってきた神獣の鳴き声によって、口同士がくっつき合う前にピタリと止まった。


「神様……?」

「わふ?」


 ラシリネはてっきりスノーエルの器を借りて神が降りてきたとばかり考えていたのだが、神獣は「一体なんの話?」とでも言わんばかりに首を傾げる。

 どうやら、1人遊びをし飽きただけらしい。


「わふーん!」

「す、スノーエル!? ま、待って!」


 獣は2人が抱き合っているのが羨ましかったようで、「仲間外れにするな」と言わんばかりに突進してきた。

 ラシリネの静止も聞かずに勢いよく飛び込んできた大型犬を支えきれず、2人は地面へ倒れ伏す。


「服に汚れが……!」

「いや、いい。むしろ、目が冷めた」

「ダリウス様……?」

「俺は何があっても、君を愛し続ける。今までも、これからも……」


 紫色の瞳に確かな決意を宿し、愛を囁かれる。

 それを聞いて、頬を赤らめるなと言うのが無理な話だった。


「はい……」


 ラシリネはコクリと頷き、「自分も同じ気持ちだ」と言うように口元を綻ばせた。

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