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プロポーズ

 黒いオーラは魔獣ではなく、人間にも悪さする。

 その発生源が魔具の発動であり、浄化には聖なる力が必要だと知ってしまった以上、禁呪を乱用するわけにはいかなくなった。


(闇のオーラを生み出した原因は、あの女だ。そう人々へ信じ込ませるためには、もう二度と人には余るこの力が外部に漏れ出ないようにしなければ……)


 ダリウスは保管庫へ厳重に鍵をかけた。

 自分以外の誰にも、触れさせないようにするためだ。


(あとは、ラシリネが真実に気づかぬことを願うしかないな……)


 裏で妹に甘い言葉を囁いて手を組み、都合が悪くなったら切り捨てたなど知られれば、己に向けられる愛は憎しみにも変化しかねない。


(もう二度と、魔具に頼らざる終えない状況に、ラシリネが巻き込まれることがなければいいのだが……)


 ダリウスはいつか訪れるかもしれない危機を思い浮かべながら、その場を足早に立ち去った。


 ――アデラプス王国の面々と縁を切ってから、数カ月の時が経つ。


 領地を拡大したエヴァイシュ帝国は、いつの間にか民達の間で大帝国と呼ばれるようになっていた。


『我が大帝国を統べる、強固なる防御壁を生み出した聖女様だ!』

『彼女のおかげで、我々は魔獣に怯える必要はなくなった!』

『まさしく、大帝国の聖女と呼ぶに相応しい!』


 かくして彼女の2つ名はダリウスが扇動するまでもなく仰々しい名前へと変化し、民達からの信頼を勝ち取った。


『なんだか、恥ずかしいですね。私は、ハズレなのに……』


 ラシリネは人々から賞賛を受けるのを、あまりよしとしていないようだ。

 彼らに褒められるたび、どこか申し訳なさそうに金色の瞳を細める。

 自己肯定感の低さは、アデラプス王国で受けた扱いが尾を引いているせいだろう。


(俺が彼女にできるのは、ラシリネに愛を囁き、そっと寄り添うくらいだろうか……)


 皇帝なんて誉れ高い肩書きも、彼女の前ではなんの意味もなさない。

 ただの男が、人々から羨望の眼差しを向けられる聖女にしてやれることなど、たかが知れていた。


(それでも……)


 ラシリネの痛みに見て見ぬ振りをするよりは、よほどマシだろう。

 だからダリウスは、彼女に手を伸ばすのを諦めない。

 恋人を幸せにできるのは自分しかいないと言う自負が、あったからだ。


「ダリウス様!」


 執務室に向かう途中、中庭にいたラシリネに呼び止められた。

 すっかり彼女の守護犬と化した神獣は遠くでひらひらと空中を飛び回る蝶を追いかけるのに必死なようで、こちらをまったく気にする様子がない。


(まったく……。ラシリネに何かあったら、どうするつもりなんだか……)


 ダリウスは獣に対する失望の色を表へ出さないように気をつけながら、聖女の下へ向かった。


「呼び止めてしまい、申し訳ありません……」

「いや。ちょうど戻るところだった。会えて嬉しい」

「わ、私もです!」


 彼女は口元を綻ばせて、同意してくれる。


 過去を精算してから、ラシリネは今まで以上によく笑い、喜怒哀楽を表へ出すようになった。

 ダリウスはそんな聖女が、可愛くて仕方がない。


(ああ……。俺の聖女は、今日も可憐だ……)


 彼女の腰まで長い白髪と、花壇に咲き乱れる色とりどりのシラネアオイが、風に揺れる。


(俺もあの花や彼女のように穢れを知らず、綺麗なままでいられたら……。どんなによかったことか……)


 ダリウスはその光景に見惚れながら、彼女を手に入れるためにすべてを捧げてきた過去に思いを馳せる。


「そう言えば……。この間、お義母様に言われたんです。ウエディングドレスに、シラネアオイの花をつけるのはどうかって……」


 そんなこちらの思惑など知りもせず、ラシリネは己に背を向けたまま声を発した。


「こうして懸命に咲き誇る姿を見ていると……。人間の我儘によって摘んでしまうのは、あまりよくない気がしてきました……」

「随分前の話だろう」

「そうなんです」

「俺も許可している。花々がかわいそうだと言うのなら、また1から育て直せばいい」


 ラシリネは己の発言が不思議で堪らなかったようで、「意外だ」と言わんばかりにこちらへ振り向いた。

 彼女の顔には、「本当にいいのか」と疑問の表情が浮かんでいる。


「芽吹くまで、時間がかかりますよ?」


 ダリウスは「問題ない」と伝えるように、しっかりと頷いた。


「構わん。君と一緒なら、花々の成長をゆっくりと見守るのも悪くはない」

「ダリウス様……!」


 彼女は感極まった様子で、己の胸に飛び込んでくる。

 しっかりと抱き留めたダリウスは、罪悪感で押し潰されそうになった。


(俺は彼女のために、大罪を犯した。そんな自分が、彼女に触れる権利はあるのだろうか……)


 己が犯した罪の意識に、苛まれるからだ。

 何度自問自答を繰り返しても、答えは出ない。


(こんな状態で式を挙げて、本当にいいのか? ラシリネに嫌われるのを承知の上で、すべてを打ち明けなければ、一生彼女へ嘘をつき続ける羽目になる……)


 ダリウスは生涯口を閉ざし、何事もなかったかのように「清廉潔白な皇帝」を演じ続ける。

 それが、己の罰だ。

 楽になりたいなどと、願えるような立場ではなかった。


(覚悟はしていたつもりだが、思っていた以上につらいな……)


 ダリウスが顔に出さないように気をつけながら、紫色の瞳を開閉して仕切り直そうとした時だった。


「ダリウス様?」


 明らかに様子のおかしいこちらの姿を見て、些細な表情の変化を読み取るのに長けた聖女が、不安そうにダリウスの顔色を窺う。

 その度に「なんでもない」と言って誤魔化すが、それもいつか限界が来るだろう。


「つらい時は、遠慮せずに打ち明けてくださいね。私は、待っていますから。いつまでも、ずっと……」


 ラシリネだって、いつまでも無垢な少女ではない。

 こちらの思惑を、なんとなく悟っているのだろう。

 彼女はどこか切なげに遠くを見つめると、困ったように金色の瞳を細めた。


(俺の準備ができるまで、無理に聞き出そうとしないあたりが、ラシリネらしな……)


 ダリウスは彼女が聖女と呼ばれるに相応しきその優しさに触れて、泣きたくなるのをぐっと堪える。

 ラシリネに対する言葉では言い表しきれない想いを伝えるべく、少女を抱きしめる力を強めた。


「ダリウス様!? どうしたのですか?」

「ありがとう……」

「どう、いたしまして……?」


 驚く彼女の耳元で囁けば、困惑しながらも背中へ手を回してくれる。

 それが何よりも、ありがたかった。


(彼女が俺に愛を返してくれる限り、エヴァイシュ帝国の皇帝でいられる……)


 たとえ心の中にどれほど醜い感情が渦巻いていると知っても、彼女なら受け入れてくれるかもしれない。

 そんな希望にも似た都合のいい予感をいだいたダリウスは、勇気を出して一歩を踏み出す。


「ラシリネ。俺と、結婚してくれないか」


 彼女が好きだ。

 愛し続けてほしい。

 失望されたくなかった。

 ラシリネを手に入れるためには、こうするしか道がない。


 恋人に対するさまざまな感情が浮かんでは消えていく度に、ダリウスは思う。


(こんなふうに思うのは、俺が彼女を心の底から愛し、切望しているからだ……)


 己の悪行が露呈した際の対処法は、その時になってから考えればいい。

 大事なのは過去ではなく、これからどうするかだ。

 自身の罪を恥じ、ラシリネを手に入れるために奔走していた昔とは違うのだと実感させられたら、なんとかなるかもしれない。


(そうやって自分の都合がいい方向に考えるから、思い通りにならなかった時の絶望がより深まるのだろうな……)


 ダリウスは過去を思い出す度に気が滅入ってしまう自分に「このままではいけない」と何度も言い聞かせ、彼女の返事を待った。


(ここで嫌ですなんて言われたら、立ち直れそうにないな……)


 ラシリネのことだ。

 いくら神の公認を得たうえでの交際であったとしても、「想いを通じ合わせて恋人になれただけで、私は充分でした」と身を引く可能性も考えられる。


(断られても、何度もプロポーズをするくらいの気概でいなければ……)


 彼女の唇から返答が聞こえてくるまでの間は、実際には1分もなかっただろう。

 しかし、己にとっては永遠と呼べるくらいに待ち遠しく、そして気まずい時間であった。


(了承してもらえる、断られる……。5分5分だな……)


 ダリウスは頭の中で花占いを始めてしまうほど滅入っていたため、首筋に絡みついた彼女の重みを感じ取るまで気づけなかった。

 プロポーズの了承が、いい返事だと言うことに……。


「私でよければ、ぜひ! よろしくお願いいたします……!」


 その言葉を聞いた時、ダリウスは信じられない気持ちでいっぱいだった。

 てっきり、断られるとばかり思っていたからだ。


「本当に、俺の妻になってくれるんだな……?」

「お断りしたほうが、よかったのでしょうか……?」

「あり得ない!」


 不安そうに問いかけられた疑問に頷けば、彼女は自分のためを思って身を引こうとするのだろう。

 そんなの、許せるわけがなかった。


「一生、大切にする」

「はい。いつまでも、ずっと一緒ですよ!」


 神の祝福を受けた清廉潔白な聖女と、彼女には打ち明けられない秘密を持つ皇帝は、こうして夫婦になると誓い合った。

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