国王を王座から引きずり降ろして
「ひ、ひぃ……っ!」
妹がその場へドサリと倒れ伏す姿を目にした国王は、悲鳴を上げてその場に尻もちをついた。
まさか穴だらけの不完全な障壁しか生み出せなかったハズレ聖女が、闇のオーラを退けられるほどに成長するなど夢にも思わなかったのだろう。
今度は自分の番だと、怯えている。
「ハ、ハズレ聖女なんて言って、悪かった! 追放は、撤回する! 貴様こそ、真の聖女だ! 戻ってこい!」
国王はラシリネにさえいい思いをさせれば、痛めつけられるのを防げると悟ったのだろう。
甘い言葉を囁き、難を逃れようと試みる。
しかし、その主張を甘んじて受け入れるつもりなどなかった
「お断りします!」
「な、なぜだ!? 貴様はこの国の聖女になりたいのではないのか!?」
「アデラプス王国の武力では、この国を守りきれません。いずれ魔獣に食い殺され、誰1人残らないでしょう」
「だったら……!」
「私はダリウス様の治めるエヴァイシュ帝国を守りたいから、聖女になりました。民の命を1人でも多く救いたいと願うのなら、今すぐ王座を退いてください」
満面の笑みを浮かべて宣言したこちらの姿を目にして、絶望がより深まったのだろう。
男はみっともなく瞳から涙を流し、必死に懇願した。
「い、嫌だ……! なぜ、そんなことをせねばならんのだ……! 由緒正しき王家の血を引くのは、私だけ……! 絶やすわけには……!」
しかし、このまま彼が王座に座り続ける限り、この国は救われない。
ラシリネは優しい声音で語りかける。
「本物と偽物の区別もつかないあなたは、妹を本物の聖女だと偽ってこの国を守護させましたね」
「し、知らん! あの時は、本気で信じていた! 今では、反省している……!」
「不完全な障壁しか生み出せない私と、偽物だけれど立派な防護壁を張り巡らせたあの子。惑わされるのは、無理もありません」
「ならば……!」
「このまま黙って王座を退いてくだされば、それ以上の罰は与えないとお約束します」
「ほ、本当か……?」
「もちろんです。聖女に二言はありませんよ」
ダリウスは紫色の瞳を不快そうに歪めて、ラシリネの判断が納得できない様子を見せる。
しかし、たとえどれほど彼が嫌がっても、この提案を撤回する気などなかった。
(国王は、自らの死を恐れている……。ここで恐怖を和らげることさえできれば、あっさりと了承してくださるはずだわ……)
国王はこちらの目論見通りに動いてくれた。
何度も視線をさまよわせたのち――俯きがちに、渋々了承の声を発した。
「う、うむ……。では、その条件、呑むとしよう……」
「ありがとうございます!」
満面の笑みを浮かべてお礼を告げたあと、ラシリネはさっそく行動に移す。
1分1秒も、無駄にしている時間などないからだ。
部屋の隅で大人しくしていたスノーエルに視線を移し、大声で叫ぶ。
「神様! アデラプス王国の王が、王座を退きました! 偽聖女アオリも、この国を守護する資格を失っております!」
「これより、この領土はエヴァイシュ帝国のものとする」
その宣言を受けて、待っていましたとばかりに神獣の中へ神が降りてきた。
『ラシリネ! よくやった! あんたの力をあのいけ好かねぇ奴に見せつけて、ぎゃふんと言わせてやれ!』
「はい!」
ラシリネは神の指示を受け、胸元で組んでいた両手を大きく開く。
その後、祈りを捧げた。
(民を守る、強固な防蟻壁を……!)
その願いは天に通じ、みるみる内に完璧な障壁が生み出された。
「奇跡だ……」
その様子を目にしていた国王は、瞳から大粒の涙を流して謝罪を繰り返す。
どうやらようやく、心の底から自分を「ハズレ聖女」と罵倒し、この国から追放したのを反省できたようだ。
「すまなかった……! 本当に……!」
「もう、いいですよ」
「許して、くれるのか……?」
「そうして己の罪を認められる人は、強い人です。これから理不尽な扱いを受けることも多くなるかもしれませんが……。諦めなければ、いつかはきっと、あなたにも幸福が訪れるはずです」
「ありがとう……」
「どう、いたしまして!」
ダリウスが、何かを言いたげにこちらを見ている。
謝罪を素直に受け取るなど、愚の骨頂だとでも言いたいのかもしれない。
「アデラプス王国の元国王は、王座を退きました。それが、彼の罰です。それ以上は、望みません」
「そうか……」
陛下は納得がいかない様子で倒れ伏す妹と、力なく床に座り込む国王を見ていた。
しかし、ここで事を荒立てたところで無意味だと悟ったのだろう。
小さく頷いたあと、こちらに向かって手を伸ばす。
「用は済んだ。長居は無用だ」
『その通り! 目的も達したし、撤収しようぜ! あとはお若い2人で、幸せにな!』
ラシリネはすぐさまダリウスの手を取ろうとしたが、既のところで指を止める。
神の言葉が、脳内に響いたからだ。
「ラシリネ?」
「い、いえ! 神様が天界へお帰りになる際、口にした言葉を気にしてしまって……」
「まったく。あの男は……」
皇帝は呆れたように吐き捨てたあと、中途半端に空中で止まっていた指先を絡め合う。
離れないように、強く。
「帰ろう。我が王城に」
「はい!」
ラシリネは最愛の皇帝と繋いだ指先から伝わる熱を思う存分堪能し、幸福感でいっぱいになりながら帰路についた。




