姉と妹(2)
「なんで、あたしの邪魔をするのよ!? あんたは、そいつと幸せになれたらそれだけで満足なんでしょう!? 誰のおかげで、この国の聖女を辞められたと思ってんのよ。あたしのおかげでしょ……!?」
「アオリ……」
「あたしも、あんたみたいに賞賛されたかった。たった1人でいいから、愛されたかった。それだけなのに……。なんでこんなに痛い思いをして、苦しんで、聖女の座から引きずり下ろされなきゃいけないの……!?」
「それはあなたが嘘をつき、禁忌とされる魔具の力を借りて神様を騙したからです」
妹の絶叫を耳にしたラシリネは、不思議で堪らなかった。
(あんなにも両親から愛されていたのに、なぜそれをなかったことにできるのかしら……?)
両親からの愛を得られなかった自分にとって、ダリウスは唯一と言ってもいい心の支えであった。
(陛下がいなければ、私も彼女のように愛を求めて暴れ狂うバケモノになっていたかもしれないわ……)
彼女は幼い頃に大好きな少年と出会えなかった、己の成れの果てだ。
(そんなふうに思って同情していると知ったら、もっと怒られてしまいそうね……)
ラシリネはみっともなく倒れ伏すアオリをじっと見下す。
そんなこちらの姿が気に食わなかったようで、妹は「自分は悪くない」と言わんばかりに再び声を荒らげた。
「だって! そうしなきゃ、あんたは幸せになれなかったのよ!? 神を欺いた? だから何!? あたしは功労者なの!」
「確かにアオリは、私にとっては恋のキューピットであったかもしれません……」
「それを認めたのなら、さっさと――」
「しかし、あなたが自分こそが聖女だと偽って神を欺いたせいで、アデラプス王国の民は苦しみました」
誰かが現実を突きつけてやらなければならないのであれば、事情を知る身内の自分が代表し、面と向かって打ち明けるのが一番だ。
こうしてラシリネは、いつまで経っても、己の非を認める気が一切ない妹に向けて語り出す。
アオリにとっては、残酷すぎる真実を――。
「は? あたしは穴ボコだらけで不完全な姉様の障壁よりも、立派な防御壁を国中に張り巡らせたのよ!? そんなわけ無いないでしょ!?」
「あなたが生み出した防護壁には、人々を凶暴化させる闇のオーラが仕組まれていたのです」
「な、何よそれ……。あたしが、自分でも気づかぬうちに悪いことをしてたとでも言いたいの……?」
「残念ながら……」
今まで善だと信じていた行いが、悪行だと指摘されたのだ。
素直に受け入れられるはずもなく、桃色の神を揺らしながらアオリは絶叫した。
「嘘よ! そんなの、あり得ない! あたしはみんなのために! 姉様の名誉を挽回しなくちゃって頑張ったの!」
「アオリ……」
「たとえ聖なる力を生まれ持っていなくとも、魔具の力を借りればきっと、立派な聖女になれるって! ずっと行動していたのに! その努力が全部、空回りしていたとでも言うわけ!?」
聖なる力を生まれ持った自分と、なんの力も持たずに姉の尻拭いをしなければならなくなった妹は、きっと同じ物を目にしていても見え方が違うのだろう。
だから、こんなふうに反発する。
いくら話し合っても解決できない深い溝が生まれてしまった。
(見て見ぬふりをするのは、簡単だわ……)
彼女のためを思うのならば、「よく頑張ったわね」と慰め、優しく抱きしめてあげるべきなのだろう。
しかし、アオリは無意識とは言え国民達を危険に晒している。
それに反省の色が見えない以上、ラシリネは厳しく叱咤しなければならなかった。
「あなたは正義だと思っていたとしても、私達からしてみれば、その行いは悪だったんです。どうか、わかって頂けないでしょうか」
しかし、自分だって鬼ではない。
一度だけ、彼女にチャンスを与えると決めた。
ここで「罪を認める」と宣言すれば、更正を促す。
だが、もしも――。
己の罪から目を背けるようなら――。
「嫌よ! あたしだけ悪者になるなんて……! そんなの、絶対に無理!」
ラシリネは容赦なく、彼女に罰を与えるべきだ。
「そうですか……」
金色の瞳が、心底不快だと言わんばかりに歪められる。
だが、妹はそんな姉の表情に気づけずにいた。
彼女は身の潔白を証明するのに、必死だったからだ。
「こんなことなら、あいつの言うことなんて聞かなければよかった!」
アオリは苛立ちを隠せない様子で、気になる言葉を口にした。
(まるでこの子1人が計画を企て、実行に移したわけではないとでも言わんばかりの口振りね……)
もしも彼女に協力者がいるのであれば、一体誰なのだろう?
(魔具をどこから入手したか、まだ不明ですもの。アオリを無効化すればすべてが終わるなんて、思ってはいけなかったのかもしれないわ……)
己にあとがないと知り、追い込まれた妹がいつも以上に饒舌な様子で声を荒らげる姿を見ながら、ラシリネはどこか困ったように金色の瞳を細めた。
「そうすれば、あたしは……! 少なくとも、罪人なんて呼ばれずに済んだ! そう! 全部! こいつのせいよ!」
――そうこうしている間に、アオリが黒幕だと断言する「あいつ」が「こいつ」に変わった。
それは、この場に彼女の想像する人間がいると言うことだろう。
(考えられる可能性は……)
ラシリネはすぐさま思い当たる節へ視線を移し、その人物を非難しようとした時だった。
「妹君は精神的に追い込まれ、頭がおかしくなってしまったようだ。休ませてやるべきだろう」
己の耳元で、最愛の男性が助言をしてくれたのは。
ラシリネはダリウスの口にした言葉の真意を探るべく、後方を見上げる。
彼がしっかりと頷くあたり、このまま半狂乱に陥った彼女へ聞き取り調査を行ったところで、真実に辿り着ける可能性は低いと言いたいのかもしれない。
(そう、ね……)
ここで悠長に話をしている時間は、自分達にはなかった。
今も障壁が解除された市井では、魔獣を退けるべく王立騎士団が戦っている。
早くこの領土をエヴァイシュ帝国のものだと神に認めてもらわなければ、死人が出るかもしれない大変危険な状況だ。
(迷っている暇なんて、ないわ。最優先するべきは、妹の事情徴収ではなく――国王による降伏宣言!)
ラシリネは金色の瞳に確かな決意を宿らせると、再び胸元で祈りを捧げる。
「あなたの内に宿る闇のオーラは、すべて浄化したつもりでしたが……。今もまだ、あなたを惑わせているのかもしれないですね」
「そいつの言葉に、惑わされないで! あたしは、正常よ! 信じて!」
「今、楽にして差し上げますから……」
「姉様……っ!」
赤紫色の瞳が、救いを求めるように潤む。
(姉として、妹の危機を救うのは当然よね……)
ラシリネは再び彼女に向かって祈りを捧げると、負の感情を増強させていた闇のオーラを浄化した。




