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姉と妹(1)

「ラシリネ」

「はい」

「覚悟は、できたか」

「もちろんです」


 ダリウスの庇護下から抜け出て、自分の足で大地を踏みしめる。

 金色の瞳には、確かな決意が宿っていた。


「陛下」

「ああ。頼む」

「開けます……!」


 2人は王立騎士団の面々によって勢いよく開け放たれた扉を潜り、突然の侵入者に驚く人々の前へ躍り出た


「全員、動くな!」

「き、貴様は……!」

「俺はエヴァイシュ帝国の皇帝、ダリウスだ!」

「聖女ラシリネです」

「な……! なぜ、ここにいる……!? 追放したはずでは……!?」


 国王が驚くのも無理はなかった。

 本来であれば、ラシリネは再び自国に足を踏み入れる資格がないのだから。


(ここは彼との仲を、アピールするチャンスね!)


 嬉々として勝ち誇った笑みを浮かべると、国王とその場にいた妹を冷え冷えとした表情で睨みつけるダリウスに腕に纏わりついた。


「陛下が路頭に迷った私を、拾い上げてくださったおかげです!」

「そ、その女は我が国で、ハズレ聖女と呼ばれていたのだぞ!? それを拾って自国の聖女の聖女として祀り上げるなど……! 気が触れているとしか思えん!」

「貴様がラシリネを手放してくれたおかげで、我が帝国は強力な防御壁を生み出す聖女を手に入れた。感謝しても、したりないくらいだ」

「ありがとうございました! 私は今、あなたのおかげでとっても幸せです!」

「な……っ!」


 ここぞとばかりに上機嫌で畳みかけるこちらの発言が、信じられないのだろう。

 国王は「苛立ちと嫉妬でどうにかなりそうだ」とでも言わんばかりにプルプルと身体を小刻みに震わせると、額に青筋を立てた。


「あ、あんたがここにいるってことは……! あたしの結界を破壊したのは、姉様なの!?」


 その様子を隣で目にしていた妹は、驚愕で瞳を大きく見開いた。


(無視するのは、きっとよくないわよね……)


 ラシリネはアオリを傷つけないためにあえて気を回し、その疑問に正々堂々と答えた。


「はい! あの防護壁は、欠陥品でした。この国に張り巡らされている限り、民が魔に魅入られ続けてしまう……。仕方のないことでした」


 本来聖女は、自国に張り巡らされた結界が何者かの手によって破られたなら、瞬時にそれを悟れる。

 本物であれば「魔獣か人間か」までわかるはずなのに、それを把握できていない時点で彼女が偽物なのは明らかだ。


 だが――こちらの説明を聞いても、偽聖女は己の張り巡らせた結界が破壊された理由を、どうしても納得できないらしい。

 彼女は苛立ちを隠しきれない様子で、怒声を響かせた。


「結界がなくなればどうなるかくらい、あんたにもわかるでしょ!?」

「ご安心ください! 魔獣の群れは、陛下の従えた王立騎士団の尽力により、完全に制圧しています! あとは、この国を我が帝国の手中に収め、私がこの領土を守護するだけで、すべてが丸く収まるはずですよ!」


 ラシリネが屈託のない笑みを浮かべ、悪びれもなく無邪気に語る現状が恐ろしくて仕方がないのだろう。

 アオリは己の身に危機が迫っていると知って恐怖に震えたあと、ダリウスに視線を移動させて絶叫した。


「裏切ったのね……!」


 赤紫色の瞳には、皇帝に対する憎悪がありありと見て取れる。


(アオリは、私と同じ勘違いをしていたのかしら……?)


 ラシリネは、なんとも言えない表情で妹を見つめる。

 ダリウスと想いを通じ合わせていなければ、自分が彼女の立場であった可能性もあったからだ。


(きっと自分こそが陛下の寵愛を受けているに違いないと信じて疑っていなかったから、姉である私を選んだのが信じられないのね……)


「どいつもこいつも……! あたしにかわいそうなものを見る視線、向けないでくれる!? 不快で仕方ないのよ!」

「ご、ごめんなさい……。あなたのことを思ったら、冷静ではいられなくて……」

「もういいわ! 聖女なんて、辞める! あとはあんたらだけで、なんとかしてよね!」


 アオリは苛立ちを隠しきれない様子で胸元につけていたネックレスを勢いよく引っ張り、床に叩きつける。


(あれが、元凶だわ……!)


 そのモチーフに障壁へ張り巡らせられていた闇のオーラとそっくりなものが纏わりついているのに気づき、ラシリネは慌てて地を蹴った。


「ラシリネ!」


 それが破壊される前に浄化しなければ、大変なことが起きるような気がしたからだ。


(たとえみっともなく地べたを這いつくばるとしても、構わない……!)


 ラシリネは勢いよく小さな身体を滑らせ、どうにか振り上げた妹の足が魔具へ当たる前に掬い上げる。


「駄目だ! すぐに、その魔具から手を離せ!」


 後方からダリウスの怒声が響き渡るが、ラシリネはそれに従うわけにはいかなかった。

 魔具に触れたおかげで、その効果が手に取るようにわかるからだ。


(神様はこの魔具に込められた闇のオーラと、聖なる力を勘違いしたのね……)


 ――つまり、これさえ浄化してしまえば、アオリが聖女と誤認されなくなる。

 解任式をする必要なんて、ないのだ。


「アオリは、この地を見捨てるとはっきり宣言いたしました! 神様! 聖女になる資格が妹にはないと、今から私が証明します……!」

「や、やめろ! 彼女は貴様なんかよりも素晴らしく可憐な聖女なのだ! 辞められては困る!」


 国王は焦ってラシリネを止めようとしたが、己を守るように庇い立ったダリウスがあっという間に無効化したおかげで、大人しくなる。


「ひ……っ」


 胸元で両手を組んで祈りを捧げていると、妹の引き攣った悲鳴が聞こえてきた。

 いくら魔具を手放していたとしても、彼女は契約を交わした身だ。

 闇のオーラが浄化されない限りは、その効果は永遠に持続し続ける。


(むしろ、このままの状態で器を破壊するほうが厄介だわ……)


 言いようのない怒りをぶつけて粉々に砕け散った魔具は、その感情を吸収して新たな脅威へと生まれ変わる。

 ラシリネは妹を守るために、闇のオーラを消し去ろうと必死になって祈りを捧げた。


「う……っ。ぁ、あ……! 痛いっ。苦しい……っ。つらい……!」


 しかし、アオリにとってはそれが「無駄」で、「己の苦痛を増強させる手段」でしかないのだろう。

 彼女は身体をくの字に曲げて呪詛を吐き出しながら、こちらへ手を伸ばす。


「こう、なったら……! あんたも、道連れよ……!」


 赤紫色の瞳に憎悪を孕ませ、地を這うような声が聞こえてくる。


(ここにいるのが、私1人なら……。きっとその声に怯えて、浄化するのを止めてしまっていた……)


 ――だが、ここには世界で一番信頼しているダリウスの姿がある。

 妹を救えるのが自分だけと来たら、彼女の願いに寄り添って祈るのを止めるなんて絶対にありえなかった。


「アオリ……。痛いのは、一瞬だけです。すぐに、苦しみから解放して差し上げます……!」

「いや……っ。いやぁああ!」


 闇のオーラを満足に扱えない偽聖女と、大好きな人と想いを通じ合わせたおかげで聖なる力を増幅させた本物の聖女では、前者に勝算などない。

 妹は抵抗虚しく、断末魔を上げてその場に崩れ落ちた。


 ――その姿はまるで、糸の切れた人形のようだ。


(よかった……。もう、闇の気配は感じられないわ……)


 背筋が凍るような闇のオーラは、聖なる力によって無事に浄化できたらしい。

 ラシリネはほっとした様子で手にしていたネックレスのモチーフを投げ捨てると、履いていた靴の細長いヒール部分を使って勢いよく踏みつけた。


「えいっ」


 かわいらしく声を上げて容赦なく何度も叩きつけることで、ようやく魔具が粉々に砕け散る。


(こうして破壊しておけば、もう二度と悪知恵を働かせようと目論む人は現れなくて済むはずよね……?)


 ラシリネはしばらく割れたガラス片をじっと見つめていたが、前方からボソボソと聞き取りづらい女性の声を耳にして、そっとそちらの様子を窺った。

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