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聖なる力の発動と拒絶

「母上……!」

「かわいいところもあるでしょう?」

「は、はい……!」

「ラシリネ! 同意など、しなくていいんだぞ!?」


 彼女に促され、ついつい頷いてしまった。

 そんなラシリネにショックを受けた陛下は、苛立ちを隠しきれない様子で怒声を響かせる。


 妻と息子の姿を目にした前皇帝は、おかしくて堪らないと言わんばかりの意図を含ませながら、冷静な言葉を吐露した。


「普段は冷静沈着な息子が、ここまで感情を揺れ動かすとは……。やはり君は、ダリウスにとってなくてはならぬ存在のようだ」


 彼の父親からそんなふうに思ってもらえるなど、夢のようだ。


(光栄だわ……)


 ラシリネが満面の笑みを浮かべて会釈を返すと、微笑みを浮かべた皇太后が歌うように声を発する。


「息子に親近感が湧くようなエピソードは、まだまだあるのよ」

「母上……。もう、止めてくれ……」

「いいえ。離れていた間の長い時間で、どれほどあなたがラシリネちゃんを思っていたのか。知ってもらわないと……」


 陛下は恥ずかしくて仕方がないのか、ついに頭を抑えて懇願し始める。

 しかし、そんな息子の姿を見ても、皇太后は容赦ない。


「お見合いを勧めたら、自分には心に決めた人がいると豪語するほどですもの。ダリウスは一度こうと決めたら、絶対に曲げない子よ。きっと、その通りになるわ」


 クスクスと笑い声を上げて嬉しそうに紡がれた言葉を聞いた直後、ラシリネは冷や汗が止まらなかった。


(陛下には幼い頃から、心に決めた人がいるのね……)


 それが自分であるなど自惚れられるはずもなく、盛り上がる夫妻と彼の姿を横目に、どんどんと気分が急降下していく。


(血の繋がった家族よりも大切な人達に、再会を喜んでもらえた。それだけで満足できれば、どんなによかったことか……)


 陛下と再会して王城に迎えられた時点で、彼に嫌悪感をいだかれているわけではないのは明らかだ。

 もしかしたらずっと一緒にいられるかもなんて不相応な願いをいだいたから、おかしくなった。


(いつものように心を殺して。周りのことなど気にせずに一生祈りを捧げ続ければ、傷つかなくて済む……)


 ラシリネは指先を胸元まで持ってくると、ガタガタと小刻みに全身を震わせながら指先を重ね合わせた。


「ラシリネ?」


 その尋常ではない様子を見かねた彼が、心配そうに声をかけてくる。

 だが、祈ることに夢中の少女は気づけない。


「嫌なことを、思い出させてしまったかしら……?」

「今の会話に、ラシリネ嬢が傷つくような不自然な点はなかったはずだ」

「ならばなぜ、彼女はこんなにも怯えている?」

「それを確かめるのが、お主の役目であろう」


 父親に促された息子は、難しい顔をしながら思案を続ける。

 その後、紫色の瞳を妖しく輝かせると、こちらの右肩へ触れようと手を伸ばし――。

 そうして、不思議な現象が起きた。


 ――バチッ。


 彼の指先が透明な壁に挟まれ、雷のような衝撃波が走ったのだ。

 これにはラシリネも驚きを隠せぬまま、祈るのを止めて目を見張るしかない。


(どうして……?)


 自分が聖女としてできるのは、国全体に障壁を張り巡らせることだけ。

 こんなふうに己の身を守るなんて、不可能なはずだった。


「これって、聖なる力よね……?」

「うむ。彼女を守ろうとしているようだ」

「ダリウス! ラシリネちゃんに、何をしたの!?」

「母上……」


 己の身を守る術を無意識とはいえ展開できたのは喜ばしいことではあるが、大好きな彼が差し伸べてきた手を弾いてしまった件に関しては、悪手としか言えない。


(このままだんまりを決め込んでいたら、陛下が悪者にされてしまうわ……!)


 前皇帝夫妻による疑いを晴らすため、ラシリネは慌てて声を張り上げた。


「ち、違います! 陛下は、何も悪くありません!」

「でも……。ラシリネちゃんは、ダリウスを拒んだわよね……?」

「そ、それは……」


 こちらが気まずそうに言い淀めば、皇太后の表情がさらに曇る。

 それが自分を心配しているせいだとよくわかっているため、余計に心苦しくて堪らない。


「女の子同士で、お話をしましょうか?」

「母上」

「い、いえ……っ。だ、大丈夫です! 今すぐにここで、証明します……!」


 前皇帝夫妻は、不思議そうに顔を見合わせる。

 どうやって白黒はっきりとつけるのかと、不思議で仕方がないのだろう。


(大丈夫……。陛下は、私の唯一信頼のおける殿方ですもの……)


 どれほど想いを募らせたとしても、結ばれることはない。

 それに気づいて、強いショックを受けてしまった。

 だが、聖女の掟を忠実に守り続けるのであれば、どちらにせよ陛下の妻になることは叶わない。

 ならば、今まで通り昔馴染みとして接するのが一番だ。


(陛下が私以外の淑女と結ばれたとしても、泣かない。きちんと、祝福しよう……)


 最愛の人が喜ぶ姿を見るだけで、自分もきっと幸せな気持ちでいっぱいに包まれるはずだから……。


「も、もう一度……! 私に、触れてください!」

「いいのか……?」

「もちろんです!」


 ダリウスは一度失敗した手前、もう一度拒絶されたらどうしようと怯えているのかもしれない。

 恐る恐る、こちらにゆっくりと手を差し伸べてくる。


(先程とは、真逆みたいね……)


 ラシリネは緊張の色を隠せぬ想い人の姿がおかしくて堪らず、くすくすと声を上げて笑う。

 その後、自ら彼と指先を触れ合わせた。


「ラシリネ……!」


 陛下は慌てて握りしめられた手を離そうとしたが、少し触れ合った程度では検証結果がうまく伝わらない。

 指先を絡めて離れないように恋人繋ぎをしてから、歌うように言葉を紡ぐ。


「そんなに怯えなくても、大丈夫でしたよね?」


 ラシリネは口元を綻ばせたあと、心の中でまだ見ぬ陛下の想い人へ謝罪する。


(陛下の想い人様。申し訳ありません……。ダリウス様とあなたが結ばれた暁には、自らの意思で触れ合わないと誓いますから……。どうか、今だけは……)


 神に背き、己の欲望だけに忠実となったことを許してほしい。

 そんな懺悔にも似た想いを抱きながら、彼と繋いだ指先から伝わる熱を堪能した。


「わたくし達の、勘違いだったみたいだわ……」

「うむ。聖なる力の、暴走やもしれん……」


 前皇帝夫妻は何か言いたげに顔を見合わせながらも、どうにか納得してくれたようだ。

 ラシリネはほっと胸を撫で下ろし、浮かない顔の皇帝を覗き込んだ。


「嫌われていたら、どうしようかと思った……」

「ご心配には、及びません。陛下は私にとって、命の恩人ですよ? 生涯、お慕いし続けます!」

「く……っ!」


 屈託のない笑みを浮かべて元気よく声を発すれば、なぜか彼は左手で口を覆って、プルプルと小刻みに震えてしまった。


(なんだか、耳が赤いような……? 喉に何か、詰まらせてしまったのかしら……?)


 ラシリネは見当違いな心配をしたあと、「陛下の体調が早くよくなりますように」と願う。

 その後、ダリウスの背中を開いている手で優しく擦ったのだった。


「お熱いわねぇ~」

「うむ。実に初々しい」


 前皇帝夫妻はそんな2人の姿を目にして、微笑ましい気持ちでいっぱいのようだ。


(いけない……! 前皇帝の前で、こんなこと……! はしたないと思われてしまうわ……!)


 彼らに茶化されたことで気恥ずかしさをいだき、自らの意思で繋いだ指先を離す。

 その様子を目にした陛下がすぐさま口元を塞いでいた左手を外し、残念そうにしているのが印象深かった。

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