愛の力(1)
「やっぱり、愛の力って偉大ねぇ~」
陛下と想いを通じ合わせてから、数週間の時が経つ。
息子と聖女の姿を陰ながらに見守り静養していた皇太后は、神獣とともに姿を見せた自分に対し、うっとりと赤紫色の瞳を細めて告げた。
(妹とよく似た色の瞳を持っているのに、感じ方が全然違うのね……)
アオリは勝ち気な性格と大きな声が合わさって威圧的に見えるが、彼女はおっとりとした顔たちなせいで、こちらに対する接し方も柔らかだ。
「それで? 結婚式は、いつするの?」
「お、奥様……! そ、それは、まだ早いです……!」
「あら、そう? 息子はあなたと結ばれる日を、ずっと待ち望んでいたのよ。すぐにでも盛大に執り行われるとばかり思っていたのだけれど……」
「そ、そんな! 私達はまだ、こ、恋人になったばかりですし……」
ダリウスとの関係性を「恋人」と自称するのは、まだ慣れない。
ラシリネは顔を真っ赤にして、もじもじと恥ずかしそうに身体を揺すった。
「初々しいわ~」
「も、申し訳ございません……。みっともない姿を、見せてしまいました……」
「謝らないで? わたくしはかわいらしいラシリネちゃんの姿が見られて、とっても嬉しいのよ」
今でこそ彼女は毎日明るく元気に、自分達を見守ってくれるが……。
ラシリネがアデラプス王国で聖女として暮らしていた間、元皇后は床に臥せっている時間が長かったと聞く。
ラシリネがこの帝国で暮らすようになってからは病状が思わしくなく、明日をも知れぬ命だと騒動になるくらいに体調を崩した記憶は一切なかった。
「生きている間に花嫁姿が見られそうで、ホッとしたわ。この調子で、孫の顔を見られるようになるまで長生きしなくちゃ!」
「無理は、なさらないでくださいね……?」
「もちろんよ! 体調が少しでも思わしくないなぁと思ったら、しっかりと休息を取るわ。夫や息子に、余計な気苦労を与えたくはないもの。もちろん、あなたにもね?」
「奥様……」
こちらがなんとも言葉では言い表しにくい複雑な表情を浮かべていると、彼女が目元を釣り上げた。
どうやら、今の自分の発言に気分を害するような内容があったらしい。
(ど、どうすればいいのかしら……?)
ラシリネが目を白黒とさせながら困惑していると、元皇后の口から何が原因だったのか、即座に答え合わせが行われた。
「ラシリネちゃんは、ダリウスの奥さんになるのでしょう?」
「そ、その予定です……」
「だったら、わたくしをそんなふうに他人行儀な呼び方で呼ぶのは、よして頂戴」
「では、どのようにお呼びすればいいのでしょうか……?」
「やっぱりそこは、お義母さんに決まっているわ!」
彼女は「きゃーっ。言っちゃった!」とまるで乙女のようにテンション高く恥ずかしそうに頬を赤らめた。
(彼のご両親と再会した時から、そういうふうに呼んでほしいと言われていたけれど……)
自分には「そんな資格がないから」と固辞するのであれば、未来のためにも当時からきちんと彼女の言う通りに呼び方を変更しておけばよかった。
(ここで断ったら、奥様が悲しまれるわ……)
ラシリネが一番避けるべき状況は、彼女の病状がこの一件で悪化の一途を辿り、命が危ぶまれる状態だ。
(実の母のように接してほしい。その善意を、いい加減受け入れなければ……)
断り続けて関係性が悪化するよりは、ずっといいだろう。
ラシリネはおっかなびっくりな様子で、か細い声で彼女を呼んだ。
「お、お義母様……」
「ラシリネちゃん……! あなたはわたくしにとって、自慢の義娘よ!」
「あ、ありがとうございます……っ」
義母はようやく念願が叶い、嬉しくて仕方がないようだ。
満面の笑みを浮かべて、己に抱きついて来たのが印象深かった。
(いつまでも、こんなふうにお元気でいてくださるといいのだけれど……)
彼女のそばによくいる義父は、「はしゃぎすぎると身体に障る」とよく言っている。
ラシリネはそれが現実にならないことを祈りながら、女同士の話し合いに花を咲かせた。
「時間があるのなら、ウエディングドレスのデザインを一緒に考えましょう!」
「わ、私の一存では……。陛下の意見も、取り入れたいです……」
「そうねぇ。最終的な判断はダリウスに任せるけれど、着る本人の意思が一番大事なのよ! 遠慮せずに、答えてね。ラシリネちゃんは、どんなドレスを身に纏いたい?」
ラシリネは義母から問いかけられ、頭を悩ませる。
(ずっと純白のドレスに身を包むなんて、無理だと思っていた……)
最初から聖女になった自分には無理だと諦めていたせいで、どんな物を着たいかと問いかけられたところで、想像もつかなかった。
しかし――。
ラシリネがオロオロと視線をさまよわせながら返答に困っている間、ベッドサイドの棚に置かれた花瓶へ、ある花が生けられているが目に入る。
「シラネアオイの、花……」
「ああ、これ? 息子が見舞いに来た時、置いて行ったのよ。顔を合わせられない間は、この花を自分達だと思っていろって……」
白と紫の花弁と、黄色の雄しべ。
美しく咲き誇る花々に注目し、「これだ」と思った。
「シラネアオイの花を、飾りたいです……」
「いいわね! さっそく、手配しましょう!」
「ま、待ってください! 生花をドレスにくっつけるのは、いろいろと問題がありますし……! 花冠だけで……!」
「何を言っているの? この世界には、魔法があるじゃない! 禁呪でもなんでも使って、綺麗に飾りつけましょう!」
「こ、こんなくだらないことで禁呪を使うのは、あまりよくないのでは……?」
ラシリネは困惑の色を隠せない様子で小首を傾げたが、そんな当人の反応をよそにすっかり彼女は盛り上がってしまっている。
この状況を止められるのは、息子か義母の夫くらいしかいないだろう。
(元気すぎるのも、問題なのね……)
なんとも言えない気持ちでいっぱいになりながら、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「やっぱり、胸元から腰元にかけて、ふんだんにあしらうのがいいわよね? 歩みを進める度にひらひらと花びらが舞えば、より神々しく――」
「ラシリネ嬢。ちょうどいいところに」
「お義父様」
彼女を義母と呼ぶ手前、彼だけ今まで通りの他人行儀な呼び方ではつり合いが取れない。
ラシリネは当然のようにダリウスの父親をそう呼んだあと、前皇帝が目を見張る姿を確認してからすぐにうろたえる。
「ご、ご不快に思われたようで、大変申し訳ございませんでした……!」
「いや、構わん。妻の我儘に付き合ってくれたようで、何よりだ。これからも迷惑をかけるやもしれんが……よろしく頼む」
「は、はい!」
「酷いわ。人を、我儘三昧のように言うなんて……」
「その通りであろう?」
夫妻は軽口を叩き合ったあと、どちらともなく微笑み合う。
(些細な言い争いに発展したとしても、すぐに元の関係に戻る……。お2人は私にとって、理想の夫婦像だわ……)
ラシリネは「いつか自分も陛下とあんなふうになれますように」と願いながら、席を立つ。
2人の邪魔をするのは、よくないと思ったからだ。
「スノーエル。戻ろうか」
「わふん!」
暇を持て余す獣が遊ぶために用意された小さなボールから大人しく口を離したスノーエルと合流し、さぁ部屋を出ようとした時だった。
「ラシリネ嬢。少しだけ、いいだろうか」
義父に、呼び止められたのは。
ラシリネは神獣に「待て」を命じると、話を聞く体制に戻った。




