妹は偽聖女(2)
(これは、言うなってことかしら……?)
己と目を合わせた陛下は、視線だけを左右に動かした。
つまり、ここで馬鹿正直に人間の秘密を神々に打ち明ける必要はないと言いたいのだろう。
(神を欺くなんて、聖女失格だわ……)
ラシリネは悲しそうに金色の瞳を伏せたが、愛する人がそう望むのであれば仕方がない。
複雑な想いをいだきながら、彼の指示通りこの事実は胸のうちに秘めておくと決めた。
『我々神は、偽物が聖女を名乗り続ける蛮行を許すつもりはない。今すぐに、神の裁きを下したいところだが……』
神はどこか言いづらそうに、言葉を濁す。
どうやら、アオリを聖女の座から引きずり下ろしたくても簡単にはできない事情があるらしい。
(一体、どんな理由が隠されているのかしら……?)
ラシリネは静かに、あとに続く言葉を待ち続けた。
『人間同士のことは神々の手を煩わせるまでもなく、自分達でどうにかするようにとお触れが出た』
「つまり……?」
『エヴァイシュ帝国の聖女として、確固たる地位を手に入れた聖女ラシリネの出番だ! 偽物を、本物パワーで退けろ!』
「わ、私が……。妹を、ですか……?」
神の発言を受けた聖女は、「そんなの無理です」と反射条件的に叫び出したい気持ちに駆られた。
しかし、神々の言葉に逆らうわけにもいかず、ぐっと堪える。
「あの女をどうにかしろと、命じられたのか?」
「はい。私に、できるのでしょうか……」
神の念話が聞こえぬダリウスに事情を説明している間に、ついつい不安な気持ちを吐露してしまう。
(陛下に相談したところで、無意味でしかないわ……。私に、拒否権などないのだから……)
ラシリネは慌てて先程の発言を撤回しようと目論んだが、それは叶わない。
彼がこちらを安心させるように頷き、優しい言葉をかけてくれたからだ。
「心配ない。君は今、我が帝国で誉れ高き聖女だ。偽物なんて、簡単に退けられるさ」
「陛下……」
「どうしても無理だと言うのなら、俺も精一杯サポートをしよう」
「そんな! ダリウス様のお力添えを、いただくわけには……!」
「それくらい、させてくれ」
2人は視線を交わらせ、互いを見つめ合う。
(なんて素敵な、殿方なの……?)
即座に醸し出される甘い雰囲気をうっとりと頬を綻ばせて堪能していれば、すぐさま呆れた声が脳内に直接響いた。
『すれ違っている時はこっちがびっくりするくらいに険悪だが、想いを通じ合わせた途端にこれかよ。両極端っつーか、なんつーか……』
「……っ!?」
ラシリネは声にならない悲鳴を上げ、彼の胸元から勢いよく身体を離す。
(こ、こういうのは……。やっぱり、よくないわ……!)
顔を真っ赤にして狼狽えながらも、何度も自分に平常心へ戻るように言い聞かせ、どうにか本来の調子を取り戻す。
その後、甘ったるい空気を霧散させるべく、ある疑問を口にした。
「で、でも……。私は、エヴァイシュ帝国の聖女に就任いたしました。解任式が執り行われぬ限り、もう二度とこの力から離れることはできぬのでは……?」
『それなら、心配いらねぇよ。一体なんのために、神の器をそばに置いていると思ってんだ。目的を達成するまでは、そういう縛りは解除しといてやる』
「神様……!」
どうやら神の力を持ってすれば、長い間聖女達の間で言い伝えられている現象はいくらでもどうとでもなるらしい。
(よかった。あと準備が出来次第、アオリの元へと向かうだけね……!)
先程まで目まぐるしく表情を変化させていたラシリネは、ようやく本来の落ち着きを取り戻した。
満面の笑みを浮かべ、神へ感謝を伝えるためにスノーエルの身体へ飛びつく。
「ありがとうございます!」
『おう。どういたしまして』
「神様には、たくさんお世話になりました……! アオリの件は、お任せください! 私が、必ずや彼女を正気に戻してみせます!」
『頑張れよ』
神は『これ以上何も伝えることはない』と言わんばかりに棒読み気味のエールを送ると、獣の中から天へと帰った。
「わふっ!」
意識を取り戻したスノーエルは、聖女に抱きしめられたのが嬉しくて仕方ないようだ。
明るい声を響かせ、「もっと抱きしめて」と言わんばかりに頬を擦り寄せる。
「もう……。スノーエルったら……」
ラシリネが呆れたように声を吐き出しながら「期待に応えてやらなければ」と、白くて触り心地のいい毛並みを強く腕にいだこうとした時だった。
その行動を批難するような紫色の瞳に、見つめられていると気づいたのは。
「陛下……?」
「いくら相手が神獣だとしても、恋人よりも優先するのはいかがなものか……」
「こ、恋人!?」
ダリウスと自分の関係が知らないうちに「昔馴染み」から「恋人」に変化しており、驚きを隠せない。
「違うのか?」
陛下から不満そうに問いかけられてしまえば、「そうですね」など口が裂けても言えなかった。
「お、仰る通りです……?」
2人は神公認の元、想いを通じ合わせた。
天罰は下らない。
貴族のご令嬢と同じように愛する人と結婚し、子をなせるのだ。
(ずっと叶わないと思っていた夢が、現実のものとなるのね……)
ラシリネはようやく実感が湧いてきた。
金色の瞳をキラキラと光り輝かせ、スノーエルから両手を離す。
「わふ!?」
これに神獣はショックを受けるが、ラシリネにはすでに彼の姿しか見えていなかった。
(大好きで、大切で、ずっと一緒に居たいと願った……唯一の殿方。あなたさえいれば、ほかには何もいらなかった……)
再び今にも泣き出してしまいそうになった気持ちと心の中でどうにか折り合いをつけ、両手を広げて待ち構える陛下の胸元へ再び飛び込んだ。
「ずっと、一緒にいてくださいますか……?」
「当然だろう? 君にどれほど嫌われようとも……。もう二度と、離さない……」
こうして2人は、互いの気が済むまで大好きな人の暖かなぬくもりを堪能しあった。




