妹は偽聖女(1)
――己の欲望を抑えきれずに重視した結果、神の意思に背いてしまった。
これは、由々しき事態だ。
(想いを通じ合わせて、よかった。それで終わらないのが、憂鬱だわ……)
ラシリネはこれから己の身に起こるであろう天罰を思い浮かべ、戦々恐々としていた。
「陛下……」
「そんなに怯えないでくれ。君には、いつだって笑っていてほしい」
「ですが……。このままでは、神の天罰が……」
「本当にラシリネの言うような出来事が起きるのであれば、すでに起こっていてもおかしくない」
「神様にも、準備があるのでは……?」
「どちらが真実か、神に直接聞いてみればいいだろう」
皇帝に促されたラシリネは、今まで気配を消して大人しくしていたスノーエルのほうへはっと視線を移す。
神獣はいつもなら「わふん?」と不思議そうな鳴き声を上げるのに、なぜか今日は人間の言葉を発した。
『ようやく、くっついたか』
「神様……!」
『おう。何度すれ違えば想いを通じ合わせられるのかと、ヒヤヒヤしたぜ』
「申し訳、ございませんでした……!」
天界から降りてきた神が神獣の身体を借りて話す姿を目にしたラシリネは、勢いよく大型犬に向かって頭を下げた。
しかし、彼はこちらがなぜ謝罪をするのか、不思議で堪らない。
不機嫌そうに問いかけてくるのが、印象的だった。
『なんで、謝るんだよ?』
「聖女は神に祈りを捧げ、生涯守護すると決めた国に障壁を貼り続けてなければならないのに……! いつだって、私の頭の中はダリウス様のことでいっぱいでした……!」
『あー、それな……』
よくわかっていない神に対して己の罪を懺悔すると、まん丸の瞳が気まずそうに細められた。
やはり、自分達には天罰が下るらしい。
(大変だわ……!)
ラシリネは慌てて、神に懇願した。
「どうか、陛下のことだけは、見逃して頂けないでしょうか!?」
「ラシリネ……」
「ダリウス様は、何も悪くありません。私が、聖女として未熟だったから……! ですから、どうか……! 彼の分まで、私に罰を……!」
ダリウスはこの国の皇帝だ。
兄弟もいないとくれば、脈々と連なる王家の血が途絶えてしまう。
いくら皇太后の体調が快方に向かっているとしても、一時期は油断を許せぬほどに落ち込んだ状態だったと聞く。
そんな中、再び前皇帝が王座に返り咲くなどあり得ないだろう。
(それに、何よりも……)
ラシリネはダリウスの母親が心労に耐えかね、自分のせいで命を落とす可能性に怯えていた。
(奥様は誰よりも、私達を大切に思ってくださっていたわ……)
息子に何かあれば、心優しい彼女はきっと心を痛める。
ラシリネのせいで、仲良し家族が崩壊するかもしれないのだ。
(そんなの、絶対に許せないわ……!)
たとえ神が「己の命を差し出して罪を償え」と迫ってきたとしても喜んで捧げられるくらい、追い込まれていた。
「俺を庇うな」
「ですが……!」
「罰を受ける時は、いつだって2人一緒だ」
「陛下……」
そんな己の姿を見て、想いを通じ合わせた男が黙っているはずもない。
彼は自分にだけすべてを背負わせるわけにはいかないと、紫色の瞳に決意を宿して提案してくれた。
(やっぱり陛下は、とても頼りになる殿方だわ……!)
ダリウスに対する恋心を高めてキュンキュンしていると、その様子を静かに見守っていた神が言いづらそうに伝えてくる。
『あー。甘い雰囲気を醸し出しているところ、恐縮なんだが……。俺があんたらの仲を認めさえすれば、神の裁きなんて下らねぇぞ?』
「え……?」
ラシリネは思わず素っ頓狂な声を上げ、呆然と神獣を見つめてしまう。
スノーエルの器を借りて念話を話す男は、呆れたように言葉を紡ぐ。
『恋は障害があればあるほど、盛り上がるからな。その勘違いがあったおかげであんたらがうまくいったのなら、それでいいけどよ……』
「わ、私はまた……。重大な、思い違いを……?」
これまで自ら発した言葉を思い浮かべ、顔を青ざめさせる。
(こんなことになるなら、陛下のために啖呵なんて切らなければよかったわ……!)
ラシリネはすぐさま耳まで赤らめると、恥ずかしそうに彼の胸元へ顔を埋めた。
「すぐに勘違いをして、自らを責める。それはある意味で、君の利点だ」
「その慰め方には、無理がありますよ……!」
「そうか?」
「うぅ……っ」
陛下は自分が青くなったり赤くなっている理由がうまく理解できないようで、小首を傾げているのが印象的だった。
「と、とにかく! 神様は、私達の仲を認めてくださるのですね?」
『おう。おめでとう。末永く、幸せにな』
「はい!」
ラシリネはようやくほっと胸を撫で下ろし、普段の明るさを取り戻す。
嬉しそうに微笑めば、釣られるようにして彼も口元を綻ばせた。
室内の空気が一気に穏やかなものへと変化した直後、2人は神からある提案を受ける。
『今日、こうしてあんたらの前に姿を見せたのは、こっちにも用事があったからだ』
「な、なんでしょう?」
『実はアデラプス王国の聖女は、偽物だったんだ』
「アオリ、が……?」
『ああ』
ラシリネにとって神が語ったこの事実は、まさしく晴天の霹靂であった。
国王がかつて、「姉妹のうちどちらが聖女なのかわからない」とぼやいている声を覚えていたからだ。
(あの子は私と同じように、生まれながらにして聖なる力を持って生まれたわけではないの……?)
ならば一体、なぜ国王はあんなことを言ったのだろうか。
ラシリネはわけがわからぬまま、男に問いかけた。
「なら、彼女はどうやって聖女になったのですか?」
『さて、な。私達が知らないうちに人間も知恵をつけ、神を欺くなんかしらの手段を見つけたんだろう』
うんざりとした様子で語る神の言葉を耳にして、ラシリネはダリウスの顔色を窺った。
彼から10年前、「聖なる力を隠すように」と指示を受けた上で差し出された魔具が、それに該当すると気づいたのだ。




