誤解を解いて(2)
「アオリがひと目を盗んで会いに来るくらい、陛下と仲がいいなんて思いませんでした……」
「なんの話だ……?」
「私がダリウス様を怒らせてしまい、和解した直後でしたから……。あなたと元の関係に戻れたことを喜び、ほっとして、もしかしたら、なんて思う自分が馬鹿みたいに思えて……。顔を合わせづらかったのです……」
ラシリネは鼻を啜って時折嗚咽を漏らしながら、訝しげな視線を向ける彼に向かって支離滅裂な言葉を口にする。
(ああ、駄目だわ……。このまま続けたところで、彼を困らせるだけだとわかっているのに……)
自分でもこんな話をしても無意味だと自覚しているのに、堰を切ったら止まらなくなってしまった。
「陛下がアオリと想いを通じ合わせていたとしても、私は何かを言える立場ではありません……」
「待ってくれ」
「聖女が人間を愛し恋仲になれば、天罰が下るのですから……」
「ラシリネ!」
己の指先を包みこんだ大きな手に、力が籠もる。
ラシリネは大きな声で名前を呼ばれ、言葉を1度止めた。
金色の瞳からは堪えていた涙が頬を伝ってこぼれ落ち、彼の手のひらを濡らした。
「君が心の底から俺を嫌悪していているのなら、仕方がない。ラシリネがどんな勘違いをしていようとも、それを正すことなくこの手を離した」
「陛下……?」
「だが……。違うだろう?」
彼は「何があってもこの手は離さない」と言わんばかりに、握りしめていた拳を緩めた己の指先を絡め取る。
「言い伝えを信じて身を引こうとしているのならば、止めてくれ」
紫色の瞳は、真剣そのものだ。
それが嘘か真実かなど見極める必要などないくらいに、強い想いが込められている。
それでも――自分には、彼の指示通りのはできぬ理由があった。
「大好きな人が、私のせいで死んでしまうかもしれないんですよ!? 素直な気持ちなんて、言えるはずがありません……!」
ラシリネはどうしても、ダリウスの隣に並び立つ権利を失いたくないのだ。
だから、妹に対する嫉妬心も、彼に対する恋心すらもすべて己のうちに秘め、何事もなかったかのように平気なふりをした。
「この恋を成就させたら、天罰が下るとわかっているのに! あなたのそばにいたら、もっと好きになってしまう……! だから、離れようとしたんです……!」
陛下は「逃げるな」と、己の指先を絡める。
それがラシリネにとっては、つらくて仕方がない。
「私はこの十年間、その選択をずっと後悔していました」
わかっている。
もっと感情を押し殺し、冷静に語らなければいけないと。
わかっていた。
こんなふうに思わせぶりな態度を取れば取るほど、互いに苦しむだけだと。
「あなたの手を取ればよかった。陛下の言う通りに神を欺き、聖女の役目を押しつけていれば……」
それでも、ラシリネはそうした態度を取るのを止めらない。
「私はもっと早くに、幸せになれたかもしれない……!」
幼い頃からずっと、彼を想っている。
その気持ちに、嘘はつけなかった。
「ラシリネ」
ラシリネは嗚咽を漏らし、みっともなく涙でぐちゃぐちゃになった顔をどうにかしようと目論み左手で目を擦る。
だが、眼球が傷つくのを恐れたのだろう。
陛下に手首を掴まれて制されてしまった。
「もう、答えは出ているじゃないか」
「ち、違います……っ! 全部、忘れてください……!」
「絶対に嫌だ」
彼は左右に首を振って涙ながらに語るラシリネの懇願を拒絶すると、目元を擦るために浮かせていた手の甲に口づけを送った。
「ダリウス様……!?」
こちらは咄嗟に身体を離そうと試みたが、それは叶わない。
「話してくれて、ありがとう」
陛下が紫色の瞳の瞳を優しく和らげ、口元を綻ばせたせいだ。
金色の目からは、嬉し涙がこぼれ落ちる。
それを必死に止めようとしゃくり上げれば、手首を胸元へ引き寄せられた。
「わ……っ」
「自分は聖なる力を持って生まれた聖女だからと、心を殺して生きる必要はない」
「で、ですが……! そんなことをしたら、陛下が……!」
「己の欲望に、素直になれ」
「神が、お許しになりません……」
ラシリネは心の奥底に沈めておくべき感情を吐露してしまった自らを恥じ、悲しそうに目を伏せた。
「君は自国で十年間、俺がそばにいない苦しみを孤独に耐え続けていたのだろう?」
しかし、ダリウスはここで話を終わらせるつもりはないようだ。
彼はこちらを覗き込むようにじっと見つめると、優しく語りかけてくれる。
「神々が俺達を引き裂こうと猛攻を仕掛けてくるのなら、返り討ちにしてやる」
「陛下……」
聞こえてくる声があまりにも意外すぎて、思わず顔を上げてしまった。
(綺麗……)
陛下と、視線が交わる。
すでに、覚悟を決めているのだろう。
紫色の瞳には、確かな決意が宿っていた。
「ほかに、俺を拒む理由は?」
その目をじっと見つめているだけでも、痛いほどに彼の想いが伝わってきた。
あとは自分が、勇気を出せばいいだけだ。
(もう、心の奥底に秘めた願望を隠し続ける必要はないのね……)
ラシリネは彼と無理やり絡められた指先に自らの意思で力を込め、恐る恐る問いかけた。
「陛下はアオリと逢瀬を重ね、彼女と並々ならぬ関係になったのではないのですか……?」
「存在しない想い人を空想したり、妹と俺を恋仲にしたがったり……。君は本当に、想像力が逞しいな……」
「やっぱり……!」
「違う」
ダリウスははっきりとした口調できっぱり「そんな事実はない」と否定し、誤解を正す。
「俺が愛しているのは、ラシリネだけだ」
「わ、私……?」
まさか彼の口から、己に対する愛が紡がれるなど思いもしなかった。
ラシリネは金色の瞳を瞬かせて、驚きを露わにする。
(信じられないわ……)
幼い頃からずっと、彼と想いを通じ合わせる日を夢見ていた。
再び聖女となった時点で、その願いが叶えられることはないと諦めて勝手に落ち込み、悲しんでいた日々が嘘のようだ。
(想い続けていれば、いつかはその願いが相手に伝わる日が来るのね……)
ラシリネは喜びを隠しきれぬまま、声を殺して大粒の涙を流した。
「ラシリネは、どうだ。俺を、どう思っている? 君にいだくこの気持ちは、迷惑か?」
光に反射してキラキラと光り輝く白髪を左右に揺らし、否定する。
(もう二度と、同じ過ちは繰り返したくないもの……!)
ラシリネは泣き腫らした表情で陛下を見上げると、思いの丈をぶつけた。
「いいえ……! たとえ、この身が朽ち果てようとも……! 陛下と、ずっと一緒にいたい……!」
「ああ。その言葉を、ずっと待っていた」
ダリウスは優しく口元を綻ばせ、己の目元に唇を寄せた。
(口づけをする箇所にも、確か意味があるのよね……)
暇つぶしに読んだ本の内容を思い浮かべ、ラシリネは喜ぶ。
己に「純粋な愛」を向けている証拠だったからだ。
「陛下。私はずっと、あなただけをお慕いしていました……っ」
「ああ。これからも、ずっと俺だけを見ていてくれ……」
「はい……!」
2人はどちらともなく身を寄せ合い、互いの暖かなぬくもりを堪能し続けた。




