呪いをかけて
「やっと、1人になった……!」
黒いフードを被って物陰に身を隠し、ひたすらダリウスが1人になる機会を窺ってどのくらいの時間が経過しただろうか。
アオリは苛立ちを隠せぬ様子で男の前に姿を見せ、頭部を覆い隠していたフードを勢いよく取り去った。
「今さら、なんのようだ」
彼は紫色の瞳を細めると、冷たく言い放つ。
(相変わらず、姉様以外には最悪としか言いようのない態度を取る男ね……!)
アオリはその視線に怯えることなく受けて立つと、桃色の髪を揺らして叫ぶ。
「あんたがいつも選択肢を間違えるから、こっちは迷惑してんのよ! 当然、慰謝料代わりの魔具はもらえるんでしょうね?」
彼は引き続きこちらを睨みつけてくるが、この程度の敵意を向けられた程度で屈するほど弱くない。
「姉様を手に入れたから、あたしはもうあんたにとっては用済みなんでしょうけど……。その態度は、ないんじゃない?」
アオリはこのまま舐めた態度を取るならば、もっと酷い目に遭わせてやると言わんばかりにダリウスを脅した。
「あたしが全部暴露すれば、あんたの好感度は急降下するわ!」
「ふん。ラシリネがどちらの言葉を信じるかなど、考えるまでもない……」
「親族と想い人なら、当然血の繋がりを優先するでしょうね!」
アオリの言葉になど聞く耳を持つ必要がないと言わんばかりの態度を取っていた男の顔色が、苦しそうに歪められた。
(疑心暗鬼に陥っている、今がチャンスだわ……!)
2人の関係性を幼い頃から一番近くで見守っているからこそ、彼の弱点は手に取るようにわかる。
この男は姉に嫌われるのを、恐れているのだ。
『彼女の一番は、つねに己であるべき』
そんな強迫観念に駆られ、ラシリネに対して異常なまでの愛を拗らせている。
それがダリウス・エヴァイシュという人間だった。
「この帝国で姉が賞賛を受ける度に、あたしが偽物だって露呈する確率が上がるの! だから、あの人と同じくらいに強い聖なる力を発動できる魔具をちょうだい!」
「ふん……」
こちらが何度もみっともなくおねだりを繰り返せば、彼は渋々懐から魔具を取り出し投げ渡す。
「それらは代償が大きい。使う時は、留意するように」
なんだかんだ言いながらもこちらに気遣わしげな忠告をするあたり、この男が見た目に似合わず優しい男だと言うのは明らかだ。
「つっけんどんな態度を見せていたかと思えば、ぐっと距離を縮める。そういうの、淑女相手には止めたほうがいいわよ?」
「誰が……」
「姉様に勘違いされても、知らないから!」
わざわざ長い時間をかけて、隣国までやってきた甲斐があった。
アオリは満面の笑みを浮かべ、露骨に嫌そうな顔をした彼と別れた。
(やっぱりあたしは、もう用済みみたいね……)
想定していたこととは言え、いざ現実のものとなると恐ろしくて堪らない。
彼からこうして魔具を得るのも、これで最期になるだろう。
(あいつとの密約を黙ったままでいられるか、暴露せざる終えない状況になるかは、今後のあたしの頑張り次第ってところかしら……)
ダリウスはすでに、こちらに感心など存在しない。
生き続ければ「目障りだ」と蔑まれ、命を落とせば「やっといなくなったか」とほくそ笑まれる。
その程度の人間だ。
(姉様があたしの立場であれば、人が変わったように大騒ぎするくせに……)
誰かを狂おしいまでに愛したこともないアオリには、よくわからない。
彼の気持ちも、「民のために」と都合のいい幻想に浸り自己犠牲を繰り返して、周りに迷惑ばかりかける姉のことも――。
(本当に、目障りだわ……)
ラシリネがダリウスに好かれていなければ、今頃全力で潰しているところだ。
(忌々しい……)
自国ではハズレ聖女と呼ばれていた姉は、皇帝の手によって賞賛を受ける聖女に生まれ変わってしまった。
(もしも姉様があたしよりも先に生まれていなければ、あの男の愛はこちらに向けられていたのかしら……?)
アオリはあり得たかもしれない未来を思い浮かべ、すぐさまかき消す。
あれほど気味の悪い執着愛を向けてくる男など、いくら整った容姿であったとしても好かれたくないからだ。
(このまま嘘をつき続けてうまく取り入り王妃の座を狙うか、このまま行方を眩ませて別人として生きるか……。悩みどころね……)
――これからどう立ち回るべきか。
頭を悩ませていた少女は、前方から神獣とともに駆けてくる女性の姿に名前を呼ばれるまで気づけなかった。
「アオリ……?」
「わふ!?」
姉は歩みを止め、金色の瞳を見開く。
まさかアデラプス王国を任せたはずの新たな聖女が、自分の治める帝国へやってくるなど夢にも思わなかったのだろう。
本物の聖女であれば、「その国を守る」と決意して就任式を終えた時点で、自国に縛りつけられる定めなのだから……。
「あら? ダリウスが好きなのに聖女になってしまった姉様。ごきげんよう!」
「どうして、ここに……」
「陛下へ会いに来たに、決まっているでしょ?」
皇帝の話題を出した瞬間に見せたラシリネの反応は、傑作だった。
(ふふ。いい気味。まさかあたしの口から、あいつの名前が出るなんて思ってもみなかったんでしょうね!)
彼女は自分があの男に恋愛感情をいだいているのではないかと勘違いをして、小さな身体を小刻みに震わせている。
(姉様のせいで、あたしだって随分と不利益を被ったもの。少しくらい、からかってやったって罰は当たらないわよね?)
アオリは意地汚い笑みを浮かべ、ラシリネを煽る。
「あなたのほうが聖女になった期間は長いのだから、ご存知でしょうけれど! 神ではなく人間と想いを通じ合わせれば、天罰が下るわ!」
「わ、わかっています……。ですから、私は……」
「ハズレ聖女と呼ばれていた女らしく、届かぬ想いをいだき続け、不幸になればいいのよ!」
妹は姉に向かって吐き捨てると、その場をあとにした。




