18歳の再結成
あれから10年近くの時が経つ。
姉の評判は、長い年月をかけて地に落ちていた。
聖女になってすぐは国中に障壁を張り巡らせていたが、月日を重ねるうちにそれらが穴だらけになり、塞げなくなった。
そこから人間を襲う魔獣が大挙として押し寄せてくるせいで、今では聖女がいない国と同じような状態になっている。
(あの男、まだ姉様に執着しているのかしら……?)
ラシリネを愛するあまり気が狂った男の策略か。
それとも、姉も本物の聖女ではなかったのか――。
とにかく、こちらとしてもいい迷惑だ。
『ラオイドル公爵家はハズレ聖女を生み出した!』
『あの女が完璧な障壁を生み出せないせいで、何人の人間が傷ついたと思っている!?』
そんなふうに、領民達からも批難が集中しているからだ。
(まぁ、でも……。あたしが聖女だと偽らなくて、よかったかもしれないわね……)
本物の聖女ですらも、あれほどまでに心ない言葉をぶつけられるのだ。
自分が偽物とバレた時のことを考えたら、ゾッとする。
(きっと、罵倒されるだけじゃ済まないわ……)
姉が民の怒りに耐えきれずに命を落とすのか、それとも我々が魔獣に食い殺されるのが先か。
どちらにせよ、このままではろくな未来など望めないだろう。
(どうするのが、正解だったんでしょうね?)
そんなことを考えたところで、無意味でしかない。
今は自分達が生きるだけで、精一杯なのだから。
アオリは今日も夜会に出席し、人々の冷たい目線を諸共せずに男漁りを繰り返す。
己の身の安全を確保し、平穏な生活を歩むために――。
「アオリ・ラオイドルだな」
「まぁ。素敵な殿方。あたしに一体、なんの用かしら?」
後方から声をかけられ、満面の笑みを浮かべて応対したことをすぐに後悔する。
その顔には、見覚えがあったからだ。
「話がある」
それが誰かを認識した直後、その様子を目にしていた貴族達が一斉に噂話に花を咲かせた。
「なぁ。見ろよ。あれって……」
「エヴァイシュ帝国の、皇帝じゃない!」
「なんでまた、ラオイドル公爵令嬢に……?」
「聞いたことがあるわ。ラオイドル公爵夫人は、かつてエヴァイシュ帝国の王城で侍女をしていたって……」
貴族達はあるものは驚き、納得し、畏怖の念をいだく。
(めんどくさいわね……)
姉を好いてさえいなければ、理想の結婚相手だ。
猫なで声で迫っていたかも知れないが、そんなことをすればあとが怖い。
『ラシリネから、貴様と付き合っているのではと勘違いされた。その責任は、命で贖ってもらうぞ』
そんなふうに凄まれる状況が目に浮かぶようだ。
アオリは悪夢としか言いようのない未来の実現を防ぐため、あえて素で接した。
「誰かと思えば、負け犬さんじゃないの。なんの用?」
「ここでは話せない」
「あたしと2人きりで消えたなんて噂になったら、困るのはあんたよ?」
「言いたいやつには、言わせておけ」
「ふーん? あとで姉様に勘違いされて、咽び泣いたりしないでよね!」
皇帝は「指示に従わなければ、どうなるかわかっているだろうな」と言わんばかりにこちらを凄む。
アオリは渋々彼の命令に従い、2人で人気のない空き部屋へやってきた。
「それで?」
「あの時果たせなかった君の願いを、今度こそ実現させたい」
「何言ってんの? 今さらあたしが名乗り出たって、信じられっこないわ!」
皇帝は今もまだ、狂おしいほどに姉を求めているらしい。
(冗談じゃないわ!)
アオリは憤慨した様子で、相手が自分よりも立場が上である事も忘れて怒鳴り散らした。
しかし、彼の表情は真剣そのものだ。
まるで「自分の主張は正しい」と言わんばかりに、淡々と声を発した。
「君も身を持って、よく知っているだろう。聖女としてのラシリネの評判が、よくないと……」
「確かに、本物とは思えないほどに酷いもんだわ! でもね! 今の状況を見たら、偽物になんてなれるわけがないでしょう!?」
「なぜ、拒む」
「一度でもヘマをしたら、姉様のように心ない中傷に晒されるのは明らかだわ! そんなの、冗談じゃない……!」
ダリウスはアオリが、2つ返事で了承してくれるとばかり思っていたらしい。
苛立たしげに紫色の瞳を細めているのが印象的だった。
「それに任命式を終えた聖女がその座を辞するには、解任式を執り行う必要があるわ! どうやって、国王を納得させるつもり?」
「簡単なことだ。ラシリネの汚名を、逆手に取ればいい」
口元だけを綻ばせた不気味な笑顔を目にした瞬間、背筋が凍った。
(こいつはもう、己の無力さを嘆いてただ泣き叫ぶだけの少年じゃないわ……!)
姉を手中に収める際に邪魔をするなら、神すらも殺すつもりだ。
自分がこのまま「嫌だ」とは刃向かい続ければ、禁呪でもなんでも使って無理やり言うことを聞かせて来そうなほどの恐ろしさがある。
「勝算は、あるんでしょうね?」
「当然だ。2度目の失敗など、あり得ない」
1度目は彼の言う通りにして、失敗した。
2度目に拒否権がないのであれば、どうにかしてやり方はこちらに任せてもらうように交渉を続けるべきだろう。
「あんたは、姉様を救い出したい。あたしは、誉れ高い称号を手にして人々の賞賛をほしいままにしたい」
「互いにその想いは、あの時と変わらない」
「そうね。3度もやり直すなんて、あり得ないわ。やるなら、こっちの作戦を全面的に受け入れてもらうから」
「もちろんだ」
これで駄目だったら、諦めるしかない。
あとがないからこそ、ダリウスも冷静さを失っているようにも見える。
「あたしは泥舟に乗ったつもり、ないから」
「もちろんだ。今度こそ、君を楽園へ連れて行ってやる」
「どうだかね……」
周りの人間を都合のいい道具のようにしか思っていなさそうな男の発言など、信じるに値しない。
アオリは半信半疑のまま、再び彼と手を取り合った。




