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エヴァイシュ帝国の王家と再会

 ラシリネはダリウスのエスコートを受けて馬車へ乗り込み、隣国の王城へ足を踏み入れた。


「お帰りなさいませ、陛下!」


 彼は皇太子のはずなのに、なぜか忠臣達は当たり前のようにそう呼んで迎え入れている。


(一体、どういうことなのかしら……?)


 ラシリネは不思議そうに小首を傾げ、説明を求める視線をダリウスに送った。


「今は、俺が皇帝だ」

「まぁ……」


 聖女は隔絶された空間で、生涯祈りを捧げ続ける存在だ。

 自国にかかわることでなければ、他国の情報を得る術は徹底的に遮断されていた。


(もっと早くに、知りたかったわ……)


 己の無知を恥じるように居心地の悪そうな表情を浮かべたあと、彼の境遇を祝うことで誤魔化した。


「皇帝就任、おめでとうございます」

「ありがとう」


 陛下は「そんなことも知らないのか」と罵ることなく、素直にお祝いの言葉を受け入れてくれた。

 それが、何よりも嬉しい。


(立場や容姿は変化しても、本質は昔のままなのね……)


 彼はいつだって、己を優しい瞳で見つめてくれている。

 陛下のそばにいれば、もう二度と心ない視線を向けられることはないだろう。


(彼の立場とご厚意に甘えて、本当にいいのかしら……)


 しかし、今の自分は昔と変わらぬダリウスの優しさすらも素直に受け入れられないほどに、心をすり減らしていた。


(駄目ね……。前向きにならなければいけないと、わかっているのに……)


 どうやら、己が考えている以上に聖女としての任を解かれ、自国から追放されたことに対してショックを受けているらしい。


(自国でのつらく悲しい日々は早く忘れて、陛下と楽しい思い出を作るべきだと、わかっているはずなのに……)


 ――自己主張をしたって無意味だ。

 波風を立ててはいけない。

 どんな苦しいことや悲しいことがあったとしても、黙って耐えなければ。


 そうやって精神をすり減らして黙っているのが当たり前になったせいで、陛下とどんな話をすればいいかすらもよくわからなくなっていた。


「昔と同じように、接してくれ」

「そんなこと、できません……!」


 こちらがふるふると勢いよく左右に首を振って固辞すれば、彼は心底不思議で仕方がないと言わんばかりに疑問を投げかけた。


「なぜ?」

「陛下はもっと、自分のお立場を自覚するべきです!」

「俺は好きで、皇帝になったわけではない。病に倒れた母の面倒を見るために父が前線を退いたので、仕方なく空いた王座に腰を据えたけだ」


 長い間王座が空白だと、無駄な争いを産みかねない。

 そんな危惧から、予定よりも早くダリウスが皇帝としてこの帝国を治めるようになったようだ。


(私は、てっきり……)


 ラシリネは勝手に最悪な想像をしていた己を恥じ、彼に恐る恐る問いかけた。


「ご両親は、ご存命なのですか……?」

「ああ。母は、随分と弱ったが……。父も、肉体的には健康そのものだ」

「よかった……」


 ダリウスの両親とは、自分も何度か直接話をした覚えがある。

 彼によく似て、とても優しく頼りがいのある大人だった。

 ラシリネが彼らの無事を知ってほっと胸を撫で下ろした時、陛下からある提案を受けて面食らう。


「会うか?」


 まさか隣国にやってきてすぐに、表舞台から退いた前皇帝夫妻と顔を合わせる機会を得られるなど思わない。

 ラシリネは慌ててぶんぶんと左右に首を振り、陛下の申し出を固辞した。


「そんな! 私なんかが、恐れ多いです……!」

「両親も、君の身を案じていた。もしよければ、顔を見せてやってほしい」


 紫色の瞳が、じっとこちらを見つめている。

 その目の奥に、嘘はない。


(意固地になっている場合では、ないのかも知れないわね……)


 ラシリネは恐る恐る、彼の顔色を窺いながら問いかけた。


「わ、私なんかが、本当に……いいのですか……?」

「ラシリネだからこそ、会わせたいんだ」


 ここまで望まれて、拒むほうがどうかしている。

 ラシリネは悩んだ末、彼の提案を受け入れると決めた。


「陛下がそう、仰るのでしたら……。お会い、したいです……!」

「ありがとう。君なら、そう言ってくれると思っていた」


 彼は優しく口元を綻ばせ、こちらの選択を喜ぶ。

 こうして2人は行き先を変更し、前皇帝夫妻の暮らす離宮へと足を運んだ。


「おお、ちょうどいい所に」

「まぁ……!」


 寝台の上に横たわる女性はラシリネと目を合わせた瞬間、感極まった様子で瞳から大粒の涙を流した。

 思わずぎょっと目を見張りながら隣に佇む陛下へ助けを求める視線を送れば、呆れたような彼の声が室内に木霊した。


「母上……。何も言わぬまま、泣き出さないでくれ。ラシリネが、驚くだろう」

「ご、ごめんなさいね……。もう二度と、会えないんじゃないかと思っていたから……。あなた達が並び立つ姿を見たら、つい……」

「ダリウス。あまり、妻を責めないでくれんか? 身体に悪影響が起きたら、堪らんのでな……」

「このくらい、平気よ」


 家族3人、仲良く話す姿を目にしたラシリネは、面食らってしまった。

 自分はあんなふうに、公爵家で両親や妹と会話をする機会などついぞ訪れなかったからだ。


(私は、羨ましいのかしら……)


 彼らの姿はまさしく、己の理想とする円満な家族像そのものだった。

 誰もが羨むような、幸せな家庭。

 ラシリネが喉から手が出るほどに欲し、手に入れられなかったもの……。


「ラシリネちゃん。こっちにいらっしゃい。もっとよく、顔を見せて?」


 皇太后に促された以上、無視をし続けるのも問題だ。

 彼の許可を得る前に自ら歩みを進めていいものかと思い悩み、たたらを踏む。

 そんなこちらの姿を見かねた陛下は、背中を叩いて送り出してくれた。


「行っておいで」

「はい!」


 ダリウスの許可を得た以上、怖いものなど何もない。

 ラシリネは勢いよく2人の元へと、駆け出して行った。


「ずっと、お会いしたかったです……!」

「ええ。わたくし達もよ……」


 金色の瞳を潤ませて再会を喜べば、皇太后も感極まった様子で優しく口元を綻ばせる。

 その姿は、10年前に記憶している光景からは想像もつかないほどにやせ細り、疲れ切っているように見えた。


「あとはラシリネちゃんの花嫁姿を見られたら、思い残すことはないわ」

「母上……」

「何を言っておるのだ。孫の顔を見るまでは、長生きして貰わなければ……」

「きっとあなた達によく似て、とってもかわいらしいのでしょうね……」


 しかし、こちらが彼女の体調を心配していたのは一瞬だ。

 すぐにそれを感じさせないほどにケラケラと笑いながら声を発した皇太后は、赤紫色の瞳を細めて遠くを見つめた。


(奥様はすでに、己の死期を悟っているのかしら……)


 まるで本当の娘のように自分をかわいがってくれる女性には、少しでも長生きしてほしい。

 ラシリネがそんな願いをいだきながらどんな言葉をかけてやるべきか迷っていると、ダリウスが呆れたように口を挟んできた。


「俺達が結ばれる前提で、話を進めないでくれ」

「あら。違うの?」

「うむ。おかしなことを言う。さてはお主、ラシリネ嬢にいいところを見せたいのだな?」

「当たり前だろう。彼女の意見も聞かずに、決定事項のように話を進めるわけにはいかない」


 うんざりとした様子で語る皇帝の姿を目にした夫妻は、顔を見合わせて口元を綻ばせる。

 どうやら、強い口調で淡々と声を発する息子の仕草に、思うところがあるらしい。


(どうしたのかしら……?)


 ラシリネはすっかり蚊帳の外へ出され、不思議そうに各々の姿を観察していたのだが――。


「よくもまぁ、そんなことが言えるわね。幼い頃からずっと、ラシリネちゃん一筋のくせに」


 ニヤニヤと称するのが適していそうな母親の発言を聞いた直後、ダリウスの顔色が露骨に変化した。

 顔を真っ赤にして、怒り出したのだ。

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