嫉妬心を爆発させて(2)
「貴様ら! 俺のラシリネに、手を出すとは……! 恥を知れ!」
ラシリネを喜ばせるのに充分すぎるくらいの威力を発揮する言葉を口にしながら、先ほど式典会場から足早に出ていったはずのダリウスが、獣と協力して助けてくれたのだ。
「ダリウス様……!」
この発言を聞いてしまったら、喜びの涙を流さずにいられない。
安堵と歓喜がグチャ混ぜになった複雑な感情をいだきながら、ラシリネは彼の腕をしっかりと掴んだ。
「へ、陛下!?」
「お2人は、不仲だったはずでは……?」
「誰がそんな噂を流している」
「ひっ」
「そんな事実はない」
「も、申し訳ございませんでした……!」
紫色の瞳の奥で揺らめく感情が、「これ以上ラシリネに言い寄るつもりならば斬り伏せる」と訴えかけていると気づいたのだろう。
彼らは尻尾を巻いて、逃げ出した。
「わふ……!」
スノーエルは「褒めて!」と嬉しそうな鳴き声を上げたが、荒い息を吐き出し紫色の瞳を細めて睨みつけるダリウスの姿を目にして、「身を寄せたら死ぬ」と悟ったらしい。
結局、陛下が落ち着くまでその場で待機することに決めたようだ。
「陛下……?」
「は、ぁ……っ。は……っ。油断も、隙もないな……!」
皇帝は忌々しそうに吐き捨てると、額から滝のように流れ出る汗を拭った。
「急いで、駆けつけてくださったのですね……」
「悪いか……」
ダリウスはぶっきらぼうにそう言い放ったあと、苦しそうに視線を反らした。
今さらながらに、2人の間に気まずい空気が流れていたのを思い出したのだろう。
「いいえ。とても、嬉しいです。俺の、と称してくださったことも……」
「あ、あれは! わ、忘れろ!」
陛下は一際大きな声を上げると、顔を真っ赤にして慌てふためく。
どうやら目の前の危機が去り、失言に気づいたらしい。
「い、言い間違いなんだ……っ。君の名を、呼ぶべきではなかった!」
「では、誰の名を呼ぶつもりだったのですか?」
「そ、れは……っ」
「私以外の、可憐で素敵な、お慕いしている淑女のお名前であれば……」
「そんなものはいない!」
耳まで赤らめる彼は、普段の冷静沈着な姿からは想像もできないほどに年相応だ。
(10年前に比べて、自分と大人っぽくなったと寂しい気持ちになっていたけれど……。皇帝として相応しき殿方になるべく、努力を重ねた結果だったのかもしれないわね……)
ラシリネは意外な一面を垣間見て、ますます彼のことが愛おしくて堪らなくなる。
「もう二度と、勘違いなんてするんじゃないぞ。いいな!?」
「はい」
このまま「俺のラシリネ」とはどういう意味だと探りを入れたかったが、関係が悪化するのだけでは避けたい状況では、どうしても一歩を踏み出す気にはなれない。
(今はこうして陛下から抱きしめて頂けただけで、充分だと思わなければ……)
ラシリネは幸せで堪らないと言わんばかりに、金色の瞳を和らげる。
そんなこちらの姿をじっと見下していた彼は、うんざりとした様子で吐き捨てた。
「スノーエルがいれば危機的状態に追い込まれることはないと、勝手に信じていた俺が馬鹿だった」
陛下はこれまで、神獣を護衛代わりに使っていたようだ。
しかし、こうして問題が起きた以上、その役割を担えるほど鍛え抜かれた戦士ではないと気づかされたのだろう。
彼は大きな図体を窮屈そうに屈めてラシリネと顔を近づけると、耳元で言い聞かせた。
「いいか。男は全員、魔獣と同じだ」
「陛下も、例外なく……ですか……?」
「ああ。つねに警戒を怠るな。そうしないと、先程のような恐ろしい目に遭う」
「お、大袈裟ですよ! 今のは、きっと何かの間違いで……」
「――やはり、君のそばには俺がいないと駄目なようだな」
艶っぽく紡がれる低い声に心臓は高鳴り、浮き足立ってしまう。
ラシリネはそれを隠すのに必死だった。
(陛下ったら……! なんて素敵なの!? 一生、このままでいたくらいだわ……)
いつまでも聞き惚れていたいと言わんばかりに金色の瞳を細めていると、先程まで瞳の奥底に憎悪を滲ませていたとは思えぬ優しい表情で、こちらをじっと見つめた。
「今まで、悪かった……」
「いえ……。そんな……。陛下は何も、悪くありません。私が、聖女になりたいなんて我儘を言ったせいで……」
恐縮しながらも同じように謝罪を試みれば、紫色の瞳がこちらを射抜く。
「これからもそばで、ラシリネを守らせてほしい」
真剣な眼差しの奥に秘められた並々ならぬ想いを垣間見たら、とてもじゃないが拒絶などできない。
「それは、私の台詞ですよ」
こうして2人は口元を綻ばせ、いつまでも笑い続けた。




