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禁呪と神との対話

「スノーエル」

「わふ?」

「こちらに」


 ラシリネとともに気持ちよさそうに寝台へ横たわっていた神獣の名を呼び、執務室へ移動する。

 こちらにまったく警戒心をいだく様子のない動物は、すぐさま黙って指示に従ったのを後悔した。


「きゃうん!?」


 ダリウスが強制的に神降ろしを実現させる呪いの込められた首輪を、強引に装着したせいだ。

 もがき苦しむ神獣の姿を冷めた目で見つめていると、思っていたよりも早く待ち望んでいた声が聞こえてくる。


『おいおい。私の器を傷つけるとは、いい度胸じゃねぇか』

「貴様には、責任を取ってもらわなければならない」

『この帝国の聖女になれって命じたこと、怒ってんのか?』

「当然だ」

『あんたのためを思って、提案してやったのに……』


 スノーエルの身体に入り込んだ神は、呆れたように念話で人間の言葉を話す。


「もったいぶらないで、さっさと話せ。時間がない」


 本来神との対話は、聖なる力を生まれ持った聖女だけができる。

 それを特殊な魔具を使い、無理やり実現させているのだ。

 タイムリミットは、スノーエルに無理やり嵌め込んだ首輪が崩壊するまで。

 時間換算すると、5分程度しか残されていなかった。


『ラシリネ』

「彼女の名を、軽々しく呼ぶな!」

『おー、怖っ。嫉妬心だけは、いっちょ前にあんのかよ。あの子を現在進行系で、傷つけているくせになぁ?』

「仕方ないだろう。彼女は強引で、傲慢で、最悪な態度の男が好きなんだ。今のままでは見向きもされないのなら、変わるしかない」

『あんたの想いがあの子に通じねぇのって、そういう思い込みの激しいところが足を引っ張っているからじゃねぇの?』


 いくら神であれども、言っていいことと悪いことがある。

 ダリウスが苛立たしげに獣を睨みつければ、彼は呆れたような声を響かせた。


『私達はあんたらが想いを通じ合わせることは、反対してねぇ。つまり、あんたの味方だ。わかったら、もう二度と器を傷つけるなよ』

「聖女と人間が想いを通じ合わせれば、神の天罰が下る。彼女はその言い伝えを恐れている。君からの許可を得られたとしても……」

『聖女には地区ごとに、担当となる神がいる。愛し子の伴侶に相応しき男が見つかれば、個別に許可を出す決まりだ』


 聖女ですらも知らない真実が次々と明らかになっていく。


(魔具を使って、本当によかった……)


 自らを褒めると同時に、ダリウスは神を恨んだ。


(神のやり方は、気に食わん……。さっさと情報共有をしていれば、俺達がこんなふうにすれ違うことなどなかっただろうに……)


 声に出さずとも、こちらがいだく感情を読み取ったのだろう。

 彼は渋々、天界の事情をペラペラと語り始めた。


『私の担当は、アデラプス王国とエヴァイシュ帝国。守護する聖女がいないって状況は、神の査定に響くんだよ。んで、あの子が愛する人のために聖なる力が強まるタイプと来たら……。結婚するな、なんて言えねぇだろうが』


 ここでも、新たな新事実が明らかになった。

 彼女は想い人を守るために、聖なる力を高めるそうだ。


(母国で穴だらけの防壁しか生み出せなかった彼女が、アデラプス王国の国王を愛しているはずがない……!)


 ダリウスは紫色の瞳に驚愕の感情を宿しながら、恐る恐る問いかけた。


「俺は彼女を、好きでいてもいいのか……?」

『当たり前だろうが。変な勘違いして、あの子への想いを捨て去るとか、もう二度と考えるんじゃねぇぞ』


 神がぶっきらぼうにそういい放った直後、パリンと音を立てて首輪が砕け散る。

 器の中から神が出て行ったため、スノーエルの意識が戻ってきたようだ。


「わふん!?」


 神獣は「なんて酷いことをするんだ」と、驚いた様子でダリウスから距離を取る。

 その後、ラシリネが眠る休憩室へ戻ろうとしたが、こうなることを見越して鍵をかけていたおかげで神獣は勢いよく扉にぶつかった。


「わふ……っ」


 くるくると目を回してその場に倒れ伏した獣の姿を冷めた目で見つめ、思案する。


(神の言葉を、信じていいのか……?)


 聖なる力を宿した聖女にとって、神のありがたいお言葉は絶対だ。

 たとえどれほど恐ろしいお告げであろうとも信じ、従順に聞き入れる。


 しかし――。


 ダリウスは信仰心など一切ない、ただの人間だ。


 神の言葉素直に聞き入れ慢心した結果、彼女を手に入れられなかった時が一番怖い。

 間違いなく、「どうしてあの時神など信じたのか」と後悔するはずだ。


(やはり、就任式は中止にするべきだ)


 神には「邪魔をするな」と釘を刺されたが、その願いを黙って聞き入れる理由は今の自分にはない。


(最後まで、足掻き続けてみせる……!)


 ダリウスが紫色の瞳に彼女に対する執着心を滲ませた直後、隣の部屋からガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえてくる。

 スノーエルが倒れ伏した音を聞き、「一体何事か」と驚いたラシリネが起きてしまったのだろう。


(心優しい彼女のことだ。神獣が倒れ伏している本当の理由を知ったら、嫌われてしまう……)


 ダリウスは頭の中で言い訳を考えながら、鍵を解錠してラシリネを招き入れた。


「陛下! スノーエルが、いないんです!」


 彼女はすっかり、神獣がお気に入りのようだ。

 血相を変えて問いかけてくるラシリネに苛立ってしまい、思わずぶっきらぼうな言い方をしてしまう。


「そこにいるぞ」

「わ、わふ……」

「どうしたの!?」


 慌てた様子で獣に駆け寄った聖女は、夜着が汚れるのも厭わずにその場へ座り込む。

 その後小さな腕を両手いっぱいに広げ、真っ白な毛並みを抱きしめて無事を確認した。


「扉にぶつかって、目を回したんだ」


 こちらから詳しい事情を聞いたラシリネはほっと胸を撫で下ろし、金色の瞳に涙を浮かべてポツリと呟く。


「よかった……。あなたに何かがあったら、どうしようかと……」


 たとえ相手が人間ではなかろうと、ダリウスは神獣の身体に神が乗り移り、男性の声を発する姿を目にしている。

 己の身体の中で言いようのない怒りと嫉妬心が渦を巻く。

 彼女の口からスノーエルに好意を寄せているとの発言が飛び出して来れば、今までひた隠しにしてきた想いを抑えきれなくなりそうだった。


(君にはどうか……。俺だけに、愛を囁いてほしい……)


 そんな危機感に苛まれ、ダリウスは必死に祈った。


「陛下。スノーエルがご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」

「いや……。俺は何も、していない……」


 ラシリネが深々と頭を下げる姿を目にして、いつも通りに応対したからだろう。

 彼女は嬉しそうに金色の瞳を輝かせ、先程まで眠っていたとは思えぬほどに元気いっぱいの声を響かせた。


「ありがとう、ございます!」


 満面の笑みを浮かべる想い人の姿を目にして、膝から崩れ落ちたい気持ちでいっぱいになる。


(俺は今まで、なんてことを……!)


 今まで通りに接していれば、至近距離で何度だってラシリネの微笑む姿を見られたはずだ。


 なのに――。


 想い人に好かれたい一心で、ダリウスはその権利を手放してしまった。


(今すぐみっともなく縋り、彼女に許しを乞おう)


 心優しい聖女ならきっと、許してくれる。

 そんなふうに甘い考えをいだく自分に、反吐が出た。


(ラシリネを愛しているからこそ、何をしても許される。そんなふうに思っている時点で、アデラプス王国の国王を批判できる立場にはない……!)


 ラシリネは、己が手を伸ばせば触れられる距離にいる。

 ちっぽけなプライドさえかなぐり捨てれば、好きなだけ腕にいだけた。


 なのに――。


 自分でも気づかぬうちに嫌悪している男と同じところまで堕ちたことに気づいて尻込みしてしまい、指一本すらも動かせない。


(くそ……。こんなにも、彼女を愛しているのに……!)


 やることなすことが空回りして、ドンドンと坂を転がり落ちるかのような錯覚に陥っている。

 それが余計に一歩を踏み出す勇気を奪い、額には脂汗が滲んだ。


「おいで。スノーエル」

「わ、わふ……」


 彼女は神獣を抱き上げると、隣の部屋へと歩みを進める。


(早く、手を伸ばせ。今なら、まだ間に合うはずだ……)


 ダリウスはゴクリと生唾を飲み込み、震える指先を彼女の背に向かって伸ばした。


「おやすみなさい、陛下」


 その直後――。

 くるりと夜着を揺らして振り返ったラシリネは慈愛に満ちた表情でこちらに向かって囁くと、パタリと扉を閉めて休憩室に戻ってしまった。


「反則だ……」


 緊張の糸が切れ、ズルズルとその場に崩れ落ちる。

 ダリウスはドアを背にして項垂れると、顔を真っ赤にして口元を覆ったのだった。

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