表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

失敗(2)

「俺が、もっと強ければ。あのような情けない姿を晒さなければ。ラシリネが、聖女になるなどと手を挙げずに済んだ……」


 たった一度の選択ミスが、2人を隔てる分厚い壁に変化してしまったのだ。

 10年前に涙が枯れるほどに後悔し、「もう二度と同じ過ちを繰り返してなるものか」と己を奮い立たせたはずなのに……。

 ダリウスは再び、岐路に立っている。


(再び聖女になった彼女を神の元から奪い取ろうと目論めば、今度こそ天罰が下るだろう)


 帝国民達は「聖女がいない分だけ、自分達が頑張ればいい」と必死に身体を鍛えているが、それは皇帝の機嫌を損ねないようにと計算し尽された建前だ。

 本音はいつだって、たった1つだけ。


『他国のように、聖女様のお力を得られれば……俺達だって、こんなにつらい訓練を続けて身体を痛めつけなくたっていいのにな』


 己の最愛を犠牲にして、自分達だけは平穏な生活を享受したい。

 そんな生半可な考えを持つ輩が自国で暮らしているなど、反吐が出る。

 片っ端から嘘発見器にでもかけて、追い出したいくらいだ。


 しかし――。


 たとえ自分がこの帝国の最高権力者であろうとも、そんなことをする資格がない。

 聖女としてこの帝国へ尽くそうと手を上げた女性がラシリネでさえなければ、「己の負担が軽くなる」と両手を上げて喜んだはずなのだから……。


「俺はいつだって、自分が傷つくことを恐れ、保身に入る……。彼女に愛を囁く価値のない人間だ……」


 自分が彼女に愛を囁く資格のない人間だ。

 それでもラシリネに手を伸ばし、腕に抱きたいと願い続けるのは――。


 やはり、彼女がそれだけ魅力的な女性だと言うことなのだ。


「必要以上に自分を責めるのは、よくないと言っているだろう」

「だが!」

「10年前とは、また状況が異なる。ラシリネ嬢は今、戦争でも仕掛けぬ限りは手が出せぬ隣国ではなく、自国の聖女だ。神を欺き、愛を育める可能性はあるぞ?」

「俺が一方的に彼女に愛を囁いたところで、なんの意味もない……。好きになってもらわなければ……」


 彼は必死に憂鬱な気持ちでいっぱいになったダリウスの気分を上昇させるべく言葉を尽くしてはくれた。

 だが、己の心には響かない。


(もう駄目だ……)


 何もかも諦めたくなる気持ちは、普段であれば心の奥底に沈めて鍵をかけて、見ない振りをしていた。

 皇帝が情けない男だと、民や想い人に知られたくなどなかったからだ。


 しかし――。


 ここには、気心のしれた父親しかいない。

 彼は息子の意気消沈する姿を見ても、周りに言いふらすような男ではなかった。


 ダリウスは思う存分、ボソボソと聞き取りづらい声で弱音を吐き出した。


「俺には無理だ。たとえ演技でも、ラシリネに心ない言葉をぶつけるなど……。無視するのが精一杯な状態では、愛してなどもらえない……!」

「暴力的で性格に難のある男性が好きだと、面と向かって言われたのか?」

「俺は何10年も前から、彼女を愛しているんだぞ……!? そんなの、口にされずとも手に取るようにわかる……」

「貴様らはなぜこうも、お互いのことになると周りが見えなくなるのだ……?」


 父親は心底不思議で仕方がないとぼやいていたが、ラシリネが好きすぎてどうにかなってしまいそうな状態のダリウスに彼の言葉は届かない。

 まるでこの世の終わりだと言わんばかりの絶望顔で全身を小刻みに震わせ、低い声で呪詛を吐き出す。


「シラネアオイのように美しく可憐な少女を妻として娶りたいなど、不相応な願いをいだいた俺が悪かった……。やはり、この恋心は彼女に伝える前に捨て去るべきだ……」


 追放されたラシリネを自国へ連れ込み、四六時中そばに置いてご満悦な態度を見せていたとは思えぬほどに落ち込みように、父親も呆れて物が言えないらしい。


「行動すらしようともせず、愚痴を零すしか脳のない腑抜けに我がかける言葉など何も無いない。鍛錬の邪魔だ」


 父親は青紫の瞳を苛立たしげに細めて喝を入れると、そのまま己を追い出してしまった。


(有力な情報は、何も得られなかった……)


 これは自分と彼女の問題だ。

 なのに――周りを巻き込んで楽になろうとするからバチが当たったのだろう。


 ダリウスは頭を冷やすべく、トボトボと足取り重く帰路につく。


(合わせる顔がないな……)


 父親の前では「ラシリネを好きで居続けるのはやめる」などとぼやいたが、そんな気は毛ほどもなかった。

 彼女の存在は、今では己の一部と化していたからだ。


(会えない時も、彼女を忘れた日など一度もない……)


 どれほど苦しく、悲しいことがあって倒れ伏したとしても、彼女の笑顔を見れば何度でも立ち上がれた。

 ダリウスがここまで生きてこられたのは、ラシリネのおかげだ。

 あの子のいない生活など、考えれなかった。


 だから――。

 どうにかして、自分だけのものにする必要があった。


(彼女は心優しき女性だ。自分の幸せを犠牲にして他者が救われるのであれば、喜んでその身を差し出すだろう……)


 今すぐに黒いオーラを纏う獣を倒す方法を見つけるのが難しいのであれば、彼女が聖女になったあとのことを考えるべきだ。


(今の俺に、できることがあるとすれば……)


 禁呪でもなんでも使って、神との会話を試みるしかない。


(やるか……)


 ――その夜、ダリウスはさっそく行動に移した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ