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失敗(1)

「想い人が私を好きになることは、きっとないので……」


 最愛の聖女からその言葉が紡がれた瞬間、この身は言いようのない怒りと絶望でいっぱいになった。


(ラシリネは俺に好意をいだいていると、信じて疑っていなかった。だが、それはどうやらそれは違うらしい)


 彼女は想いの届かぬ相手に、恋をしているようなのだ。

 ラシリネに幼い頃から言葉では言い表しきれないほどの激重感情をいだいている己にとって、この発言はみっともなく縋りついて罵声を浴びせたいほどに納得できぬものだった。


(彼女が想いを寄せる相手は、どこの誰だ……!)


 紫色の瞳に怒りの感情を宿らせ、思案する。

 彼女は聖女になった瞬間から、生涯神に操を立てることを義務づけられている。

 ラシリネとかかわり合いになれる異性は、神官と国王くらいしかいなかったはずだ。


(まさか……。彼女は、己に汚名を着せた男を愛しているとでも言うのか……?)


「ハズレ聖女」などと口汚く罵った挙げ句、己を隣国近くの県境境に着の身着のままの状態で追放するような輩が好きなのであれば、ラシリネが「自分を好きになってもらえない」と悲しげに金色の瞳を伏せるのも無理はなかった。


(10年間も心ない言葉をぶつけられていたのだ。心の傷が、まだ癒えていないのかもしれん……)


 もしかすると、彼女は優しくされるよりも酷い扱いを受けるほうが好きなのかもしれない。


(大好きな少女へ、意図的に不躾な態度を取るのは気が滅入るが……。仕方ないか……)


 ダリウスは己の推測が事実かを確かめるべく、あえてラシリネに冷たい態度を取るようになった。


「陛下……」


 何かを言いたげに呼び止めようと試みる彼女の言葉を無視した。


(く……っ。あんなふうに悲しんでほしくなかったから、俺のそばへ強引に連れて来たと言うのに……!)


 いくらこちらが演技で仕方なくしていたとしても、ラシリネからしてみれば「言い争いを終えた直後から険悪な雰囲気になってしまった」と言う状態だ。


「わふん……」


 こちらをじっと見つめるスノーエルから「あんたは一体何をやってんだ」と疑いの眼差しを向けられるのが、余計にいたたまれなかった。


(やはり俺は、間違っているのだろうか……)


 ラシリネに好かれるためなら、どんなことでもする。

 そう決心して始めたが、数日もしない間につらくなってしまった。


(抱きしめたい……。それが無理なら、触れ合うだけでも……。いや、駄目だ。いつも通りの、明るい彼女の声を……)


 自分から始めた以上、「すまなかった」と頭を下げて今まで通りの関係に戻るのは、どうしてもプライドが許さない。

 そんなことをしたところで、自分を好きになってくれるわけでもなければ、「聖女になりたい」と宣言をした彼女の考えを変化させられないと、心のどこかで理解しているのが大きいのだろう。


(本音を隠し、ラシリネの意思を尊重するべきだったのか……?)


 己の進むべき道を見失った時は、父親に相談するのが一番だ。

 ダリウスは王立騎士団の指導を熱心に行う彼と合流し、悩み事を口にする。


「どうすればラシリネは、我が帝国の聖女になりたくないと言ってくれるのだろうか……」

「知らぬ。当人に聞くのが、一番であろう」


 父親は至極真っ当な発言を真顔で行うと、「やっと相談しに来たかと思えばそんなどうでもいいことを聞くのか」と心底軽蔑したとばかりに青紫色の瞳を細めた。


「それができれば、苦労はしない」

「彼女を呼び止める手間すらも惜しむようでは、話にならんな……」

「これもラシリネに好かれるために、必要なことだ」

「ラシリネ嬢は、貴様の身勝手な行動のせいで目に見えて落ち込んでいるようにしか見えないが」

「仕方ないだろう。彼女が傲慢な男性を好むのなら、理想となる人間を演じるしか俺に残された道はない……」


 彼はラシリネのためを思って拗らせた結果、暴走した己の行動原理が理解できないらしい。

 心底不思議で堪らないと言わんばかりに、問いかけてきた。


「話が読めんな。なぜ、そうなるのだ?」

「ラシリネには、どれほど想いを募らせたところで届かぬ相手に好意を寄せているらしい。彼女が愛する男はアデラプスの国王に違いない」

「また、ややこしい勘違いを……」


 父親は苛立ちを隠せぬ様子でポツリと呟いたが、うまく行っていれば相談などしない。

 ダリウスは疲弊した様子を見せ、胸元で腕を組んで項垂れた。


「ラシリネ嬢の意思を無視して、思い詰めるのもいい加減にしたらどうだ」

「無視などしていない。これが俺にできる、最善だった」

「対話をしないから、こうなるのであろう」

「彼女は一度決めたら、絶対にそれを曲げない。もっと険悪な雰囲気になるだけなら、このままで居続けるべきだ」

「ラシリネ嬢を嫌いになったわけではないのなら、悪手でしかないぞ」


 人前では冷静沈着なだけが取り柄の皇帝として、今まで生きてきた。

 その仮面を無理やり被り続け、本当の自分を隠し続けるのは不利益にしかならない。

 そんなふうに指摘してくれるのは、父親だけだ。


(やはり、父上は頼りになるな……)


 見当違いなアドバイスをしてくる母親よりは、ずっと信頼できるはずだったのに――。

 今回ばかりは納得できず、言いようのない思いを滲ませながら吐き捨てた。


「父上は俺に、どうしろと言うんだ……」

「貴様がどうしたいかによっても、大きく変わる」


 父親には、これまで何度も説明している。

 己の願いは、彼女に好意をいだくようになった幼き頃と変わっていなかった。


「俺はラシリネを、妻として娶りたい」


 たとえ相手が神であろうとも、容赦はしない。

 何を犠牲にしてでも、手に入れたい相手。

 それが、自分にとってのラシリネ・ラオイドルという存在だった。


「ようやく彼女が、触れ合える場所に戻ってきたんだ……。なのに、なぜラシリネは聖女になりたいなどと……」

「聖なる力を用いなければ浄化できぬ、魔獣の出現。明らかに、あれのせいであろうな」


 ダリウスは幼い頃から、民達と協力して魔獣の討伐を行っている。

 そのため、獣を前にした際の戦い方は熟知していた。


 なのに――。

 遅れを取った結果、「この帝国にも聖女が必要だ」と想い人に思わせてしまった。

 あれは明らかに、己の失態だった。

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