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国外追放と救いの手

「聖女ラシリネよ! 貴様をこの国から、追放する!」


 聖女。それは生涯神に操を立て、迫りくる魔獣から国の平和を守り続けるために防御壁を張り巡らせる人身御供だ。

 アデラプス王国のラシリネは、自国でハズレ聖女と罵られて生きてきた。


 聖なる力によって生み出された障壁が国の防衛力の要となるのに、自分は外敵を防ぎきれない中途半端で穴ボコだらけの防壁しか展開できなかった。


 事態を重く見た若き王は、己を追放して新たな聖女にこの国を守護させると決めたらしい。


(ああ。やっと、この最悪な環境から抜け出せるのね……)


 ラシリネはこの時を、ずっと待ち望んでいた。


『この、役立たずが!』


 外敵が結界をすり抜けて侵入する度に、陛下から罵られた。


『貴様が完璧な防壁を展開していれば、国民達も傷つかずに済んだ!』


 対処に当たる王立騎士達が厳しい鍛錬を重ねていれば、魔獣の侵入を防げたかもしれないのに――責任の所在はすべてこちらにあるのだと物凄い剣幕で捲し立てられた。


(私はこの国で、必要とされていないのね……)


 その事実に気づいてしまったら、駄目だった。

 自らの人生を捧げ、民の安寧を本気で祈ろうと言う気にはなれなかった。

 攻撃をすべて退けたところで、彼らがこちらを褒めたたえてくることがないのは明らかだったからだ。


(陛下は私を、自分が賞賛されるための道具としか思っていない……)


 なぜ自分が女性としての幸せを手放してまで、こんな傲慢な王の治める国を守らなければならないのだろう? 


『よくやったな』


 たった一言でいい。


『君は素晴らしい聖女だ』


 あの人のように、己に優しく寄り添ってくれる人がいたのなら――。

 きっと、この国でハズレ聖女なんて汚名を轟かせる状態になんてならなかったはずだ。


「私がこの国を去ったあと、誰が聖女になるのですか」

「このあたしに、決まってるじゃない!」


 ラシリネが聖女としての才を見出された時、その場には自分と同じ血を引く妹の姿があった。

 障壁を展開できたのが自分だけだったため、聖女としての役目を担うことになった経緯がある。


(陛下はきっと、ずっと疑っていたのね……)


 10年前に才能を見出された聖女ラシリネは、中途半端にしか国を守れないまがい物。

 ならば、選ばれなかったもう1人のほう――妹のアオリこそが本物だと考えたのだろう。

 そうして自身はアデラプス王国の聖女としての座を引きずり降ろされ――空いた席には、アオリが座る。


「この世界始まって以来のハズレ聖女って呼ばれるようになってから、我がラオイドル公爵家の評判も下がる一方よ。これからはこのあたしが、真の聖女として名を轟かせてあげる!」


 胸を張って自信満々に声を発する妹の姿を目にして、ラシリネはほっとした。

 聖女がいなくなれば、この国に張り巡らされた障壁が解除される。

 自国に侵入してきた獣を討伐するのにも満身創痍な武力では、聖なる加護を失えばあっという間に国が滅びてしまうと危惧していたからだ。


(これで心置きなく、聖女の座を退けるわ……)


 己を追放するという覚悟を決めた陛下に抗ってまで、この国で聖女と呼ばれ続けたくはない。

 ラシリネは抵抗を止め、追放を受け入れた。


「アオリ……。この国を、お願いね……」

「ふんっ。ハズレ聖女になんか、お願いされたくないわ!」

「連れて行け!」

「はっ!」


 ――王立騎士団に連行されたラシリネは、人気のない国境堺で置き去りにされた。


(これから、どうすればいいのかしら……)


 修道服は脱がされずに済んだが、無一文の状態でできることは限られている。

 頼れる人もおらず、腕っぷしにも自信がない。

 そんな自分にできるのは、10年前に別れた想い人を訪ねて隣国を目指して歩くことくらいだろうか。


(聖なる力を持つ人間は、魔物にとっては真っ先に始末するべき格好の的……。このままこんなところにい続けたら、食い殺されてしまうわ……)


 まずは食料の確保と、武器の調達を最優先にするべきだ。

 隣国へ向かうかは、あとで決めればいい。


(果物が実っているとしたら……。やはり、森の中よね……)


 ラシリネが魔獣の住まう森へ目をつけ、そこに向かって歩みを進めようとした時だった。

 勢いよく、黒い小さな影がこちらに向かって飛び出してきたのは。


「ルガウッ!」


 それは唸り声を上げて、敵意を向けてくる。

 ――恐れていた事態が、起きた瞬間だった。


「ひ……っ!」


 魔獣が姿を見せた直後、思わず喉が引き攣る。

 ラシリネは国中に障壁を張ることはできても、防護壁を自らの意のままに操って身を守る術を持っていない。

 鋭利な牙を持った生物と出会ってしまった時点で、死んだも同然だ。


(ああ。私はここで、命を落とすのね……)


 目を閉じれば、今までの出来事が走馬灯のように繰り返される。


(せめて、ひと目だけでいい。もう1度だけ、あなたの姿が見れたのなら……)


 真っ先に思い浮かべたのは、10年前に顔を合わせたきり顔を合わせる機会のなくなった、想い人の姿だった。


『ラシリネ』


 彼はいつだって、自分を優しい声で呼んでくれていた。


『君は聖女になんか、ならなくていい』


 聖なる力がこの身に宿っていると知った時、真っ先にその力は秘匿するべきだとアドバイスをしてくれたのも、彼だ。


『聖なる力を隠す魔具を、身につけてくれ。そうすれば、ずっと一緒にいられる』


 その提案に黙って頷いていれば、ハズレ聖女なんて名前で呼ばれる必要はなかったのだろうか? 


「ガルゥ!」


 こちらが目を閉じて直立不動のまま微動だにしないのをいいことに、獣は安全に狩りができると踏んだのかもしれない。

 勢いよく、地を蹴る音がする。


(これはきっと、天罰なんだわ……)


 自分が聖女になると決意をした時、少年が見せた表情は忘れられない。

 困惑、戸惑い、裏切られたと絶望し、美しい表情は苦痛に歪められていた。


(死にたくない、な……)


 彼の笑顔を見てから命を終えたかったが、今となってはどうしようもできない。

 ラシリネはこの場で死に至る運命を受け入れ、息絶えた――はずだった。


「だから言っただろう。あんな国で聖女の才を見出されても、ろくなことにならないと」


 呆れたように紡がれた、聞き取りづらいテノールボイスが、あたり一面に木霊する。


 姿を見せた男性は、ラシリネに襲いかかる獣達を危なげなく討伐すると、「こうなるのは予測済みだった」と言わんばかりに、眉を顰めた。


「ダリウス、様……」


 彼と最後に顔を合わせたのは、10年も前だ。

 少年から立派な好青年に成長して、明るく元気な声はいつの間にか低く男性らしい声音に変化している。


 なのに――。


 ひと目見ただけで想い人だと気づけたのは、「最期に会いたい」と強く願っていたからなのだろう。


(私の救世主……)


 彼はいつだって、己の危機を救おうとしてくれる。

 そんなダリウスのことが、自分は大好きだった。


 しかし――。

 聖女が人間に恋をするのは許されても、その想いを通じ合わせることはできない。

 ダリウスのそばにいることを選べば、いつかはきっと相思相愛になりたいと願ってしまう。

 そんな気がしたから、あえて離れる決断をしたのに――。

 彼はこうして、再び己の前に姿を見せてしまった。


「俺に嫁ぐ準備は、できたか?」


 ダリウスは優しく口元を綻ばせ、ラシリネを挑発した。

 その表情だけは、当時となんら変わりはなくて……。


(伝えたい。あなたが好きだと……)


 ラシリネはあの時言えなかった想いを口にしかけ、ぐっと堪える。

 いくら自分が自国で聖女としての任を解かれたとしても、己の身に聖なる力が宿っているからだ。


(でも、言えないわ……)


 ラシリネは一度、神に操を立てた。

 彼に好意を伝えるのは、天に住まう超常的な存在に対する裏切りと取られかねない。

 自分だけではなく、ダリウスにも天罰が下る可能性が高かった。


  (彼の気持ちには、応えたい。でも、そんなことをしたら……。一体私は、どうしたらいいの……?)


 聡明な彼のことだ。

 こちらが困惑の色を隠せぬまま、金色の瞳に涙を溜めてじっと黙りこくっている理由を悟ったのだろう。

 ダリウスはラシリネに向かって、反省した様子でぽつりと呟く。


「質問が、あまりよくなかったな」


 彼は魔物を退けた剣の切っ先を腰元につけた鞘に収めると、こちらに危害を加えるつもりはないのだと行動に示す。


 その後、ゆっくりと開いている手を差し出した。


「俺の手を取れ。君はもう、アデラプス王国の聖女ではなく――。聖なる力を持って生まれた、ラオイドル公爵家のご令嬢だ」


 その手に自ら触れたいのは山々だが、ラシリネにはその選択を選び取れない理由がある。

 だからこそ、全身を小刻みに震わせて左右に首を振る。

 そして、おびえた様子で拒絶の言葉を吐き出した。


「わ、私は……。自国から、追放された身ですよ……? 家名を名乗る資格すら、ありません……」

「だから、どうした」

「本来であれば、ダリウス様とこうして言葉を交わす資格だって……!」

「俺が望んだ。誰にも、文句など言わせんよ」


 彼の国を追放された自分は、すでにただの人だ。

 貴族の生まれであったとしても、今となってはなんの意味もない。

 だからこそ、どれほど隣国の皇太子から望まれようとも、彼の手を取る資格などなかった。

 なのに――。


「殿下……」

「ほかに、気になることは?」


 こちらがどれほど彼と一緒にいられない理由を並べ立てたところで、ダリウスは引き下がるつもりはない。


(彼と別れて魔物に襲われたら、今度こそ私の命は消え失せる……)


 せっかく、ずっと会いたいと願っていた想い人と再び巡り会えたのだ。


(素直になれば、今度こそ……。幸せになれるかもしれない……)


 これが10年前の心残りを消化するために神が与えてくれた、最初で最後のチャンスならば――。

 彼の好意を拒み続け、自ら破滅の道に歩むのは止めるべきだろう。


(自問自答を繰り返していたって、答えは出ないわ……)


 ラシリネは瞳を潤ませ、ダリウスに問いかけた。


「私はあなたのそばにいても、いいのですか……?」

「もちろん」


 彼は考えるまでもなく、2つ返事で了承する。

 その後、屈託のない笑みを浮かべて告げた。


「君の意思を無視して、強引に縛りつけるつもりはない。これからのことは、ゆっくりと時間をかけて考えればいいだろう」


 ダリウスが行ったのは、あくまで提案だ。

 最終的な判断は己に委ねられている。


(彼からはっきりと命じられたら、従わざる終えないのに……)


 こちらの決断をじっと待っていてくれるのが、彼らしい。


  (ダリウス様の好意を、これ以上拒むなんて……。できない、わよね……)


 目元に溜まった涙を小さな指先で拭った少女の瞳には、確かな決意が秘められている。


「よろしく、お願いいたします……」


 迷いを断ち切ったラシリネは、こうして満足そうな笑みを浮かべるダリウスの手を取った。

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