第八話 鉄砲之助誕生?!
砦を覆っていた煙がようやく晴れた。
矢の雨も弱まり、櫓に構えていた今川方の兵たちの顔に、はっきりと動揺の色が浮かんでいる。
「よし、押せぇぇ!!」
信長の号令とともに、織田の兵たちがどっと前へと駆け出した。
地鳴りのような足音、槍の穂先が一斉に光り、戦場は歓声と怒号に包まれる。
先陣に飛び込む与一の姿が、鉄之助の目にも一瞬映った。
(兄上ぇぇ! 槍ぶん回してるけど、ちゃんと生きて帰ってきてよ……!)
鉄之助は火鉢をぎゅっと抱え込み、心臓の鼓動で胸が破裂しそうになりながら必死に踏ん張っていた。
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そのとき、不意に父・蔵六の低い声が耳に届いた。
「……鉄之助」
「な、なに父さん!? 火、落としちゃった!?」
「いや違う。お前は火を守っておる。――ならば、“鉄坊”より“鉄砲”の方が似合いかもしれん」
「……は?」
鉄之助は一瞬言葉を失った。戦場のど真ん中で、何を言い出すんだ父。
蔵六は真顔で続ける。
「どうせなら、“鉄砲之助”。これなら信長様のお側で通用する」
「ちょっと待って父さん!? 長い! 物騒! しかも俺の人生、刀じゃなくて鉄砲路線に転職しろってこと!?」
鉄之助は半泣きで火鉢を抱きしめた。
「ていうか“鉄砲”と“鉄坊”って読み方ほぼ同じだし! 絶対読者も混乱してるから! ここにいる兵だって間違えて呼ぶぞ!」
隣の兵士が「……確かに」と小声で頷いた。
鉄之助は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「ほらぁ! 混乱するってば!!」
蔵六はふっと口の端をわずかに上げると、再び信長の背を見据えた。
「……だが、この役割はお前にしかできぬ。火を絶やすな。鉄砲は命を奪う道具でもあるが、守るための力にもなる」
父の声は真剣そのもので、鉄之助の胸にずしりと響いた。
「……父さん……」
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その直後。
「放てぇぇ!!」
信長の号令とともに、再び轟音が戦場を揺らした。
銃声が砦を震わせ、黒煙の向こうで敵兵が次々と倒れていく。
「ひぃっ!」
鉄之助は思わず耳を塞ぎ、尻もちをつきそうになる。
「こ、こんな距離からでも……人が……!」
だが信長は、あくまで涼しい顔で鉄砲を受け取り、次の火縄を受け取り、立て続けに撃ち続けていた。
敵陣が崩れかけ、織田兵の士気はさらに高まる。
「押せ! 今川を潰せぇぇ!」
「勝てるぞ! 勝てる!」
歓声があちこちから上がる中、まだ陣の片隅では疑念の声も残っていた。
「鉄砲なんぞ、弾が尽きればただの棒だ!」
だが信長はその声を聞き流し、あっさり言い放った。
「尽きるなら、その前に勝てばよい」
(論破ぁぁぁ!? いやカッコいいけど理屈は力技すぎるだろ信長様ぁぁ!)
鉄之助は心の中で盛大に突っ込んだ。
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その時、横で小姓の一人が慌てた声を上げた。
「ひっ……火が消えた!?」
「落ち着け! 火はまだある!」
蔵六が素早く火縄を渡し、事なきを得る。
その俊敏な動きに、鉄之助は思わず目を丸くした。
(すげぇ……父さん、工房でも戦場でも“鍛冶屋補正”が発動してる! いや、なんでそんなに万能なんだよ!)
火縄は再び灯り、小姓の震える手で鉄砲が放たれる。
銃声が鳴り響き、敵兵がまた一人崩れ落ちた。
鉄之助は火鉢を抱きしめ、鼓動の速さを必死に抑えながら思う。
(これが……鉄砲の力……。でも俺は……刀鍛冶の子。俺は“火床の子”なんだ! 絶対に、鉄砲之助になんか改名しないからなぁぁ!)
戦場の勢いは織田方へと大きく傾いていく。
砦の木塀には次々と兵が取りつき、敵の矢も弱まり続けていた。
火縄銃の轟音が響くたび、敵兵は崩れ落ち、士気は削がれていく。
総攻撃の波に呑まれた今川方は、もはや持ちこたえることができなかった。
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信長が馬上から陣中を見渡し、笑みを浮かべて言い放った。
「――勝ち戦の刻が来たわ!」
その声は戦場の全員の耳を貫き、火を点けるように士気を燃え上がらせた。
その背中を見ながら、鉄之助は知らず息を呑んでいた。
(やっぱり……ただの“うつけ”なんかじゃない! この人、マジでカリスマやばすぎる……!)
しかし、この勝ち戦の渦の中で――まだ誰も知らなかった。
鉄之助の運命を大きく揺るがす悲劇が、すぐそこまで迫っていたことを。




