表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/49

第六話 鉄之助いざ初陣(1554年・村木砦)2


 夕刻。陣中にざわめきが走る。

「巫女を呼べ!」


 人垣をかき分け、鮮やかな衣をまとった女が現れる。

 渡り巫女――椿だった。

 鈴を手に、戦場の空気をまるで別物にしてしまうほどの存在感。


「……あっ」

 思わず声が出る鉄之助。


 与一も目を丸くした。

「鉄坊、あの時の女じゃねえか!」

「うん……椿って言ってた」


 椿はすぐ鉄之助を見つけ、にやっと笑う。

「やだ、坊や、ほんとに縁があるわね。面白いとこにいるじゃない」


 ――近い、近い!

 鉄之助は顔を真っ赤にして固まった。


 父・蔵六は腕を組み、冷静に言う。

「渡り巫女……戦場で呼ばれるとは、妙なものだ」


 椿は軽く笑って流し、今度は信長の前へと進む。




 馬上から信長が声を張る。

「舞を見せよ! 兵ども、鬱屈を晴らせ!」


 兵士たちはどよめいた。

「戦の前に舞だと?」「やっぱりうつけだ!」


 だが椿が鈴を鳴らし、一歩踏み出した瞬間――空気が変わった。



 澄んだ鈴の音とともに、椿の舞が始まる。

 裾が風を切り、袖が大きく翻る。

 その姿は――さっきまで「坊や」と茶化していた女と同じはずなのに、全く別人のようだった。


「な、なんだこれ……神様でも降りてきたのか?」

 鉄之助はぽかんと口を開ける。


 父・蔵六は目を細め、厳かに言った。

「舞は祈りだ。災厄を祓い、人を……」

「父さん! ちょっと待って! 今それどころじゃない! あの椿さん、さっきまで『坊や』とか言ってたのに! キャラ変わりすぎだろ!」


 与一は肩を揺らして笑った。

「鉄坊、舞に呑まれてんなぁ」

「いや兄上、これ俺だけじゃないって! 兵士全員ぽかーんだぞ!?」


 実際、陣中のざわめきは消え、兵たちの目は一様に舞う椿へと釘付けになっていた。



 舞はますます熱を帯びる。

 鈴の音が澄みわたり、袖のひるがえりは夜気を切り裂く。

 兵の荒んだ心を鎮め、同時に奮い立たせる――まさに神事。


 ――舞が終わった。

 鈴の音が静まり返った瞬間、陣中は水を打ったように沈黙した。


 そして次の刹那、地を揺るがすような歓声。

「おおおっ!」

「すげぇ……」

「これで勝てるぞ!」


 兵たちは鬨の声を上げ、空気が一気に熱を帯びる。


「……これが舞……」

 鉄之助は胸を押さえる。

「すげぇ、腹の奥が熱い……! いや、ドキドキしてんのは多分別の理由だけど!」


 父が低く言った。

「舞は心を束ねる……刀もまた同じ……」

「父さん! だから今それどころじゃないって! 俺の理性が束ねられてるんですけど!?」



 鉄之助はうわ言のように呟いた。

「……心臓がまだバクバクしてる……」

 与一がにやつく。

「お前、舞を見てたんじゃなくて、あの女を見てただけだろ」

「ち、違う! ……いや、ちょっとはそうかもしれないけど!」

「認めたぁぁぁ!」


 父・蔵六は呆れ半分にため息をついた。

「お前は鍛冶よりも、まず己の心を鍛えよ」

「父さん! 俺の心臓もう鍛えすぎて破裂寸前です!」



 舞を終えた椿は、すでにいつもの破天荒な笑みを取り戻し、鉄之助の前にぬっと現れた。

「どうだった? あたしの舞。坊や、腰抜かすかと思ったでしょ?」

「こ、腰は抜かしてません! でも心は抜けそうでしたぁぁ!」


 兵たちが笑いに包まれる中、鉄之助はひたすら顔を真っ赤にして縮こまった。



 その時だった。

 ――鋭い視線。


 鉄之助は背筋を凍らせた。

(ひぃぃっ! 信長様が俺のこと見てる! 絶対「役立たず」って思われたぁぁぁ!)


 だが違った。

 信長の瞳は鉄之助本人ではなく――腰に差した小刀を射抜いていた。鉄之助が初めて打ち、父が丹精込めて仕上げた小刀は、舞の最中、わずかに震え、刃の奥から得体の知れない気配を放っていた。信長はその微かな気配を感じ取ったのかもしれない。


 信長は唇の端にかすかな笑みを浮かべ、低く呟いた。

「……ただの鉄屑か、大業物になるか。さて、どちらだ」


 鉄之助はがたがた震えながら心の中で叫んだ。

(えっ!? 俺のこと!? 俺のことですか信長様!? やだぁぁぁ! 俺まだただの荷物係なんですけどぉぉ!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ