表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/49

間話 明智十兵衛光秀

【史実編】


 明智光秀あけちみつひでは、戦国時代の美濃国出身と伝わる。

 出生地は現在の岐阜県可児市明智荘周辺とされ、土岐源氏の一族・明智氏の支流にあたる。

 父は明智光継または光安とも言われるが、定説はない。


 若年期の光秀は、美濃の戦国大名・斎藤道三に仕えた。

 道三は油商から身を起こし、主家を討って国主となった人物で、

 光秀はその知略と合理性に強く影響を受けたと考えられている。


 当時の光秀は、道三のもとで兵法・政務・外交・医術を学び、

 特に地形・城郭・補給路などの分析に長けていたと記録される。

 『美濃国諸旧記』には「明智十兵衛、地理に通じ、智略人に勝る」との記述がある。

 また、道三の娘・帰蝶(濃姫)が織田信長に嫁ぐ際、

 その輿入れの護衛として同行したとも伝わっている。


 弘治二年(1556)、斎藤道三は嫡男・斎藤義龍と対立し、長良川で戦死した。

 この戦で明智氏の本拠・明智城も落城し、光秀は浪人となった。

 以後、彼の足跡はしばらくのあいだ史料上から消える。


 諸説によれば、光秀はこの時期に越前の朝倉義景を頼り、

 その間、各地の医師や僧、学者と交流したという。

 また、近江や若狭に滞在し、鉄砲・医学・薬草・地理学などを学んだ記録がある。

 『老人雑話』には「光秀、兵法と医道に達し、世を旅して人を診す」とあり、

 この時期に“知の漂泊者”と呼ばれるほど博識な人物であったことがうかがえる。


 永禄十年(1567)になると、美濃を制した織田信長の家臣として仕官。

 信長が岐阜城を拠点とし、「天下布武」を掲げる頃には、光秀は政務・外交・築城を担う側近となっていた。

 丹波・近江・山城を治め、比叡山焼き討ちや京都整備を指揮するなど、

 その手腕は戦国期屈指の行政能力として評価されている。


 そして天正十年(1582)、本能寺の変。

 光秀は主君・信長を討ち、わずか十一日の天下人となった。

 この謀反の動機については、現在も明確な史料は存在しない。

 怨恨・理想・信仰・政治的計算――いずれの説も決定打を欠く。

 ただ、彼が生涯を通じて理と秩序を重んじた人物であったことだけは、

 複数の史料が一致して伝えている。



【物語設定編】


 尾張統一の直後、光秀はまだ浪人の身であった。

 斎藤道三を失って一年、彼は医術と兵学を頼りに各地を渡っていた。

 尾張の清洲を訪れたのは、その途中の出来事だった。

 噂に聞いた「地図を描く兵」と「鍛冶が理を語る国」を見てみたい――それが理由だった。


 清洲で見た鍛冶場のひとつに、鉄之助の工房がある。

 光秀はその炉の中で、一本の刀に目を止めた。

 銘は「光忠」。


 その刃を見ただけで、光秀は即座に言い当てた。

 「備前長船光忠の写し。地鉄じがねの冴えが異なる。

  おそらく、火を落とす際に風の導きを加えているな」


 鉄之助は驚いた。

 刃の仕上げに使った“風を送る火床”の仕掛けは、

 師の代から伝わる秘伝だった。


 光秀は微笑み、

 「刀は火で鍛え、風で冷ます。

  どちらが欠けても、ただの鉄だ」と言った。


 このとき、彼の腰には一本の脇差があった。

 銘は不明だが、後に近江で「長船物の業物」と伝わった刀と一致している。

 つまり、光秀もまた、備前長船派の刀を愛用していた可能性がある。


 後年、光秀が自ら筆を執り「兵は火をもって始まり、風をもって終わる」と記した一節が残る。

 その言葉が尾張での経験に基づくものであることを、

 今、知る者はいない。



 彼はやがて再び旅立ち、美濃へ向かった。

 その地では、かつての主・道三が失われ、国は義龍の手で乱れていた。

 光秀はその混乱の只中で、

 “理を失った国”をもう一度見つめ直すことになる。


 風は尾張から吹き、美濃へ渡った。

 その風の中に、鉄と理の匂いが微かに残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ