第四十三話 尾張統一 ―風と火と理の刃―
尾張統一で一区切りです!ここまで見て頂きありがとうございました。
弘治三年(1557)・夏。
清洲の空は澄みわたり、風は高く吹いていた。
半年におよぶ鍛錬と修行の果てに、尾張は一つの巨大な鍛冶場のように熱を帯びていた。
火は燃え、風は巡り、人は動く。
そしてその中心に、織田信長が立つ。
その傍らには明智十兵衛光秀。
もはや“風の医者”ではなく、信長の正式な参謀であった。
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「殿。敵勢、林・佐久間ら旧派の連合、三千。熱田に布陣しております。」
報告した丹羽長秀の声には、疲労と報告書の重みが宿っていた。
信長は短く頷く。
「こちらが優勢だが、無駄な血を流せば意味がない。……弟の言葉を忘れるな。」
光秀が静かに扇を広げる。
「では、その言葉に従いましょう。戦わずして、勝つ。」
藤吉郎が眉をひそめる。
「また分かりにくいこと言いよったなぁぁ!」
「見ていれば分かりますよ。」
「見ても分からんタイプなんですぅぅ!」
信長が微笑んだ。
「よい。……面白い。やってみろ。」
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熱田平野
夏の日差しが鋭く地を照らす。
尾張の兵は三千――だが、実際にいたのは半数。
光秀は信勝の書を何度も読み返し、
「人を傷つけずに人を動かす」ことを学んでいた。
その考えを、戦場に落とし込んだのである。
「――動かずして、動かす。」
鉄之助と藤吉郎が協力して造ったのは、鏡板と旗を使った“幻の陣”。
谷筋の窪地に鏡板を立て、太陽光を反射させ、遠目には兵の列が見える。
風が吹けば、紙の旗がはためき、人の影がゆらめく。
「うぉぉぉ! 遠目に見たらほんまに兵やんか!」
藤吉郎が叫び、与一が眉をひそめる。
「で、撃たんのか?」
「撃たん。」光秀は淡々と答えた。
「火は、ただ照らせばいい。」
「またそれぇぇ!!」
「……ま、ええか。やってみよか!」
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一方の本陣。
柴田勝家と前田利家が槍を整える。
「突くな、動かせ。……あの信勝様の教えだ。」
「押さぬ風は止まらねぇ、か。なるほどな。」
勝家が笑う。
「理屈はともかく、やるだけだ。」
馬の蹄が地を打つ。
だが突撃はしない。
ただ風のように走り、地鳴りを響かせる。
敵陣がざわめく。
「な、なんだ!? 尾張の兵が十倍に増えて見える!」
「日光の反射で数が分からねぇ!」
混乱の声。
そこへ――
「鉄之助!! 風、読めぇ!!」
「南からだっ!!」
鏡板が一斉に角度を変える。
閃光が敵陣を刺し、視界を奪う。
次の瞬間、与一の火縄銃が空を撃ち、轟音が平野に響いた。
煙が風に流れ、まるで天が怒っているかのようだった。
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丹羽が呆然と呟いた。
「……これは戦か? 祭か?」
光秀は静かに微笑む。
「人の力が合わされば、戦も祭になります。
信勝様が、そう書かれていました。」
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敵陣が崩れるのは、あっという間だった。
叫び声が止み、降伏の旗が次々と上がる。
血は流れず、村も焼けず、兵は誰も死ななかった。
尾張の風だけが、草を揺らして通り抜けた。
信長がその光景を見下ろし、
低く呟く。
「……弟の言葉どおりになったな。」
光秀は扇を閉じた。
「はい。信勝様は、戦を超えていました。
私たちは、それを形にしただけです。」
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清洲帰陣
城下は歓声で満ちていた。
尾張は、ついに完全に一つとなった。
丹羽が膝をつき、報告する。
「殿、熱田三千、降伏完了。犠牲者、なし。
商人・農民も損害なし。まさに信勝様の教えの勝利でございます。」
信長は小さく頷いた。
「……あいつが見たがっていた光景だな。」
「はい。まるで弟君が導いたかのようでした。」
「導いたのは風だ。……だが、風を吹かせたのはあいつだ。」
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鍛冶場
夕刻。
火床の赤が、夕陽と重なっていた。
鉄之助は黙々と刃を研いでいた。
光秀がその横で、刀を手に取る。
「良い刃です。まるで息をしている。」
「……わかるんですか?」
「ええ。火と風が、よく馴染んでいます。
鍛冶も、戦も、結局は同じですね。人の手で整えるものです。」
光忠がかすかに鳴いた。
『……見事やな。』
鉄之助が振り向く。
「い、今の……!」
光秀は微笑む。
「この刀、“光忠”ですね。……長船の刃だ。」
「なんで……」
「波紋が語りました。この形、この呼吸。
人を傷つけるためではなく、守るための刃です。」
鉄之助は、はっと息を呑む。
光忠が静かに囁いた。
『火と風が調えば、鉄は生きる。……坊主、忘れるなよ。』
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夜・清洲天守
信長は光忠を手に取り、窓辺に立っていた。
月が白く差し込み、鈴が風に揺れる。
椿が現れる。
「殿、尾張は……一つになりましたね。」
「うむ。誰も死なずにな。」
信長は刀を見つめた。
「信勝の言葉が、尾張を生かした。」
「……弟君の願い、叶いましたね。」
「いや、まだ途中だ。だが、やっと火が静かになった。
これでようやく鍛え直せる。」
信長は光忠を腰に納め、
静かに空を仰ぐ。
「――見ているか、信勝。
お前の教え、確かに息づいている。」
夜風が吹き、灯明の火が揺れた。
その炎の中で、弟が微笑む姿が見えたような気がした。
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翌朝・尾張の空
鍛冶場の煙が空にのぼる。
鉄之助が火床を見つめ、静かに呟いた。
「兄上……信勝様の教え、火の中で生きてます。」
光忠が小さく鳴く。
『火は燃え、風が包む。……人がそれを継ぐ。』
鉄之助は頷いた。
朝の光が火床を照らし、
尾張の空に、穏やかな風が流れた。
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第一章・終幕
「風は火を包み、火は人を鍛え、人は未来を繋ぐ――尾張、統一。」




