第四話 刀は武器だけか
夜の工房には、まだ赤い火が残っていた。
ふいごの音も槌の響きも止み、炭が「じりじり」と小さく鳴っている。
鉄之助は炉の前にしゃがみ込み、火の粉をじっと眺めていた。
頭の中にぐるぐる回っているのは、昼間出会ったあの渡り巫女の言葉。
「刀はね、ただの武器じゃない。祈りとか願いとか、そういうのが込められるものなんだよ」
――あの妙に艶っぽい声で。
――あの妙に胸元がゆるい衣で。
「って、何思い出してんだ俺は!」
慌てて頭をぶんぶん振る。が、どうしても気になって仕方がない。
(でも……祈りが宿る刃って、本当にあるのか? 父さんならどう言うんだろう)
思い切って声をあげた。
「父さん……刀って、武器だけじゃないって、本当なの?」
工房に声が響く。返事がなくて青ざめた瞬間――炉の影から、ごつい影が現れた。
「誰に聞いた」
「ひぃっ! ……きょ、今日、その、渡り巫女の椿さんに!」
父・蔵六は無言で近寄り、炉の前に腰を下ろした。煤で黒くなった衣、深い皺。いつもの厳しい顔だが、火に照らされた横顔はやけに重い。
「……刀は武器だ。だが、それだけではない」
鉄之助の心臓がどくんと跳ねる。
⸻
「鉄之助。お前はなぜ刀を打つと思う」
「えっ……えっと……戦うため、かな」
「それだけか」
「うっ……守るため?」
父は小さくうなずいた。
「人を斬るために刃はある。だが、その先にあるのは守ることだ。家を、村を、家族を。人はそのために刃を欲する」
低い声が赤い火と重なって、胸にずしりと響く。
「昔から刀は神に捧げられ、祭礼に使われた。災厄を祓い、豊作を願い、戦勝を祈る。人の願いはすべて刃に込められる」
「……願いが宿る……」
椿の言葉と父の言葉が頭の中で重なった。
胸の中にじんわりと小さな火が灯る。
⸻
父は壁から一振りの古刀を手に取り、鉄之助に差し出した。
「これは先祖から伝わる刃だ。血を浴び、守り、祭礼にも使われた。持つ者を正しく導いてきた」
鉄之助は両手で受け取り、ぎゅっと握った。
「……あったかい」
「それがお前の感じたものだ。刃に宿った願いを敏く捉えたのだろう」
胸が高鳴り、目が輝いたその瞬間――
「だが、刃は人を惑わせもする」
「また出た、父さんの“だが”……!」
思わず心の中で突っ込む。だが口には出さない。出したら怒られる。
「力は欲を呼び起こす。金、名誉、権力……。心が歪めば刃も歪む」
ぱちり、と火床が弾けた。
鉄之助は背筋を正し、刀を抱きしめて力強く言った。
「俺、絶対にまっすぐな刃を打つ!」
父は何も言わず、火を見つめた。その横顔が少しだけ笑ったように見えた。
⸻
その夜。布団に潜った鉄之助は、眠れなかった。
父の重い言葉も、古刀の温もりも、胸に残っているのに――最後に浮かんでくるのは、なぜか。
「……なんで俺、椿さんの胸元思い出してるんだよぉ!」
布団をかぶってごろごろ転がる。
顔が真っ赤に燃えているのは、炉の火のせいじゃなかった。




