第二十六話 藤吉郎、商人街を駆ける
清洲の町は、今日も火の匂いで満ちていた。
御前試合以来、「鉄砲の尾張」はちょっとした観光名所である。
鍛冶の音、鉄の匂い、そして――派手な声が響く。
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!
天下御免の“清洲銃”、これ一本で百人抜き! 暴発? それは敵の方だぁ!」
通りの真ん中で、天秤棒を担ぎながら叫んでいる男。
浅黒い肌、ひょろ長い体、目がやたらキラキラしている。
――藤吉郎である。
まだ足軽にもなっていない、ただの雑兵上がり。
だが口だけは百万石級だった。
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「兄貴ぃ! “清洲銃”って、そんなもんまだ十挺もできてねぇぞ!」
隣で叫ぶのは行商仲間の幸助。
「細けぇこと言うな。俺が“売った気”になれば、それが商売よ!」
「ねぇよそんな理屈!」
藤吉郎は天秤棒の先に吊るした木箱を開け、中から立派な火縄銃を――
紙で作った模型を取り出した。
「ご覧あれぇ! こちら“新式清洲銃”!
南蛮の風を受けて、尾張で鍛えた最新式! ……ちょい軽いけど!」
「軽いどころか折れたぞ!」
幸助が叫ぶより早く、町の子どもたちが「すげぇ!」と群がる。
「これで敵を倒せるのか!?」
「おうとも! ただし“夢の中で”な!」
笑い声が起きる。
藤吉郎の商いは、嘘と笑いで回っていた。
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その頃、通りの端では――。
椿が屋台を構えていた。
護符と団子を並べて、今日も上機嫌だ。
「おいおい巫女さん、ちょいと手ぇ貸してくれや」
「まあ、藤吉郎殿。今日も派手にやってますねぇ」
「へへっ、あんたの“護符”が売れたんだ。次は“宣伝”だろ?」
「宣伝?」
「そう、“CM”だ。清洲銃の名を、巫女が祈る。ありがたみ倍増よ!」
椿は目を瞬かせ、そして吹き出した。
「はは、面白い。じゃ、祈ってあげましょうか。“暴発しませんように”って」
「おう、それが一番の宣伝文句だ!」
二人は意気投合した。
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やがて昼。
椿が祈りを唱える声とともに、藤吉郎の商売は絶頂を迎える。
「ほら見ろ! 巫女様公認の“清洲銃”だ! 撃てば当たる、当たらねぇのはお前の心だ!」
人だかりができ、銭が飛ぶ。
行列の先には、鉄之助たちの工房の門。
そこへ――。
「おいコラァァ!! 誰が“清洲銃”を勝手に売ってるぅぅ!!」
怒号が飛んだ。
現れたのは、熱田鍛冶衆の棟梁である。
「てめぇ、俺たちの銃を“木で”売ってんじゃねぇ!!」
「い、いや違うんですって! 宣伝っす宣伝! 試供品! 見本!」
「うるせぇ! この紙筒野郎!!」
藤吉郎、逃走。
町中を駆け抜け、商人通りを曲がり、団子屋を飛び越え――
背後から棟梁の怒声。
「捕まえろー! 紙鉄砲詐欺だぁ!!」
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その頃、火床の奥で作業していた鉄之助が顔を上げた。
「なんか外、騒がしいな」
庄三郎が静かに言う。
「……また与一の仕業ではないのか」
与一が首を振る。
「俺じゃねぇよ。たぶん、もっとタチ悪い奴だ」
「おい鉄之助ぁぁぁぁぁ!!!」
その声に三人が振り向いた。
転がり込んできたのは――埃まみれの藤吉郎だった。
「はぁっ、はぁっ……逃げ、逃げ切った……!」
「誰だお前!?」
「……町の人気者っす!」
その後ろから、怒れる熱田衆がどやどやと乱入。
「てめぇらグルか!? この工房が元締めか!?」
「ち、違いますって! 俺が勝手に名を借りただけで!」
鉄之助がため息をついた。
「名を借りるな!」
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混乱のさなか、ふいに静かな声がした。
「何の騒ぎだ」
全員が凍りつく。
入口に立っていたのは――丹羽長秀。
いつものように眉間に皺、手には報告書。
「……また、報告が増えるな」
誰も反論できなかった。
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翌日。
藤吉郎は信長の前に引き立てられていた。
広間の真ん中で、正座。
左右には丹羽と鉄之助。
「なるほど。木の銃を“清洲銃”と称して売り歩いたと」
信長の声は淡々としている。
「は、はい……でも、これ宣伝なんです! 名前が広がれば、本物も売れます!」
「……ほう?」
信長が顎に手を当てる。
丹羽が小声でささやく。
「殿、この男、ただの詐欺師です。斬るなら今のうちに」
「黙れ、長秀。……面白い男だ」
「は?」
信長が藤吉郎に歩み寄る。
「お前、銭を動かすことを恐れぬな?」
「はい! 貧乏なんで!」
「貧乏を笑って言えるか」
信長の口元にわずかに笑みが浮かぶ。
「よかろう。お前の口、戦場でも役立つやもしれぬ。城勤めを許す」
「えっ、マジすか!?」
「ただし――次、紙で銃を売ったら、その口を二度と開かせぬ」
「ひぃぃぃ……! 心得ましたぁ!!」
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退出した藤吉郎は、外で鉄之助たちと鉢合わせた。
「おい、助けてくれてありがとな!」
「いや、助けてないけど……」
「でも殿に気に入られた! これから俺、出世する気しかしねぇ!」
与一が呆れ顔で言う。
「よくそんな図太い神経持ってんな」
「図太い? いや、これ“生きる才能”ってやつよ」
藤吉郎がウィンクし、町の方へ駆けていく。
「さあて、“清洲銃まんじゅう”でも作るか!」
「懲りてねぇぇぇぇ!!」
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その夜。
信長は城の廊下を歩きながら、独り呟いた。
「……ああいう男も、戦の火を広げる」
背後で丹羽が頭を抱える。
「また胃が……」
火鉢の中で、蔵六の霊が火花を散らした。
(あの口の回る奴、面白ぇ。戦より商いの方が似合うぞ)
光忠が笑う。
「お前の息子も似たようなもんだろ。火に惚れて、燃えてんじゃねぇか」
蔵六、火花で《あれは燃えすぎ》の意。
清洲の夜は、またひとつの“火の種”を得た。
史実通り?!商才、人脈、あらゆる才能で出世の道を掴み取る藤吉郎・秀吉の今後の活躍にも乞うご期待!
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【次回更新】明日12時予定!




