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第二十四話 丹羽長秀、報告地獄


 ――清洲の朝は、胃に悪い。


 丹羽長秀は、文机の前で額を押さえていた。

 広間いっぱいに積まれた報告書の山が、もはや城壁のようだ。

 一番上の紙には、信長直筆の一文。


「御前試合の成果を一万字で報告せよ」


 ――一万字。

 筆一本で、戦国の地獄を描けと申すか。


 丹羽は天を仰ぎ、そっと胃のあたりを押さえた。

 (この国に、胃薬というものはいつ現れるのだ……)



 部下の若侍が畏まって駆け寄る。

「丹羽様! 清洲鍛冶衆から、追加の書状が!」


「またか……どこのだ」


「えっと、“与一より 火薬調整に関する報告書(全二十七枚)”……」


「二十七!?」


 丹羽の顔が一気に蒼白になった。


「そしてこちらが、“鉄之助より 新試作銃報告書(火蓋強化版)”……四十二枚!」


「四十……!!」


 背後の紙束がどさりと崩れた。


「さらに、“椿殿より 護符取扱い申請書(祈祷印付き)”でございます」


「護符!?」


 丹羽の視線が一点に止まる。

 書状の端に、見慣れぬ朱印――「火除守護・椿」の文字。


 (まさか……またあの巫女の商売か……)



 思い返せば、御前試合の翌日。

 清洲の城下では、「鉄砲除け護符」が飛ぶように売れていた。

 椿が自ら祈祷し、「これで銃弾を避けられます」と真顔で言い切ったのだ。


 丹羽はその報告を読んで頭を抱える。

 「……これを殿にどう説明しろと……?」


 その時――。


 障子の外から、やたら張りのある声がした。


「丹羽様っ! 火縄銃隊の者ですっ! “湿気対策”とは何でござるか!?」


「はあっ!?」


 丹羽は一瞬、言葉を失った。


「おぬしら現場で使っているのだろう!?」


「いえ、“火蓋の革”が巫女の呪具ではないかと噂がありまして……!」


「呪具なものかぁっ!!」


 丹羽が叫ぶと、外で数人が転げ落ちた。



 昼を過ぎても筆は止まらない。

 信長への報告書、家臣への通達、鍛冶衆への確認状――。


 目を通すたび、胃が鳴る。


 与一の書状には、こうある。

 《新火薬、火力は倍、ただし爆音で鼓膜破損の恐れあり》


 鉄之助の書状には、こうある。

 《火蓋の改良により安定性向上、ただし作業中に三回燃えました》


 そして椿の書状。

 《鉄砲隊全員に護符配布完了。副作用として一名、眠らず三日目に突入中》


 丹羽は筆を落とした。


「……地獄だ」


 紙束の向こうから、部下の声。

「丹羽様、殿がお見えです!」


「なにぃ!?」



 信長がずかずかと入ってきた。

 黒の直垂に紅の羽織。機嫌はよさそうだが、眼だけは笑っていない。


「おう、長秀。例の報告、できたか?」


「い、いま……まとめております……」


「早いな。まだ三日しか経っておらぬぞ」


「……は、はい。三日で胃が三つ焼けました」


「うむ、働きが早い」


 信長は平然と報告書の山を見回した。


「ふむ。ところで、これ何だ」


 彼の手が椿の護符申請書を摘まんだ。


「“祈祷印”? 火除け……ほう、これが例の“銃弾除け”か」


 丹羽の背筋が凍る。


「い、いえ、あれは町娘らの噂でございまして、実際の効果は……」


「面白い」


 信長はにやりと笑った。


「これ、兵に配れ」


「は……はいっ!? い、いま、なんと……!?」


「弾を避ける巫女の札だ。縁起が良いではないか」


「で、ですが……祈祷印が燃える恐れが――」


「なら燃える前に撃てばよい」


 そう言い残し、信長はすたすたと去っていった。


 丹羽、しばし沈黙。


 (……殿はいつも発想が爆薬のようだ……)



 その夜、丹羽はようやく筆を置いた。

 灯の下には、山のような紙束と、胃薬の代わりの梅干し。


「……もう嫌だ。俺は文で死ぬ……」


 机の上の火鉢が、ぼうっと赤く灯る。

 その奥で、ふわりと影が動いた。


 ――蔵六の霊である。


 炉の火に混じって、ゆらゆらと顔を出した。


(おい、こいつ、まだ働いてやがるのか……)


 蔵六が火花で「頑張れよ」と打つ。

 火花が一瞬、紙に落ちて――


 ぼっ。


「ぎゃああああああああ!! 燃えたぁぁ!!」


 丹羽が飛び上がった。

 紙束の端が黒く焦げ、護符が一枚、炎に包まれる。


 その瞬間、椿の護符から仄かな香煙が立ちのぼり、紙の焦げ跡に“守”の字が浮かんだ。


 丹羽はぽかんと口を開けた。


「……祈祷印、効力あり……?」


 後日、報告書にはこう記される。


『火除け護符、燃ゆれど火を止める。

効果:あるような、ないような。胃痛:確実にある。』



 翌朝、信長の執務室。


 信長は報告書を読みながら笑っていた。

「ふむ、よく書けておる。面白い。これ、鉄砲隊に配布せよ」


 丹羽はその場で固まった。


「……殿、それはどの報告書のことで?」


「すべてだ」


 背後でまた紙が崩れた。


 その音にかき消されるように、火鉢の奥で

 “ぱちり”と小さな火花が弾けた。


 ――蔵六が笑っている。


丹羽長秀……史実を参考にしたら物語に欠かせない胃痛キャラになったね……この後もずーっと続くよ……ごめんな……死ぬなよ(´・ω・)

次回、 第二十五話 与一と前田犬千代、撃ち合い友情録 お楽しみに! 評価&ブクマも励みになります!

【次回更新】明日17時予定!

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