第二十二話 火のあと、煙のように
しばらく、コミカルな雰囲気に戻りますm(_ _)m
春の風が清洲を包み、御前試合の熱はまだ冷めぬままだった。
町の辻ごとに人だかりができ、誰もが口をそろえて語っていた。
「殿の御前で、火を吹いた小僧がいたそうな!」
「南蛮銃を五発撃っても割れんかったらしい!」
「“炎の子”だ、“火吹き鍛冶”だ!」
噂は煙のようにふくらみ、町の隅々にまで広がっていた。
その火種となった本人――鉄之助は、工房の奥で頭を抱えていた。
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「兄上ぇぇぇ……もう外に出られません……!」
戸の外から、子どもたちの声が飛んでくる。
「“炎の鍛冶”出せーっ!」「“南蛮銃の鬼”どこだー!」
「誰が鬼ですかぁぁ!」
鉄之助は半泣きで叫んだ。
炉の前では、庄三郎が涼しい顔で槌を研いでいる。
「有名になった証拠だ。悪いことではない」
「兄上は人ごとだからそんなこと言えるんですよ!」
与一は槌を担ぎながら、楽しげに笑った。
「はははっ! いいじゃねぇか、看板でも立てようぜ。“清洲名物・炎の鍛冶”!」
「そんなの立てたら本当に燃えますってぇぇ!」
火床の中で炭がぱちぱちと弾けた。
まるで誰かが笑っているように。
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そのころ清洲城では、丹羽長秀が書院の机に埋もれていた。
紙の山、墨の匂い、そして胃の痛み。
「“御前試合の成果を一万字で報告せよ”……殿、なぜ字数を決められるのですか……」
筆を進めるたびに、胃が軋む。
そこへ小姓が駆け込んできた。
「丹羽様、城下に“鉄砲除けの護符”が出回っております!」
「……護符?」
嫌な予感が背筋を走った。
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その予感は、見事に的中した。
町の広場。
春の陽射しの下で、巫女姿の椿が朗らかに声を張り上げていた。
「はいはい〜、“火難除け・鉄砲除け”! 一枚百文、清洲名物の炎のご利益!」
屋台の上には、火と鉄砲の絵が描かれた護符がずらり。
その隅には――鉄之助の工房印。
「こ、これ俺の印じゃないですかぁぁ!」
鉄之助が駆け寄ると、椿は涼しい顔で答えた。
「だって、あなたの火を少し分けてもらったもの。ありがたい火よ?」
「ありがたいって! 普通に危ない火ですから!」
「人の心を燃やす火は、だいたい危ないものなの」
周囲の人々が「なるほど」と頷き、次々と護符を買っていく。
庄三郎は静かに呟いた。
「……あの商才、鍛冶より恐ろしい」
与一は団子を頬張りながら言った。
「兄上、俺たちより稼いでるぞ」
「……言うな」
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日が傾き始め、三人はようやく工房に戻った。
鉄之助は炉の前で、疲れ切った顔をして座り込む。
「兄上……俺たち、いつからこんな人気商売になったんでしょう」
「人気は一時のものだ。火のようなものだよ」
庄三郎は火箸で炭を整えながら言った。
「燃え上がる時ほど、よく見ておけ。次に何を打つか、火が教えてくれる」
「……兄上、たまに名言っぽいこと言いますよね」
「たまにではなく常にだ」
与一が笑いながら言葉を継いだ。
「次の御前試合があったら、俺はもうちょい派手に撃つぜ!」
「やめろぉぉ! これ以上目立ったら胃が爆発します!」
三人の声が重なり、工房に笑いが戻った。
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夜、清洲の空に月がのぼる。
人々の喧騒が静まり、炉の火だけが赤々と灯っていた。
鉄之助はひとり、火床を見つめる。
赤い光が、ゆらゆらと揺れる。
息を吹きかけると、火が少しだけ形を変えた。
……人の横顔のように。
「……父さん、見てたか」
呟いた声は火に吸い込まれた。
火床の奥で、ふっと赤が強くなった。
鉄之助は驚いて身を引く。
「……今、風……?」
火が軽く爆ぜ、火花が舞う。
まるで「ここにいる」とでも言うように。
庄三郎が戻ってきて、静かに言った。
「火がよく動く夜だな」
「うん……なんか、見られてる気がする」
「見られてるんじゃない。見守られているんだ」
鉄之助は目を細め、火に向かって頭を下げた。
その瞬間、火がほんの一瞬だけ、柔らかく揺れた。
音もなく、しかし確かに微笑むように。
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その頃。
炉の奥――炎の向こう側では、薄く透けた影が立っていた。
鍛冶槌を持つ大きな男の影。
蔵六である。
声は出ない。
言葉も届かない。
それでも、彼は見ていた。
息子たちが笑い合う姿を。
椿が護符を売って小遣いを稼いでいる姿を。
丹羽が胃を押さえながら報告書に墨を垂らしている姿を。
蔵六は、口を開こうとして――やめた。
代わりに、火床の奥で槌を打つ仕草をした。
小さな音がひとつ、炉の中で鳴る。
カン。
それだけで十分だった。
息子たちはその音に振り向き、微笑んだ。
庄三郎が火を見つめながら呟く。
「……父上も、笑っておられるようだ」
火が、静かに明滅する。
それが頷きのようにも、微笑のようにも見えた。
⸻
やがて夜が更け、月が屋根の端を越えるころ。
火床の奥の影が、ゆっくりと薄れていく。
蔵六は振り返りもせず、ただひとつの仕草を残した。
――右手を胸に当て、軽く頷く。
それは、生前と変わらぬ「よくやった」の合図。
音も言葉もいらなかった。
火の色が、少しだけ深くなった。
まるで父の手が、まだそこにあるように。
次回、 第二十三話 父、怨霊でござる お楽しみに! 評価&ブクマも励みになります!
【次回更新】明日17時予定!




