第十九話 御前試合・刀比べ
清洲城の大広間。
村木砦の戦いから一年が過ぎ、春の気配を纏った光が障子越しに射し込み、冷ややかな畳を照らしていた。
その中央に、三つの刀が置かれている。
一振りは、豪奢な拵えと冴えた反りを持つ熱田鍛冶衆の刀。
一振りは、無骨ながら堅牢な地鉄を備えた美濃鍛冶の刀。
そして最後に、地味で古めかしくも芯の通った鉄之助の刀であった。
家臣たちが息を潜めて見守る中、最初に進み出たのは熱田鍛冶衆の棟梁だった。
浅黒い肌に刻まれた皺、その眼差しは誇り高く燃えていた。
「我ら熱田衆は、代々熱田神宮に刃を奉じて参った。
御神刀に始まり、武家の佩刀に至るまで――その冴えは尾張随一」
彼は刀を抜き、陽の光に晒す。
刃文は鮮やかに揺らぎ、刃先は白銀の光を放つ。
「見よ、この冴え。華やかなる反り、身幅の均衡。佩けば将の威を示し、褒章として与えれば、その家の誉れとならん」
言葉は重く、胸を張る声音に一分の揺らぎもなかった。
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次に進み出たのは美濃鍛冶の代表。
まだ壮年の職人だが、鋭い眼と落ち着いた口調に確かな自信が漂っていた。
「我ら美濃衆は、戦の世に応じて鍛を磨いて参った。
この刀の冴えは、熱田ほど華やかではあるまい。だが――」
彼は刀を手に取り、軽く振るう。
重厚な響きが畳に伝わり、地鉄の密度を物語った。
「折れぬ、曲がらぬ。これを月に数十振り、同じように揃えて軍へ送ることができる。
華ではなく、実を以て兵を支える――それが美濃の刃よ」
質実剛健の言葉に、兵法家や武辺者がうなずいた。
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そして最後に、鉄之助が畳に進み出た。
十二歳の小柄な体に煤けた前掛け。場の空気に飲まれそうになりながらも、震える手で刀を捧げ持つ。
「……お、俺の刀は……その……」
声が裏返り、家臣たちがざわめく。
光忠の冷たい囁きが耳に響いた。
(坊主、言え。火を読んだ刃であると)
鉄之助はぐっと唇を噛み、目を閉じた。
深呼吸をひとつし、言葉を絞り出す。
「……俺の刀は、派手さも……数を揃える力もありません。
でも、長く使えます。刃こぼれがしにくく、何度斬っても芯が死なない……。
命を守るために、折れないように鍛えました」
説明は辿々しく、声も震えていた。
だが刀を差し出すその手だけは、強く震えを堪えていた。
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家臣たちの間に静寂が落ちた。
三者三様の言葉が出揃い、視線はただ一人に集まる。
織田信長。
鋭い眼差しを三振りに順番に走らせ、口を開いた。
「言葉は聞いた。ならば、刃に問おう」
合図とともに、二十体の畳かかしが並べられた。
広間の空気が張り詰める。
「これを斬り払え。刀は斬ってこそ語る」
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最初に挑むは熱田鍛冶衆の棟梁。
豪奢な拵えの刀を抜き、堂々と構える。
「御覧あれ――!」
鋭い掛け声と共に斬りかかる。
すぱん、すぱん、と冴えた音が続き、反りの美しい刃が畳を裂いた。
十体を過ぎても勢いは止まず、二十体を斬り終えた。
どよめきが広間を満たす。
「見事!」「やはり熱田衆!」
だが刃をよく見ると、細かい刃こぼれが浮かび、冴えはやや濁っていた。
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次に美濃鍛冶の代表が進み出る。
腰の刀を抜けば、冴えは鈍いが、地鉄の密度が伝わる。
「これぞ実戦の刃よ」
重々しい踏み込み。斬撃は地味だが、確実で力強い。
十五体を過ぎても折れも曲がりもない。
二十体を斬り抜けると、代表は高らかに言い放った。
「同じものを月に数十本――これが美濃の力!」
だが近くで見れば、刃先の冴えは鈍り、地鉄の粗さが滲んでいた。
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最後は鉄之助の刀。
与一が静かに構え、踏み込む。
刃は軽快に畳を断ち、すぱりと落とす。
派手さはなくとも、刃は揺るがない。
十体を超え、十五体を過ぎても刃こぼれはわずか。
二十体を斬り終えたとき、刀身はなお芯を保っていた。
広間に沈黙が落ちる。
古めかしく、華もない。だが、確かに「折れぬ刃」であった。
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信長が立ち上がり、三振りを順に手に取る。
「……熱田」
刃を光にかざす。
「冴えは美しい。佩けば将の威を映す。だが長くは保たぬ」
「美濃」
「折れぬ。数を揃えれば軍を支える。だが、一刀の冴えは続かぬ」
「鉄之助」
「地味で古い。だが芯が折れぬ。佩けば命を託せる」
淡々とした声だが、広間の空気を震わせた。
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家臣たちが息を呑む中、信長は刀を収め、鋭く告げた。
「――引き分けとする」
ざわめきが広間を包む。
「刀は場に応じて使い分けるもの。
将を飾るなら熱田、軍を支えるなら美濃、佩刀として命を預けるなら鉄之助。
いずれも欠けてはならぬ」
熱田も美濃も、そして鉄之助も――その名が信長の口から並び称された。
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信長はゆるりと腰を上げ、声を放った。
「刀はここまで。次は――鉄砲だ」
広間が再びざわめく。
鉄之助の顔は真っ青になる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……! ここで終わりじゃダメですかぁぁ!? 俺、鉄砲とか……全身穴だらけになりますってぇぇ!!」
光忠の冷たい声が背後から響いた。
(坊主、試練はまだ終わらぬ。ここからが本番よ)
鉄之助はその場でへたり込み、天を仰いだ。




