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第十八話 御前試合の罠

 清洲城の奥、薄暗い広間。

 熱田鍛冶衆の棟梁と、美濃鍛冶の代表格が、膝を突き合わせていた。


「……尾張の片隅の小僧が、一振りで殿に食い込んだ。これ以上名を上げられては面白くない」


「刀一振りでは所詮、偶然の冴えだ。だが、殿が次に望むのは刀だけではあるまい」


「南蛮より伝わった火縄銃か」


「うむ。我らはすでに一年近く、殿より密かに命を受けて鍛えてきた。銃身も火蓋も、ほとんど写し取る段階まで至っている」


 美濃の職人がにやりと笑った。

「ならば御前試合に“鉄砲の部”を設けさせるのだ。そうすれば……小僧どもは形も作れず、笑い者になる」


「信長公に恥をかかせることはできぬ。だが、小僧が恥をかく分には構わぬだろう」


 二人の笑い声が、闇に溶けていった。



 数日後。

 工房の戸口に、丹羽長秀の姿があった。


「……御前試合について、追加がある」


 いつものように無骨で、表情を崩さぬまま彼は布包みを置いた。

 そこには、見覚えのある南蛮銃が解体された部品が並んでいた。


 鉄之助は目を剥いた。

「……え、これ……!」


「信長様の御意により、御前試合に“鉄砲”が加わることとなった。刀だけでなく、銃の出来も比べられる」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 鉄砲!? なんで急に!?」

 鉄之助は思わず叫び、額を押さえる。


 丹羽は淡々と告げた。

「熱田と美濃は、すでに写しを手掛けている。お前たちにも同じ課題が与えられた。ただし――試合の日は一か月延びる」


「一か月!? たったそれだけで銃まで作れって!? いやいやいや! 無理無理無理ぃぃ!!」


 炉の影で、ひよっこ怨霊の蔵六が「おおっ!」と両腕を振り回す。

 だがそのテンションに反して、鉄之助の顔色は蒼白だった。


「父さん!? 張り切ってんじゃねぇぇ! 無理ゲーだってのが見えねぇのかぁぁ!?」


 庄三郎は眉を寄せ、重く口を開く。

「……美濃と熱田が、殿に進言したのだろうな。小僧一人の偶然の一振りなど、試合で潰すべきだと」


 与一は槌を肩に担ぎ、舌打ちした。

「汚ぇやり口しやがって……」


 丹羽は小声で続けた。

「殿の御心は一つ。――戦に勝つためだ。刀も鉄砲も、己が佩刀に足る一振り、軍を動かす一挺を求めておられる。それ以上でも以下でもない」


 その目は真剣だった。

「鉄之助。殿は、お前が“火の前に立ち続けてきた目”を覚えておられる。試されるのはそこだ」


 鉄之助は拳を震わせた。

「……火の前に立ち続けた目、だって……!? いや、いやいやいや! 銃ってそういう話じゃねぇぇぇ!!」


 叫ぶ彼をよそに、丹羽は踵を返し、短く言い残した。

「一か月後、清洲にて」



 残された工房は、凍り付いたように静まり返った。

 鉄之助は床に座り込み、膝を抱えて呻いた。


「……ああああ……胃に穴が……もう五つ目……いや六つ目……」


 庄三郎が静かに火床を見つめた。

「逃げられぬ。やるしかない」


「庄三郎ぉぉ! その真顔が一番プレッシャーなんだよぉぉ!」


 与一は腕を組んでにやりと笑った。

「ま、やるしかねぇだろ。どのみち笑い者になるなら、派手にやってやろうぜ」


「やめろぉぉ! 派手に散る未来しか見えねぇぇ!!」


 そのやり取りの背で、蔵六が必死に身振りを続けていた。

 銃身を抱えるような仕草、火縄を振り回す仕草、そして胸を叩き、両腕を広げる。


 鉄之助はその姿を横目で見ながら、額に手を当てて呻いた。

(……父さん、何か言いたいのはわかる……でも俺には、まだ……)


 工房の炎が唸りを上げ、赤く揺らめいていた。



 翌日から、工房は銃の部品に埋もれた。

 鉄之助は南蛮銃の銃身を覗き込み、額に皺を寄せる。


「……う、うわぁ……細けぇ……。こりゃあ俺の胃の穴どころか、毛穴まで全部穴だらけになるレベル……!」


 庄三郎は黙々と火箸で鉄を掴み、与一は槌を担ぎながら不満げに叫ぶ。

「なんだよこれ! 穴の位置、ほんの少しズレただけで暴発するって!? おい鉄之助、無理だろこんなの!」


「俺に言うなよぉぉ! 俺だって最初から無理だって言ってんだよぉぉ!」


 炉の火はごうごうと燃え続け、試作品は山のように積まれていった。

 銃身は割れ、火蓋は噛み合わず、火縄の位置すら定まらない。


 与一が試しに一挺を撃とうとした瞬間――。

「どわぁぁぁ!!」

 火花とともに銃身が裂け、天井板が焦げた。


「ぎゃああああ!! 死ぬかと思った!!」

「与一! 無茶をするな!」

 庄三郎が弟の肩を掴み、必死に押さえ込む。


 鉄之助は膝を抱え、額に汗を滴らせながら呻いた。

「……くそっ……刀と違って、どうにもならねぇ……! 部品の精度が全然追いつかねぇ……!」



 夜。

 工房の炎が弱まり、三兄弟は煤まみれの顔で座り込んでいた。


 庄三郎は黙って目を閉じ、与一は天井を見上げて溜息をつく。

「これ、残り2週間でなんとかなると思うか?」


「……ならん」

庄三郎の一言は、重く響いた。


「で、だよなぁぁぁぁ!!」

鉄之助は頭を抱えて床に突っ伏す。

「俺ら、御前試合で全国デビューするんじゃなくて全国デスマーチだよぉぉ!!」


 与一が苦笑し、工房にしばしの静けさが訪れた――その時。


 工房の隅で、ふわりと影が揺れた。

 蔵六――父の怨霊が、必死の形相で銃の形を模写しようとしている。

 胸を叩き、両腕を大きく広げる仕草。


 鉄之助は息を呑んだ。

 初陣での父の背中が、脳裏に鮮烈に蘇る。


 火花がぱちりと弾け、工房の灯が揺らめいた。

 鉄之助の表情が変わった。


「――そうか!」


 庄三郎と与一が驚いて振り返る。

「……鉄之助?」

「お、おい、今なんか閃いた顔してねぇか?」


 鉄之助は答えず、ただまっすぐに炉の炎を見つめた。

 その瞳は、これまでの諦めの色を拭い去り、確かな光を宿していた。



 こうして、刀に続く新たな試練――鉄砲の御前試合を前に、三兄弟の戦いが幕を開ける。


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