第十七話 火を読む者
工房の炎は、昼夜を分かたず唸りを上げていた。
鉄之助は額に汗を滲ませ、ふいごを押す。炎の色を覗き込みながら、唇を噛んだ。
「……まだだ。もっと青く、もっと締めろ……」
槌を振り下ろす与一の音、火箸を操る庄三郎の手。兄たちの動きに合わせながらも、鉄之助は火床を一手に任されていた。
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「坊主、見てみろ」
炎の奥から光忠の声が冷たく響く。
「熱田の刀は姿が冴えておる。反りと身幅の調和、美を以て佩かせるに足る。だが折れやすい」
「美濃は逆だ。堅牢で実戦向きだが、冴えに欠ける。数は揃えられても、殿の佩刀には及ばぬ」
「……じゃあ、俺はどっちも中途半端ってことかよ」
「違う」
光忠の声が鋭く割り込む。
「お前には“火を読む目”がある。幼き頃より蔵六と火床を守り続けた、その目だ。鉄の芯を見抜き、最も生きる熱を与えられる。それは誰にでもできることではない」
鉄之助はごくりと唾を飲んだ。
「火を……読む……」
「火は生き物だ。強ければ暴れ、弱ければ死ぬ。熱田は姿を整えることでごまかし、美濃は叩く力で封じる。だが火を“味方”にできる鍛冶は少ない。そこを磨け。そこだけを極めろ」
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数日後。
鉄之助は火床の炎を睨みながら、必死にふいごを押していた。
「はぁ……はぁ……! 今だっ!」
槌を振り下ろす瞬間に合わせ、火の色が青白く締まる。
鉄が応えるように鳴った。
火花が弾け、刀身に美しい光が走った。
「おぉ……今の音、いい……!」
与一が思わず目を見開く。庄三郎も黙って頷いた。
だがすぐに、光忠の厳しい声が飛ぶ。
「まだ足りぬ。火の呼吸を乱した。半刻も振れば刃文が死ぬ」
「ぐぅぅぅ……!」
鉄之助は拳を握り、額を火床に近づけた。
(火の呼吸……俺の呼吸じゃねぇ……! もっと炎を聞け、もっと……!)
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やがて、鍛錬の日々は月を重ねた。
ある日、丹羽長秀が工房を訪れた。
鉄之助の鍛えた刀を手に取り、黙って一振りを見つめる。
「……ふむ」
沈黙のまま、刀を返す。
それだけで鉄之助の胃がひっくり返りそうだった。
「な、なんか言ってよぉぉ!! 俺の寿命が縮むぅぅ!!」
光忠が静かに補足した。
「……粗いが、火を生かしておる。丹羽もそれを見たのだ」
丹羽は短く言った。
「……御前試合まで、精進せよ」
それだけを残して立ち去る。
その背を見送りながら、鉄之助は膝に手を突き、肩で息をした。
(……丹羽さんの“ふむ”の破壊力……! 心臓が二つは死んだ……!)
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夜、工房の隅。
光忠が炎の影に立ち、静かに語った。
「坊主。御前試合で問われるのはただの冴えや堅牢さではない。信長は刀を“佩刀”として見ている。佩刀とは、己の命を託す刃よ」
「佩刀……命を託す刃……」
鉄之助は小さく呟き、火床を見つめた。
(美しくても脆ければ折れる。数があっても心に響かなきゃ佩かれない……。俺にできるのは――火を読んで、芯を生かすこと……!)
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炎の唸りとともに、日々は流れた。
鉄之助は火を睨み、光忠は容赦なく叱り飛ばし、庄三郎と与一は黙々と支え、椿は舞で静かに祈りを添える。
そのすべてが積み重なり、刀に芯を宿す力へと変わっていった。
与一がぽつりと呟く。
「お前の火床……だんだん喋りだしそうだな」
「やめろぉぉ! マジで声聞こえてんだから!!」
鉄之助は大声で叫び、工房に笑いが広がった。
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やがて月は巡り、季節は移ろう。
清洲城での御前試合――尾張と美濃の鍛冶衆を集めた刃比べの刻が、いよいよ迫っていた。




