表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/49

第十七話 火を読む者

工房の炎は、昼夜を分かたず唸りを上げていた。

鉄之助は額に汗を滲ませ、ふいごを押す。炎の色を覗き込みながら、唇を噛んだ。


「……まだだ。もっと青く、もっと締めろ……」


槌を振り下ろす与一の音、火箸を操る庄三郎の手。兄たちの動きに合わせながらも、鉄之助は火床を一手に任されていた。



「坊主、見てみろ」

炎の奥から光忠の声が冷たく響く。


「熱田の刀は姿が冴えておる。反りと身幅の調和、美を以て佩かせるに足る。だが折れやすい」

「美濃は逆だ。堅牢で実戦向きだが、冴えに欠ける。数は揃えられても、殿の佩刀には及ばぬ」


「……じゃあ、俺はどっちも中途半端ってことかよ」


「違う」

光忠の声が鋭く割り込む。


「お前には“火を読む目”がある。幼き頃より蔵六と火床を守り続けた、その目だ。鉄の芯を見抜き、最も生きる熱を与えられる。それは誰にでもできることではない」


鉄之助はごくりと唾を飲んだ。


「火を……読む……」


「火は生き物だ。強ければ暴れ、弱ければ死ぬ。熱田は姿を整えることでごまかし、美濃は叩く力で封じる。だが火を“味方”にできる鍛冶は少ない。そこを磨け。そこだけを極めろ」



数日後。

鉄之助は火床の炎を睨みながら、必死にふいごを押していた。


「はぁ……はぁ……! 今だっ!」

槌を振り下ろす瞬間に合わせ、火の色が青白く締まる。


鉄が応えるように鳴った。

火花が弾け、刀身に美しい光が走った。


「おぉ……今の音、いい……!」

与一が思わず目を見開く。庄三郎も黙って頷いた。


だがすぐに、光忠の厳しい声が飛ぶ。

「まだ足りぬ。火の呼吸を乱した。半刻も振れば刃文が死ぬ」


「ぐぅぅぅ……!」

鉄之助は拳を握り、額を火床に近づけた。

(火の呼吸……俺の呼吸じゃねぇ……! もっと炎を聞け、もっと……!)



やがて、鍛錬の日々は月を重ねた。


ある日、丹羽長秀が工房を訪れた。

鉄之助の鍛えた刀を手に取り、黙って一振りを見つめる。


「……ふむ」


沈黙のまま、刀を返す。

それだけで鉄之助の胃がひっくり返りそうだった。


「な、なんか言ってよぉぉ!! 俺の寿命が縮むぅぅ!!」


光忠が静かに補足した。

「……粗いが、火を生かしておる。丹羽もそれを見たのだ」


丹羽は短く言った。

「……御前試合まで、精進せよ」


それだけを残して立ち去る。

その背を見送りながら、鉄之助は膝に手を突き、肩で息をした。


(……丹羽さんの“ふむ”の破壊力……! 心臓が二つは死んだ……!)



夜、工房の隅。

光忠が炎の影に立ち、静かに語った。


「坊主。御前試合で問われるのはただの冴えや堅牢さではない。信長は刀を“佩刀”として見ている。佩刀とは、己の命を託す刃よ」


「佩刀……命を託す刃……」


鉄之助は小さく呟き、火床を見つめた。

(美しくても脆ければ折れる。数があっても心に響かなきゃ佩かれない……。俺にできるのは――火を読んで、芯を生かすこと……!)




炎の唸りとともに、日々は流れた。

鉄之助は火を睨み、光忠は容赦なく叱り飛ばし、庄三郎と与一は黙々と支え、椿は舞で静かに祈りを添える。

そのすべてが積み重なり、刀に芯を宿す力へと変わっていった。


与一がぽつりと呟く。

「お前の火床……だんだん喋りだしそうだな」


「やめろぉぉ! マジで声聞こえてんだから!!」

鉄之助は大声で叫び、工房に笑いが広がった。



やがて月は巡り、季節は移ろう。

清洲城での御前試合――尾張と美濃の鍛冶衆を集めた刃比べの刻が、いよいよ迫っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ