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第二話 俺だって打ちたい!

 ごうっと火床が唸る。工房の中は熱気でむんむん。鉄坊――鉄之助は、ふいごを押しながら汗でぐしゃぐしゃの顔を必死に拭った。

 赤く焼けた鉄を父・蔵六の槌が叩くたびに「ぱちぱちっ」と火花が弾け、鉄坊は毎度のことながら心の中で悲鳴を上げる。


(うわっ、また顔に! 父さんよく目を潰さないよな……鍛冶屋って目玉も鋼鉄でできてるのか?)


「鉄之助! もっと風を送れ、火が鈍っとる!」

「う、うん! でもこれ……熱いんだよぉ!」


 父の声は雷のように響く。鉄坊は泣きそうになりながらもふいごを押す。

 そんな父の隣で大槌を振るっているのは長兄・庄三郎。父の動きをそっくり真似て槌を振り下ろし、汗ひとつ動じぬ顔。もう完全に「父さんの右腕」って感じ。


「いい調子だ、庄三郎」

「はい、父上」


 短いやり取り。だけど鉄坊の胸にはずっしり刺さった。

(くぅ……庄兄はもう“父さん公認の弟子”だよなぁ。俺はふいご係。カッコ悪っ!)



 工房の端からは「カッ、カッ」と乾いた音。与一がまた木刀をぶんぶん。しかも火花ビュンビュンの危険地帯で。


「見ろよ鉄坊! 俺の太刀筋、なかなかだろ?」

「いやいやいや! 工房だから! 火花飛んで危ないから!」

「へへっ。俺は鍛冶より剣だな。父さんは顔しかめてるけど!」


 与一は木刀を肩に担ぎ、ドヤ顔ウィンク。暑苦しい。でもちょっとカッコいいのが腹立つ。


(庄兄は鍛冶を継ぐ、与兄は剣で生きる。……じゃあ俺は? ふいご係? やだ、そんな役職履歴書に書けない!)



 夕暮れ。作業を終えた工房で汗を拭っていると、父が胸を張って語り始めた。


「今日は寄り合いでな、城からの話があった」

「なんの話?」と庄三郎が尋ねると、蔵六は得意げに鼻を鳴らした。

「鉄砲だ。あの火を吹く異国の道具よ。組み立てと手入れを、我ら鍛冶衆に任された」


「て、鉄砲!?」鉄坊は思わず声を上げる。

与一も目を丸くした。「あの噂の武器か! 矢より速いって……!」


 蔵六はうむとうなずき、火床を指さす。

「火も鉄もわかる者でなければ扱えぬ。武器は武士のものだが、命を預けるのは鍛冶の技よ。織田様もそこに目をつけられたのだろう」


 そう言って腕を組む父は、珍しく誇らしげだった。

 庄三郎が「父上、やはり頼られるのですね」と感心すれば、与一は「でも戦のたびに駆り出されるのは大変だな」と苦笑する。

 鉄坊はというと――。


(鉄砲……異国の武器……父さんがそれに関わるなんて。すごい! ……いや待て、俺、また“ふいご係”なんじゃ?)


 喜びと不安が胸の中でせめぎ合っていた。



 その夜。食卓はにぎやか……というより父の鉄砲自慢でほぼ埋まった。

「砲身の手入れがどうだ」「火縄の湿気対策がこうだ」と父は熱弁。

庄三郎は真面目にうなずき、与一は途中から半分寝ている。

鉄坊は――。


(やばい、父さんが鉄砲オタク化してる……!)


 鍛冶屋の家に新しい風が吹いているのを、鉄坊はひしひしと感じた。

(俺も、なんか打たなきゃ……置いてかれる!)


 翌日の昼下がり。

 父は庄三郎を連れて寄り合いへ。与一は若衆と道場へ。

 工房に残されたのは鉄坊ひとり。


 炉にはまだ赤い炭が残っていて、「じりじり……」と音を立てている。


「……今しかない!」


 鉄坊は小声で叫び、工房の隅に転がっていた鉄片を拾い上げた。

 冷たい重みが手のひらにのしかかる。


(これなら俺でも打てるはず……だって小さいし。俺だって“小刀職人”の第一歩だ!)


 鉄片を炉に突っ込み、ふいごを全力で押す。

 ごうっと炎が舞い上がり、鉄片が真っ赤に染まっていく。


「よーし……! いける……俺にもいけるぞ!」


 小槌を握って、振り下ろす。


 カンッ!


 ……鉄坊の腕がしびれる。


「ぐぬぬ……腕が! でも負けない!」


 二撃、三撃。汗が目に入り、視界がぼやける。火花が顔に飛び散り、「あちちち!」と何度も跳ねる。


「ぐっ……皮がむけた……でも、やめられるかぁぁぁ!」


 必死の形相で槌を振り続ける。

 その姿は――もし近所の子供に見られたら「鉄坊が暴れてる!」と通報されるレベルだった。



 夕暮れ。

 煤まみれで腕もぷるぷる震えながら、鉄坊はなんとか鉄片を小刀の形にした。


「で、できた……! 俺の初めての刃だ……!」


 顔をにやけさせながら掲げる。いや、にやけというよりニヤニヤが止まらない。



  夕飯の席。鉄坊は意気揚々と、こっそり打った小刀をテーブルにドン!と置いた。


「見ろよ! 俺が打ったんだ!」


 兄たちは箸を止めてぽかん。母は「食卓に刃物置くな!」と即座にお玉で小突いた。

 与一は口に飯を詰めたまま手に取り、ぶんぶん振り回す。


「おお! でもこれ柄が短すぎて、これじゃ“指落とし小刀”だぞ!」

「やめろってば! 母さんの煮物に血が入ったらどうするんだよ!」


 庄三郎は真面目に刃を覗き込み、しみじみつぶやいた。

「……うん、まぁ“鉄の塊”としては立派だな」

「庄兄! 刀として評価してよ!」


 場がどっと笑いに包まれたそのとき――。


「……誰が打てと言った」


 低い声に全員が固まった。

 振り向けば父・蔵六。腕を組み、額に青筋を浮かべている。


「ひっ……!」

「お、お父さん、あの、これはその……鍛冶修行の、えっと、実験で!」


 鉄坊の必死の言い訳もむなしく、父は短く言い放った。

「調子に乗るな。鍛冶は遊びではない」


 空気が一気に冷え込み、鉄坊はしょんぼりとうなだれた。



 翌日。

 鉄坊が工房に顔を出すと、炉端に昨日の小刀が置かれていた。

 見ると――刃は整えられ、歪みも直され、ちゃんと「刀」と呼べる形になっている。


「こ、これ……父さんが……?」


 周りを見ても、父の姿はなく、ただ赤く燃える火床だけがじりじりと揺れていた。

 鉄坊は唇を噛みしめ、小刀を胸に抱きしめる。


(……父さん、ほんとは俺のこと……)


 込み上げてくるものがあったが、すぐに頭をぶんぶん振った。


(よし! この小刀で、いつか俺も大手柄を立てて……立派な嫁さんを迎えるんだ!)


 未来を想像して、胸を張る鉄坊。

 だが次の瞬間、頭の中に「ふいごを押す嫁さん」の幻が浮かんだ。


「や、やめてくれ! 俺は絶対“ふいご夫婦”にはならない!」


 工房に、鉄坊の謎の絶叫がこだました。

 そして近所の子供に「鉄坊兄ちゃん、嫁さんに怒られてるの?」と冷やかされ、全力で否定する羽目になったのだった。

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